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だが、自分の手で、ゆきのために紅を選びたいのは事実だった。 ゆきは、京紅を、誰のために差すのだろうか。 それを考えるだけで、小松はいたたまれなくなった。 自分がこんなにも嫉妬深い人間だなんて、小松は今まで思ってもみなかった。 小松にとって、ゆきはそれほどまでに大きな存在だったのかと考えると、愕然とした。 小松は、小間物屋にどうして行けば良いのかと、考える。 結局は、呼び寄せるしか方法はないと、結論するしかなかった。 藩邸に小間物屋をよびつけるのも、やはりそれは厳しい。 自宅に呼べば、他の男たちに意図が知られてしまう。 考えれば考えるほどに、小松はどうすれば良いかと、迷う。 誰かを使いを出すというのも考えてはみた。 だが、そうすると自分が選んだことにはならない。お金を出しただけの贈り物を、ゆきが気に入るはずもないことも、承知していた。 だからこそ自分で選びたかったし、自ら選んだ京紅を、ゆきには引いて貰いたかった。 「考えてもしょうがない。私が出向くしかないね……」 小松は溜め息を吐く。 目立つかもしれない。 だが、それ以上に、ゆきには、自分が選んだ京紅を差して貰いたかった。 小松は町に出て、京紅を探し求める。 京紅を売っている小間物屋を見つけて、小松はじっくりと吟味することにした。 小間物屋は落ち着いた雰囲気で、とても良かった。その雰囲気通りに、高級なかんざしなども置いてあり、ゆきに、何かを贈るには良い店だと思った。 薩摩藩の家老が、執務をおいて、こんなところで京紅を見ているなんて、誰も考えないだろう。 小松は少し桃が入った京紅を選ぶ。 その横には、綺麗に細工された手鏡が売られていた。 小松は思わず手に取る。 キラキラしていて、とても美しい。 ゆきにぴったりだと思い、小松はどちらも買い求めた。 ゆきは喜んでくれるだろうか。 ゆきが京紅を差している姿を想像するだけで、幸せな気持ちになった。 こんなにも温かな気持ちを抱いたことなど、今までない。 ほわほわとして、幸せな気分だ。 のんびりとした優しい気持ちになるのは、きっとゆきのお陰だろう。 今まで、こんなに幸せな気持ちになったのは、なかったのだから。 買い物を終えて、小松は藩邸に戻り、執務を続ける。 今日はとても気分が良かった。 小松の帰宅を首を長くして待ってしまう。 つい、誰よりも探してしまう。 小松が、八葉の中でも特別であるのは、きっと助けて貰ったからではないかと、ゆきは思う。 小松が助けてくれたから、記憶を取り戻し、神子であることに気付くことが出来るのだ。 夕食の時間になっても、小松は帰っては来ない。 ゆきは心配でそわそわしてしまう。 小松の仕事がかなり忙がしいことは、分かっている。 小松に逢いたくてしょうがない。 夕食後は、体力を回復させるためにも、早く眠るようにと促されたが、ゆきは小松を待っていたかった。 小松と逢って話をしたい。 そのほうが元気になれるのは分かっていた。 都や瞬には、眠るようにと言われた。 ゆきは小松を待っていたかった。 小松と話せなくても構わない。 ただ顔が見られたらそれで良い。 ただ待っていたかった。 ゆきは暫く横になっていたが、それでも気持ちは今すぐにでも、小松のそばに行きたい。 小松が帰ってきたら教えてくれるように、家人には頼んでいた。 うとうととリラックスをしていると、障子戸が僅かに開いた。 「神子様、ご家老がお帰りになりましたよ」 声をかけられると、ゆきは直ぐに飛び起きた。 小松に逢いたい。 小松に礼を言いたい。 邸にいる八葉や都には、きちんと礼を言った。 小松にはもっと礼を言いたい。 ゆきは慌てて玄関先へと向かった。 小松の顔が見える。 小松を見つめるだけで、ゆきはドキドキしてしまい、つい笑顔になる。 相変わらず冷たい表情だ。 総てを理論的に見透かす眼差しを見つめていると、ゆきは甘い気持ちから引き締まった気持ちになる。 ドキドキしてしまい、なんとも表現することが出来ない、甘さと苦さが混じりあった気分になった。 「小松さん、おかえりなさい」 ゆきが挨拶をすると、小松は微笑むことなどなく、目をスッと細めた。 それはかなり神経質のようにも、冷たいようにも感じられた。 「ただいま、ゆき。いつまでも起きていないで、早く寝なさい。神子の務めのためにも、しっかりと休息を取らなければならないでしょ?」 小松は、相変わらず冷静に、ゆきを突き放しているかのように呟く。それがゆきには苦しい。 小松はあくまで、自分が言うべきことを言ったに過ぎないのに、ゆきはつい傷ついてしまう。 心のなかで、小松にほんのりと甘い期待をしているのだろう。 「小松さんにお礼を言いたくて……」 甘い期待が脆くも崩れ去った今は、ゆきはせめてお礼だけを言おうと思う。 甘い期待なんて本当はしないほうが良い。がっかりしてしまうから。 ただ、小松の顔を見られるだけで、嬉しかった筈なのに。 なのに、いざ、こうして顔を合わせてみると、つい欲が出てしまうのだ。 ちゃんと用件だけを言おう。 「昨日は、有り難うございました」 「八葉として当然のことをしたまでだよ」 小松の言葉は、あからさまにクールで事務的だ。 分かっていた対応なのに、ゆきは更に苦しく思った。 「小松さんのお陰で色々と助かりました。有り難うござぃす」 再びお礼を言うと、ゆきは深々と頭を下げた。 頭を下げてお礼を言ったあとで、ゆきは小松に向かって笑顔を向ける。 「では、おやすみなさい、小松さん……」 ゆきは柔らかく挨拶をすると、笑顔で自室へと戻る。 戻ったところで、ゆきは溜め息を吐いた。 ちゃんとお礼も言えたし、小松の顔も見ることが出来た。 それだけで充分な筈なのに、ゆきは全く満たされなかった。 重苦しい気持ちに支配される。 小松にはいつも甘い気持ちを抱かせて欲しい。 そんなわがままを考えてしまう。 ゆきは、小松への気持ちがどんどんわがままになってゆくのを感じていた。 それが深まるほどに苦しくなる。 ゆきはどうして良いのかが分からないぐらいに、小松への想いに支配されていた。 |