*うたかたの琥珀*

19


 いつ、気を失ってしまったのかも、いつ舞妓の格好を脱がされたかも分からない。

 気がつくと、いつも使っている小松邸の部屋に寝かされていた。

 今回は、浄化する陽炎の数が多すぎて、ゆきがくらくらきてしまった。

 かなりの力を使ってしまったのだろう。それは否定できない。

 やはり、浄化にはかなりの力がいる。

 今回は、八葉が少しの間全員揃ったこともあり、いつもよりは力が出せた。

 だが、それでもあれだけの陽炎を浄化すると、身体に影響が出てしまった。

 ゆきは気持ちが重くなる。

 あれぐらいで意識を失ってしまったら、これからはどうすれば良いのだろう。

 かなり厳しくなるのは間違いない。

 ゆきにはそれが苦しくてしょうがない。

 もっと、もっと、神子として頑張らなければならないことは分かっているのに、上手く出来なかった。

 ゆきは溜め息を吐きながら、天井を見上げる。

 ぐっすりと眠った筈なのに、疲れなんて全く取れてはいなかった。

 これからもっとひどくなるかもしれない。

 ゆきにはそれが辛い。

 もっと前向きに頑張れる体力と命があれば良いのに。

 そうすれば、この世界も生まれた世界も、救うことが出来るのに。

 ゆきは溜め息を吐いた。

「ゆき、起きたんだ!良かった!」

 都が本当に嬉しそうに言う。

「有り難う、都。私、頑張りすぎて倒れてしまったんだね……」

「だけど、陽炎は総て浄化出来たからさ。これは大きいことだよ」

「うん、良かった……」

 ゆきは陽炎を浄化出来たことにホッとする。

「沖田さんに八葉になって貰うのは失敗しちゃったけれど……」

 ゆきは苦笑いを浮かべる。

 完全に力を貸してくれている八葉は、まだまだ少ない。

 沖田も、新撰組と同じ目的がある場合は手を貸してくれるだろうが、それ以外は難しいと、ゆきは感じていた。

 かつてもそうだったのだ。

「ゆき、今日はゆっくりしな。今日は怨霊だとか、陽炎だとか、そんなことを気にするなよ。休め」

「有り難う、都」

 ゆきは深呼吸をしながら、気分を落ちつける。

 今日はしっかりと休もう。しっかり休んでおけば、また、頑張ることが出来るだろうから。

「都、都が化粧や着物を着替えさせてくれたの?」

「そうだよ。私とお茶屋の女将とでね。あ、お茶屋にいた、芸妓さんたちも手伝ってくれたよ」

「そうだったんだ……。有り難う」

「で、小松が手配した駕籠でここまで帰ってきたというわけ」

「……小松さん……」

 陽炎を次々に浄化している間、小松がずっと支えてくれた。

 ふらふらしている時には、小松が身体を支えて助けてくれた。

 最後は小松の腕の中で気を失ったことは覚えている。

 その時支えてくれた小松の腕は、とても逞しくて、心地が良かった。

 こんなにも気持ちが良いブラックアウトは、他にないのではないかと、ゆきは思った。

 小松に礼を言わなければならない。

 それだけではなく、八葉にもしっかりとお礼を言わなければならない。

「ゆき、瞬の見立てだと、やはり過労だって。だからゆっくりと休まないとな」

「うん、有り難う。ねえ、都、私、八葉のみんなに、しっかりとお礼がいいたいんだけれど……」

「ああ。瞬以外は出払っている。皆、やることあるからな。あ、小松とチナミは、薩摩藩藩邸に行った。小松は、チナミを薩摩で引き取って、色々と勉強させる気みたいだけれどな」

 小松の名前が出て、ゆきはドキリとしてしまう。

 八葉の中で、小松のことばかりが気になってしまう。

 こんなに気になるのは、小松だけだ。小松以外にはいない。

 助けてくれたひとだから、今もお世話をしてくれるひとだから、誰よりも感謝をしているだけではない。

 本当に心から、小松のことを信頼し、感謝している。

「ちゃんとお礼を言わなくっちゃ」

 ゆきはひとりごちると、天井を見上げた。

 どうしたら小松に恩を返せるのだろうか。それだけを強く考える。

「ゆきちゃん、おやつが届いたけれど、寝ている?」

 ゆきのことを気にかけてくれている、小松邸の下働きの女性が声をかけてきてくれた。

「いいえ。起きていますよ」

「そう。ご家老が手配して下さった、くずきりが届いたからね」

 女性は優しく言うと、くずきりを持って、部屋の中に入ってきた。

 ちゃんと都の分も用意されている。

「有り難うございます」

 くずきりなら食べられそうだ。

 サッパリしているし、喉ごしも良さそうだ。

「何だか、あいつらしい気遣いで気に入らない」

 都はブツブツ言いながらも、くずきりを見つめている。

 小松とは余り相性は良くないようだか、それすらもつい笑顔になった。

「瞬さんにもお出ししたのですが、余り甘いものはお好きではないようですね」

「だったら瞬の分は私たちで食べるよ」

 都がわざと言うと、優しい笑顔が広がった。

「瞬さんが、くずきりぐらいなら大丈夫と仰って、ご家老が手配されたんですよ」

「そうですか……」

 小松のきめ細かい気遣いに本当に感謝をしてしまう。

 どのような些細なことであっても、小松がしてくれることは総て嬉しいと、ゆきは思った。

 こんなにも有り難くて、感謝する。

 それは小松だからトクベツだということに、ゆきは薄々気づいていた。

「そうそう、桜智さんから、滋養に良いというお薬を頂戴しましたよ」

「滋養に?」

「ええ。漢方薬ですよ。蜥蜴の黒焼きとかが入った」

「……!!!」

 ゆきは思わず目を見開いた。

 まさか、蜥蜴の黒焼きなんて恐ろしいものが出るとは、思ってもみなかった。

「ったく!あいつは見境がないヤローだな!」

 都は苦々しく笑いながら呟いた。

「だけど、嬉しいし、有り難いと思うよ。だって、こうして桜智さんも、私のことを気遣ってくれているからね」

 ゆきは本当に有り難いと思い、笑顔になる。

「本当に、私は、色々なひとに支えられているな。有り難いよ」

 ゆきは嬉しくて泣きそうになる。こんなにも様々な人々に支えられている。

 特に最初に顔が浮かぶのは、やはり小松だ。

 冷たくて冷静なのに、誰よりも優しい。

 相手のために厳しいことが言えるひと。

 ゆきは感謝せずにはいられなかった。

 小松に逢いたい。

 いち早くお礼を言いたい。

 いつも、いつも助けられてばかりだから、ゆきは胸が苦しくなる。

 小松への想いは、明らかに他の八葉とは違っているのは分かっている。

 その想いが日に日に強くなっているのを、ゆきは自覚していた。



マエ モドル ツギ