*うたかたの琥珀*

18


 巧みな武術を持っている者が多いからか、陽炎たちは気力を弱らせてゆく。

 これはかなりありがたかった。

 陽炎たちの気力が弱くなれば、それだけゆきの浄化が楽になるのだ。

 そして。

 この空間に八葉か全員揃っているからか、とても力がみなぎってゆくような気がした。

 これだけ力が溢れていれば、今までよりも簡単に浄化をすることが出来るだろう。

 これはかなりありがたかった。

 やはり八葉は全員揃ってこそ、力を発揮することが出来るのだろう。

 ゆきは気力を集中させるしかない。

 ゆきは陽炎を次々に浄化してゆく。

 その様子を、新撰組たちが驚いた眼差しで見つめていた。

 だが、沖田は淡々としている。出逢った頃と全く同じだ。

 総ての陽炎を浄化し終えると、流石にゆきはふらふらになった。

 倒れそうになったところで、小松がゆきの身体をがっしりと支えてくれる。その力強さに、ゆきはすっかり安堵する。

 本当にほっとするほどに、頼りなる力強さだった。

「……ゆきくん、大丈夫?」

「はい、有り難うございます、小松さん……」

「無理してはダメだ」

 小松はいつもさりげなく心配してくれるのが、ゆきにはとてもありがたかった。

 沖田が立ち去る姿が見える。ゆきは慌てて、手を伸ばした。

「あ、沖田さん!」

 ゆきは、身体がふらつくのも構わずに、そのまま沖田に手を伸ばした。

 沖田が振り返る。

「……あなたは、先ほど、陽炎を浄化した神子……」

 沖田はまるっきり感情がないままの声で、ゆきを真っ直ぐ見た。

 本当に全く感情が感じられない眼差しだ。まるで人形のような感情に戻ってしまったのが、ゆきは切なくなった。

「……沖田さん、あなたは朱雀の八葉です。どうか、私たちに力を貸しては頂けませんか?」

 ゆきは、感情のない沖田に遠回しで言っても理解して貰えないだろうと思い、素直に呟いた。

「朱雀、八葉……? 昔、姉さんから聞いたお伽噺のようなことを言うのですね、あなたは……。確かに、あなたは陽炎を見事に浄化されました……。ですから、伝説の神子であることは間違いないないのでしょう……」

 沖田は静かに呟いた後、ゆきを真っ直ぐ見た。

「八葉……というものに、私は参加することは、出来ません。今回のように力を合わせて、戦う時なら別ですが、僕は新撰組としての任務が最優先ですから。一緒に戦う時だけなら、あなたの八葉みつして闘えるかもしれません。ただ、それも命令次第ですが……」

 沖田は感情の機微など全くない声で呟くと、そのままゆきに背を向ける。

 それは遠回しの拒絶だと、ゆきは受けとる。

 胸が痛い。

 以前は、ようやく心が通うようになったと喜んでいたのに、今はそうじゃない。元に戻ってしまった。

 胸が痛くて苦しい。

 だが、今は追いかけることなんて出来ない。

 ゆきは胸が圧迫するほどに苦しかった。

 脱力する。

 急に身体に力が入らなくなる。

 ゆきはふらふらするのを感じながら、沖田の姿が霞んで見えなくなるのを感じた。

「ゆきくん!?」

 すぐ隣にいてくれた小松が、ゆきをしっかりと抱き止めてくれる。

 とても逞しい腕だ。

 ゆきは意識が朦朧とするのを感じながら、霞んだ視界で小松を見つめた。

「有り難うございます……」

 ゆきはただ小松に精一杯のお礼を言うと、何とか微笑んだ。

「ゆきくん!?」

 小松がゆきを心配するように声をかけてくれるのが分かる。

 だが、それはかなり遠い。

 ゆきはそのまま目を閉じる。

 深く、深く、目を閉じる。

 今は、闇に沈んでしまいたかった。

 

 腕の中でぐったりとしたゆきに、小松は苦々しい気持ちを抱いた。

 この細いからだで、なにをそこまで駆り立てるのか。

 小松は、軽いゆきの身体を抱き上げると、静かに歩きだす。

「ゆき……!!」

 直ぐ様、医術の心得がある瞬が飛んでくる。

 それが小松には気に入らない。

 しょうがないことは分かっている。だが、それでも、小松はゆきを自分の手で癒したいと思った。

 こんな時にまで苦々しい想いを抱くなんて、本当に自分はなんてバカなのだろうかと思う。

「焦らなくても大丈夫だよ。ゆきくんは気を失っただけだから……。それだけ、陽炎の浄化というのは、力を使うんだろうけどね……」

 小松はわざと淡々とそっけなく言った。

「都くん、お茶屋の女将と一緒に、ゆきくんの着物を着替えさせて、化粧を取るのを手伝って。私は、駕籠の手配をしておくから」

「分かった」

 これには都も神妙な表情で頷いた。

「瞬、着替えさせたら、君がゆきくんを診てあげて。そのほうが、彼女も安心するでしょ?」

「分かった」

 小松はテキパキと指示しながらも、自分だけでゆきを癒したいという想いを強く抱いてしまう。

 そんなことは出来るはずはないと分かっているというのに。

 小松はゆきを座敷で寝かせると、都と女将に託した。

 後は駕籠を手配してやることぐらいしか、することはない。

 そんなことしか出来ない自分が、小松には腹立たしかった。

 駕籠も手配し終わり、暫くすると、都が座敷から出てきた。

「終わったよ。私も一緒にいるから、瞬、あの子を診てやって」

「分かった」

 瞬と都が座敷に入って行く。

 出来ることならば、自分も立ち会いたかったが、そういうわけにはいかないことぐらいは分かっている。

 本当に苦々しい気分だった。

 

 結局、小松の見立て通りに、ゆきは疲労だった。それもかなりの疲労だということだった。

 駕籠もやってきた為、小松がゆきを抱いて、運んだ。

「都くん、ゆきくんを頼んだよ」

「分かった。こういう時だけ、あんたは頼りになるね」

 こういう時だけ、というのは余分だと思いながら、小松は苦笑いを浮かべた。

 小松は他のものと一緒に、徒で自宅に戻る。

 駕籠は嫌いだ。

 あんなに不合理なものはないと、小松は思う。

 八葉たちで、ゆきが乗る駕籠を囲んで歩く。

 命を賭けて、陽炎を浄化する神子。

 それが神子の為すべきことであることは分かっているし、薩摩藩家老としては、当然だと思う。

 だが、小松個人の感情は、ゆきには無理をさせたくはないと思っている。

 守りたい。

 だが、それが許されない感情であることは、小松が一番分かっていた。

 ゆきは、龍神の神子として、この世界の変革には欠かせない。

 だが、出来ることならば、小松は巻き込みたくはなかった。

 ゆきこそ、心から守りたい相手だった。



マエ モドル ツギ