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小松が邸に戻ってくるまでに、ゆきは何とかして顔色を良くしておこうと思った。 とはいえ、休まなければ、回復出来ないのは、分かっている。 「都、顔色を良くみせるのは、どうしたら良い?」 「顔色を良く見せる、か。昨日みたいな白塗りとか、舞妓の格好とか」 「それは却下だよ。確かに綺麗にするのは楽しいけれど、日常じゃないし、私らしくないし」 「どうして、顔色を……。そっか、皆に心配かけないためか」 都の言葉に、ゆきはそれもあると考えた。 皆に心配をかけないためにも、やはりここは顔色を良くしなければならない。 「だったらさ、口紅ぐらいは塗ったらましになるんじゃないか?皆を心配させないためにも」 都の言葉に、ゆきは膝を叩いた。納得する。 「口紅ってどこに売っているんだろう?元の世界だったら、それこそどこでも売っているからね」 「……確かにな……。だったら、誰かに訊いてみるとか……」 都は考え込んだ後、ふと思いついたように顔を上げた。 「あのさ、お茶屋のひとに訊いたら?」 「確かにそうだよね。お茶屋にいた、舞妓さんとかに訊いたら分かるかもしれないね」 「だろ?」 確かに舞妓ならよく知っているのかもしれない。 ゆきは早速外出したくなる。 「今すぐに訊きに行きたい。ね、都、着いてきてもらって良い?」 「ダメだ、今日は。お前にはその体力はないよ」 「……そんなあ」 ゆきはしょんぼりとなる。 なるべく早くに顔色を良くしたかったのだ。 「それかさ、ここにも若い女の子が働いているから、聞いてみても良いかもしれない」 「そうだね」 ゆきは、下働きの女の子に、口紅の類が売られている店を、訊くことにした。 それぐらいならば、ここから外に出ないから、許されるだろうかと、思ったのだ。 「じゃあ、早速、訊きに行こう、都」 「はい、はい、分かったよ」 都は苦笑いを浮かべながら、頷いてくれた。 下働きの女の子を、休憩中に掴まえて、訊いてみることにする。 「紅のお店でございますか?この近くの小間物屋さんで、京紅さんが売ってます。京紅さんは、舞妓さんも使うていはるから、ええ紅です」 「有り難う」 京紅。 何だか響きが好きだ。ゆきは聞くだけで、欲しくなってしまう。恐らくはかなり発色の良い紅なのだろう。 「京紅さんは、落ちにくいから、ええもんです」 顔色をよく見せるためだから、落ちにくいほうがずっと良い。 「その小間物屋さんが何処か、地図に書いて貰っても良い?」 「へえ」 使用人の女の子が詳細に地図を描いてくれる。ゆきはその様子を見ているだけで、どんどん楽しくなってしまった。 「有り難う!今すぐに行ってみたいなあ」 ゆきはつい笑顔になる。 「ダメ、ダメ。行くのは明日だよ。今日はちゃんと寝て、しっかりと治す」 都の言うことはもっともで、ゆきは従うしかなかった。 「京紅さんは、逃げては行かないですよ。神子様」 「そうだよね、うん。有り難う」 一日ぐらい焦ってもしょうがないのかもしれない。 「今日は、ご家老様から、滋養に良いものを沢山召し上がって頂くようにと言われていますから」 「有り難う。今日はおとなしくするよ」 ゆきの言葉に、ふたりとも笑顔になった。なんて沢山のひとたちに心配をかけているのだろうか……。 そう思うと、一刻も早く、元気にならなければならないと、ゆきは思った。 一日、布団のなかで過ごすというのは、ゆきにとっては、本格的な病人になったようで嫌だった。 だが、家人や仲間たちは、ゆきが起き上がることを良しとはしなかった。 ゆきは、それがもどかしい。 瞬は、こまめにゆきの様子を見に来てくれている。 それは嬉しいのだが、同時に、元気だからと反発した気持ちになった。 本当に早く何とかしなければならない。 体調が完全に戻らなくても、顔色すらよくなれば大丈夫ではないかと、ゆきはついつい考えた。 また溜め息が出る。 早く先に進みたい。 同時に、もう少しだけ小松に近付くことが出来たらと、思わずにはいられなかった。 小松邸から家の者が藩邸にやってきた。 小松が頼んでいた筆と紙を持ってきて貰うためだ。 物を受け取った後、小松はゆきのことを訊くことにする。 本当は、これが主で、家人を藩邸に呼び出したのだ。 ゆきの状態がどのようなのかを、いち早く聞いて把握をしておきたかった。 だから、家人を呼ぶ理由なんてどうでも良くて、ただのこじつけに過ぎなかった。 恐らく、家人もそれには気付いているようだった。 「……で、神子殿の様子はどうなの?」 あくまで、余り気にはしていないとばかりに然り気無く言うが、それでも心の機微は完全に隠せないような気がした。 「おとなしくされていますよ。眠っていらっしゃいます。都さんと瞬さんが、ちゃんと神子様を見ていらっしゃいますから」 「そう……」 小松は静かに言う。 本当は、自分がゆきのそばにいたかったなんて、バカなことを考えてしまった。 本音ではあるが、それが決して許されることではないことを、小松も充分に分かっていた。 「そう、そう。神子様は、お出かけをされたいようでしたが、都さんが止めていらっしゃいましたよ」 「当然だね」 「何でも、京紅さんを買われたいとのことで……」 「京紅……?」 小松は眉を寄せる。 ゆきも年頃ではあるから、勿論、京紅を買っても問題のないのではあるのだが。 京紅が欲しい。 それは、誰かに恋をしているからだろうか。 小松は胸がチリチリと痛くなる。 誰かに恋をしているから、紅を差して綺麗になりたいと思っているのだろうか。 それはそれで小松には重い事実になる。 「明日、京紅さんを買いに、小間物屋さんに行かれるそうですよ」 「……そう……」 小松は重々しい気持ちに、深い溜め息を吐きたくなる。 だが、そんなことは出来ない。 薩摩藩を預かる身なのだから。 小松は自分自身を律するように一瞬、目を閉じた。 「有り難う。ご苦労だったね」 小松は家人に声をかけて、下がらせる。 ひとりきりになると、小松はまた溜め息を吐いた。 ゆきのために、京紅をおみやげにしても、良いだろう。 小物屋を、わざわざ藩邸に呼ぶのは臆測が飛ぶので、それも出来ない。 だったら自分で出向けば良いだろう。 小松は小間物屋に立ち寄ることにした。 |