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無視をしていたといっても、良いのかもしれない。 だがら、ゆきがどのような状況だったのか、小松はよく知らなかった。 こんなにも弱っているとは思ってもみなかった。 部屋に入った瞬間、ゆきの顔色の悪さに驚いた。 今すぐ消えてしまうのではないかと、思った。 ゆきを今すぐ抱き締めて、このまま消えないようにと、懇願したい。 出来ることならば、ゆきをこのまま、抱き締めて守ってやりたい。 なのにどうして自分はその反対のことばかりをしてしまうのだろうか。 小松は心が苦々しくなるのを感じた。 正直言って、かなりきつい感情だった。 胸が圧迫されてしまうな苦しさを感じるような想いに包まれた。 こんなに弱っているゆきを利用することになるなんて、かなり辛い。 神子を、時代を変えるために利用するのだ。 誰よりも愛する者を利用するのだ。 そんな自分に、小松はむしゃくしゃした。 だが、これはやらなければならない。 身分ではなく、多くの者が能力で、志で、活躍が出来る世の中に。 自由な世の中に変えるために。 自分の感情など、二の次にしなければならない。 だが、心が揺れて痛い。 それほどまでに、ゆきを愛してしまったということだ。 今更ながらに、一方的な自分の愛情を思い知らされた。 自分だけが一方的にゆきを愛している。 その想いが深すぎて、今は、辛いのだ。 話を淡々と進めながら、小松はゆきの様子が益々悪くなってゆくのを目の当たりにした。 本当にかなり顔色が悪い。 こうして見ていると、本当に苦しい。 ゆきだけを見つめる。 本当に気が気でない。 ゆきの顔色の悪さは、小松の感情を総て凌駕してしまうほどに、心配させる。 だが、家老として、ここは踏みとどまらなければならないのだ。 それが誰よりも分かっているからこそ、小松はなるべく冷静さを出すように努めた。 ここには、八葉が全員揃っているから、ゆきも心安いだろうし、力もみなぎってくるだろうと思った。 だが、そうではないようだった。 ゆきの顔色は、とにかく悪くなってゆく一方で、小松はもうこの会合に出さないほうが良いと判断した。 このままでは、本当にゆきが壊れてしまう。 ゆきが壊れてしまうと、小松は自分を許せなくなるだろうと思った。 小松はこの重要な案件を取り仕切る者として、ゆきをこのまま同席させるわけにはいかないと判断した。 直ぐにそばにいた家の者に、ゆきの寝床を準備するようにと指示をした後、小松は立ち上がった。 ゆきは既に、小松が何故立ち上がり、自分のそばにやってきたのか、理解出来ない様子だった。 随分とぼんやりとしている。 かなり身体が辛いのは明白だった。 痛くて辛い。 ゆきの身体の辛さが自分に乗り移ってきたような気にすらなった。 小松はゆっくりと歩いて、ゆきの前に立つ。 「神子殿、重要なことはお話したよ。だから、もう休みなさい」 小松はなるべく、冷たくて低い声で呟くと、ゆきを見つめた。 ゆきは、まるで夢のなかにいるような、とろんとした眼差しを小松に向ける。 心はこの場所にないような、そんな気分になる。 「……あ、有り難うございます。だけど、これぐらい大丈夫ですよ……」 ゆきは小さな声で言うと、小松から目をそらした。 当然だ。 小松は、ゆきにかなり厳しく冷たく接してきたのだから。 だが、今は、駄目だ。 ゆきをとにかく休ませなければ、本当に壊れてしまうと、小松は思った。 壊れてしまえば、取り返しのつかないことになるのだから。 ゆきは大丈夫だとばかりに、気丈に背筋を伸ばして立とうとしている。 ふらふらになっているのに。 それが小松には不憫でならなかった。 ゆきは神子としての精神力で、この場所に居座ろうとしている。 それをさせてはならないと、小松は思った。 「……君は相変わらず強情だね」 小松は、不快感を露にした声で言うと、ゆきをいきなり抱き上げた。 それでゆきが不快に思っても仕方がない。 今は、ゆきの体調を整えることが、何よりも大切なのだ。 小松は業を煮やして、ゆきを抱き上げた。 いきなり何が起こっているのか、ゆきには分からなかった。 それぐらいに頭がボンヤリして、回転しなかった。 ただ身体がふわりと浮き上がることだけが分かった。 これには目を見張る。 とても良い香りが鼻孔をくすぐる。 お香の香りだ。 とても落ち着くのに、ときめく香りだ。 これが誰の香りか、ゆきは即座に分かった。 小松だ。 どうして抱き上げられているのだろうかと思いながら、ゆきは恐る恐る顔を見上げた。 冷徹な眼差しを浮かべている小松と、ゆきは目があった。 これには緊張で、固まってしまう。 呼吸が出来ない。 「……どうして……」 「今の君はしっかりと休まなければならないね。そんな体調でいられたら困る」 小松は相変わらず厳しい口調だ。 まるでゆきを叱っているような口調だった。 変に緊張してしまう。 「ゆっくりと休みなさい」 言葉も眼差しもかなり冷たいのに、小松の気遣いは温かい。 そんな温かさを見せつけられると、ゆきは希望を持ってしまう。 希望なんて持てない相手だと、いうことは、充分過ぎるぐらいにわかっているというのに。 「……話は終わっていないですから、最後までちゃんと聞きます……」 「駄目だよ。君にはもう、そんな体力も残ってはいないはずだけど?それに重要な話は済んだよ。あとは段取りの話だから重要ではないよ。だから、休みなさい」 小松はゆきに有無を言わせないようにキッパリと言い切った。 そのままゆきを、ゆきが使っている部屋に運ぶ。 ゆきは落ち着かなかった。 部屋に入ると、既にゆきが眠れるように、きちんと支度されていた。 「さ、眠りなさい。今は、休むことを考えなさい」 小松は突き放すように言いながら、ゆきを布団に寝かせてくれた。 涙が奥から込み上げる。 だが、ゆきは決して泣かないようにしようと、自分にしっかりと言い聞かせていた。 本当に苦しい。 だが、小松が一瞬、見せてくれた優しさと温もりが、何よりも温かいということを、誰よりも一番分かっているつもりだった。 だからこそ辛いのだ。 ゆきは涙を堪えるしかなかった。 小松の前では絶対に泣かない。 もう決めたのだ。 なのに、さりげなく見せられる優しさに、ゆきは抵抗できない。 このまま素直でいられたら良いのにと思った。 |