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もう、京邸では、お世話にはなれない。 ここにいると、常に小松のことを探してしまう。 小松のことばかりを考えてしまう。 そうすれば、するほどに、自分で自分を追い詰めているような気がして、ゆきはならなかった。 これ以上、小松のそばにはいられない。 そうすれば、もう、心が壊れてしまうことは、ゆきが一番分かっていた。 だから、なるべく離れようと思う。 小松邸から出る。 それはかなり覚悟のいるものではあるが、難しくはないと、ゆきは自分に言い聞かせた。 そうしなければ、小松にも迷惑をかけてしまう。 迷惑だけではないだろう。 それに小松に嫌われている事実を自分で確認するばかりの空間にいることは、もう耐えられない。 最近、小松はゆきを無視し続けていた。 ゆきが見つめて目を会わせようとしても、小松には視線を外される。 それみたまたあからさまだ。 明らかにゆきのことは嫌っていると、言わんばかりだ。 小松としても、ゆきとは顔を合わせたくないと、苦々しく思っているのだろう。 ゆきには本当に辛い現実だった。 だからこそ、ここにはいられないと判断する。 それに、時空の砂時計は、残り少ない。 一旦、自分の世界に帰らなければならない。 ならばそれまでの短い時間は、宿に留まるのが一番だろう。 たつみ屋にまたお世話になれば良いのだから。 ゆきは、瞬と都に、たつみ屋に戻りたいと伝えることにした。 「たつみ屋に!?それは良いけれど、どうかしたのか?」 いきなりの申し出だったからか、都は驚いて目を見開いた。 「俺は構いません。あなたがそう考えるなら……。それに、世話になりすぎたかもしれないですね。やはり、俺たちだけで、宿を取るのが良いのかもしれません」 瞬は表情のない声で呟く。 「しょうがないな。たつみ屋に戻るか」 都は、ゆきの複雑な気持ちを理解したからか、すぐに笑顔で受け入れてくれた。 「また、小松のヤローに、ゆきには甘過ぎるって、言われるんだろうな」 都は面倒だとばかりに、溜め息を吐いた。 「それはないと思うよ。小松さんは安心するんじゃないかな?居候がいなくなるから……」 ゆきは寂しい気分で笑う。 すると、都は眼差しを厳しくする。 「あいつ、家老だか、何だか知らないけれど、最近、怨霊や陽炎を浄化しろとだけ言って、自分は全く何もしないんだからな。だから、こんなところにいないほうが良いかもな」 都は明らかにかなり怒っている。 ここのところ、小松がゆきに同行するということはない。 ゆきは、チナミ、瞬、都と一緒に動いている。 たまに高杉や龍馬が手伝ってくれたり、アーネストも参加してくれるようになった。 だが、小松だけは全くだった。 ゆきはそれが重くて辛い事実として、突きつけられているような気分だった。 だからこそ、小松の目になるべく入らないようにしなければならないと、思ったのだ。 ゆきは真っ直ぐ目を見て、小松に話そうと思った。 二人きりではなく、他の仲間と一緒にだ。 そうすれば冷静にいられるような気がしたからだ。 「怨霊の浄化が終わったら、小松さんにお話をしようと思っているんだ」 「解ったよ。私たちも一緒に話をするよ」 「有り難う」 ゆきは、都と瞬に感謝をしながら、笑顔で礼を言った。 砂時計が残り少ない からだろうか。 身体がずっしりと重い。 息が出来ないのではないかと思うぐらいに、かなり重いのだ。 ゆきはくらくらするのを感じながら、何とか怨霊浄化をする。 集中しなければならない。 小さなことでも積み重ねれば、きっと大きな成果が得られるだろうから。 眠っても、何をしても、体力も体調ももとに戻らない。 滋養の良いものだと言われて、食べても全くダメだった。 ゆきは、ふらふらしながら、浄化を終える。 小松邸に向かう前に、瞬たちと一緒に、たつみ屋に話に行き、無事に部屋を確保できた。 チナミも一緒にたつみ屋で過ごしてくれるとのことで、ゆきは安心した。 チナミが一緒にいてくれるだけで、随分と違うからだ。 「ゆき、お前、本当に休んだほうが良いんじゃないのか?その顔色の悪さは、おかしいぞ」 チナミはゆきを心配してくれるのは、とても有り難い。 ゆきはほわほわとした幸せな気持ちになれた。 こうして仲間たちがいるから安心だ。 大丈夫。頑張れる。 小松に冷たくされたぐらいで、凹んだりはしない。 ゆきは、前を向いて、ひたすら頑張ろうと思った。 小松邸に戻ると、高杉や龍馬が来ていた。 西郷や、桂までいる。 ゆきは何が起こったかが上手く理解できず、困惑した。 アーネストと桜智もやってきて、何かがあることは分かった。 しかも新撰組もいる。 勿論、沖田もだ。 八葉が勢揃いしている。 これにはゆきも驚いた。 こんなことが起こるなんて、思ってもみなかった。 八葉が揃っているのは嬉しい。 折角、全員揃っているのに、気持ち悪くてくらくらする。 何も頭のなかに入らないぐらいに、気分が悪かった。 何とか持ちこたえたかった。 ここにいる人々は、全員が、新しい時代になくてはならない人たちばかりだ。 だが、ゆきは思う。 ここに本来、自分はいるべきではないと。 「遅かったね。随分と」 小松はさらりと嫌みのように言う。 「ごめんなさい、少しやることがあったので」 ゆきはさらりと返事をすると、部屋の端に腰を下ろした。 「さあ、これでみんな揃ったね。用件は手短にするよ。宰相に狙われている将軍の保護の為薩摩に向かって頂くことになった」 ゆきは息を飲む。 「ここにいる者で、将軍を薩摩にお連れする。新撰組、薩摩、長州で護衛をするよ」 まさかこのようなことが起こるなんて、ゆきは思ってもみなかった。 「俺が知っている歴史とは明らかに違います」 瞬は、ゆきにそっと呟く。 「神子殿にも同行頂くよ。君にしか怪異や怨霊を浄化する能力はないからね」 小松は厳しい眼差しをゆきに向けてくる。 確かにそうだ。 ゆきは、唇を咬む。 小松は利用価値があるから、ゆきを利用しているだけなのだろう。 そんな雰囲気が、ひしひしと感じられた。 小松に利用される。 今のゆきには重い事実でしかない。 「聞いてる、神子殿?」 小松はゆきに念押しをするかのように、訊いてきた。 聞こえている。 聞こえているから、こんなに厳しい気持ちになるのだ。 気分が悪い。 気持ちが悪くてくらくらする。 ゆきは、身体の具合が益々悪くなる。 「おい、ゆき?顔色が悪いぞ? 休んだほうが良いんじゃないのか?」 チナミがゆきの顔色を見て、心配そうに見つめてくる。 「大丈夫だよ……。本当に大丈夫だから、チナミくん……」 ゆきは譫言のように繰り返す。 タイムリミットかもしれない。 そのまま身体から力が抜けて行く。 もう、何も考えられなくなり、そのまま意識をフェイドアウトさせた。 |