*うたかたの琥珀*

27


 ゆきは、完全に自分のことを嫌っている。

 小松はそう感じずにはいられない。

 ゆきは小松のことを、本当に嫌だと感じているのだろう。

 態度でひしひしと感じられた。

 だからこそ辛いのだ。

「……あの、小松さん。お話があります」

 か細い声でゆきが声をかけてきた。

「あとでも良いでしょ?君は、今、休まなければならないと、私は思うけれど?」

 小松は同様を見せないように、わざと突き放したように言った。

「だけど、今、お話をしなければならないと思っていますから……」

「しょうがないね、君は。で、お話というのは、何なのかな?」

 小松は、切ない想いをゆきには知られたくはなくて、わざとつっけんどんに言う。

 するとゆきは、怯えた小動物のような眼差しになった。

 こんな眼差しになるなんて、今までなかたたことだ。

 だからこそ、小松は胸が痛い。

 体調が悪いから、心も弱っているのだろう。

 それは小松にも理解出来た。

「あ、あの、明日から、たつみ屋に戻ろうと思っています……」

 ゆきの言葉に、小松は悪いように揺さぶられた気分だ。

 ゆきが離れる。

 そんなことを認められないぐらいに、小松はゆきに恋情を抱いてしまっている。

 苦しい。

 本当にこれ以上ないぐらいに。

 ゆきが、京邸から離れたら、それこそきつい。

 厳しい想いが滲む。

「たつみ屋に戻っても、宿のひとが迷惑だよ」

 小松はバッサリと言う。

 ゆきは唇を噛み締める。

 迷惑であることを、自覚しているのだろう。

 意地悪をして楽しいだなんて、以前は思っていたけれど、今は、思わない。

 それどころか、今は辛いと思う。

 小松は胸が痛むのを感じながら、ゆきを見つめることしか出来ない。

「……わかっています、それは……」

 ゆきは強く自覚をしているとばかりに俯いた。

「分かっているのなら、ここにいなさい。君は聡い子でしょ?」

「……小松さん……」

 ゆきは小さく呟くと、溜め息を吐いた。

「今はここにいなさい。君には悪いようにはしないから」

 小松はそれだけを言うと、ゆきの部屋を後にする。

 部屋を出ると、都が入り口にいた。

「都くん、神子殿を頼むよ」

「言われなくても分かっている」

 都はむすっとしながら呟くと、小松を睨み付けた。

「たつみ屋に行っても、宿に迷惑がかからないように、私たちが面倒を見るから、大丈夫だ。大きなお世話だ。全く」

 都は憤慨するように言うと、ゆきの部屋に入ってしまった。

 都と瞬に任せておけば大丈夫であることは、小松も充分に分かっている。

 だが、どうしてもゆきをそばにおいておきたかった。

 それは小松にとって、唯一の心の拠り所だったからだ。

「……なかなか上手くいかないね……」

 小松はひとりごちると、また、会合の席に戻っていった。

 

 小松の優しさに触れて、ゆきは泣きたくなるぐらいに嬉しかった。

 だが、それ故に、その後の小松の態度が切なかった。

 小松はきっと知らないだろう。

 小松にとっては何でもない冷たい言葉が、ゆきを酷く傷つけていることを。

 ゆきは、このまま布団を頭から被って寝てしまおうと思っていた。

「ゆき、入るよ」

 都の声が聞こえて、ゆきは慌てて表情を努めて明るくする。

「どうぞ」

 ゆきはなるべく笑顔で、都を迎えようと思った。

 それでもやはり、苦しい隠すことが出来ないのは分かっている。

「ゆき、明日はたつみ屋に行こう。こんなところにいて、嫌味を言われるよりもずっと良いからさ!」

 都は明らかに小松に対して怒っている。

「そうだね。そのほうが良いね」

 ゆきが落ち着いた笑みを浮かべると、都は更に切なそうな表情をした。

「怒って良いんだよ!あんなやつ!ゆき、そんな笑顔だからさ、あいつに横柄な態度に出られるんだよ!」

 都は完全に声をあらげている。

 そうだ。

 都の言う通りに怒れば良い。

 だが、小松のことを愛し過ぎて、ゆきは怒ることなんて出来ない。

 切ないぐらいに胸が痛くなる。

「ゆき、明日にはここを出るから、朝に荷物を片付けて、後はお世話になったひとに挨拶をしてから出よう」

「うん、そうだね。有り難う都」

 ゆきは素直に頷くと、目を閉じた。

 ゆきはタイムリミットを感じる。

 一旦、自分の世界に戻らなければならないだろう。

 そうしなければ、きっと将軍に同行することなんて出来ない。

 ゆきは溜め息を吐くと、そのまま眠ろうとした。

 その瞬間、ゆきは光に包まれる。

 戻らなければならない。

 もうタイムリミットが来てしまったのだ。

 これ以上はこの世界にいられない。

 そう感じた。

 

 気がつくと、制服を着て家の前に戻っていた。

 殺伐とした風景。

 確かにここはゆきの生まれた世界の、変わり果てた姿だ。

 自分達以外にひとはいない。

 とても哀しい世界だ。

 ゆきは振り返る。

 すると、八葉全員と都が唖然として、立っていた。

「……帰ってきたみたいだな」

 突然のことだったせいか、ゆきは上手く状況を飲み込むことが出来なかった。

 都はホッとしたような、そうでないような複雑な表情をしている。

 誰もがこの時空に相応しい服装に変わっている。

 ゆきがあちらの世界で対応出来るようにそうなったように、恐らくはそういうことなのだろう。

「……まさか、会合が終った途端に、こんなところに飛ばされるなんて、思ってもみなかったよ」

 小松は呆れるように溜め息を吐く。

「俺たちがいなくなって、皆、慌てるかもしれんな……。きちんと段取り通りに、行えるか、心配だ」

 高杉もまた、困惑をしたように呟いた。

「まあ、それは大丈夫でしょ?根回しと準備は既に済んでいるからね。大丈夫」

 小松は心配はしていないとばかりに言う。

 事前に準備をしていると聞き、ゆきは小松らしいと思った。

 その辺りは抜かりがないのだろう。

 ゆきは自分の家に着いて、本当にホッとする。

 今は休みたい。

 色々なことが有りすぎて、力を抜きたい。

 家を見た瞬間、身体から力が抜ける。

 そのまま墜落したくなった。

 このまま何処かへと堕ちたくなる気分だった。

 そんなゆきの気持ちを汲んだのか、意識が薄れてゆく。

 ブラックアウト。

 このまま暫くは、現実の世界に戻りたくはなかった。

 ゆきは気持ちに任せるままにそのまま、低空飛行からクラッシュする自分を思い描かずには、いられなかった。

 身体から力が抜けた瞬間、誰かが支えてくれたことを最後に、ゆきは完全に無になった。



マエ モドル ツギ