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やはり自分が使っているベッドは寝心地が良いということなのだろう。 この分だと、早々に異世界に戻れそうだと思った。 時計を見ると、まだ早い。 久々に庭を散歩したくなり、ゆきは手早く身支度をして、庭に出ることにした。 流石に、八葉がいる手前、パジャマ姿のままでいるわけにはいかなかった。 ゆきが庭に出ると、既に先客の影がある。 凛としたとても綺麗な佇まいだ。 ゆきは導かれるように歩いてゆく。ゆきがこの世界で一番美しいと思う、小松のシルエットであることが、直ぐに分かった。 本当に綺麗だ。 こんなにも美しいひとはいないと思うぐらいに。 世界は荒廃しているのに、朝焼けはなんて美しいのだろうかと思った。 朝焼けを浴びた小松は、うっとするほどに美しい。 じっと見つめていたいぐらいだ。 ゆきは、暫く、小松を見つめることしか出来なかった。 ゆきの視線に気付いたのか、小松が不意に振り返った。 「……やはり、君だったんだね」 「小松さん……」 小松は眩しそうに、目をスッと細めた。 「身体はもう大丈夫なの?」 小松は相変わらず冷たい。だが、何処か温もりも感じる。 「大丈夫です。随分とスッキリしているので、早く目が覚めました」 「そうか、それは良かった。顔色も随分と良くなっているね」 「はい。随分と体力も戻ってきましたから」 「そうだね。顔色はかなり良いね」 ゆきは、小松とごく普通に会話をすることが出来るのが嬉しくて、つい笑顔になった。 幸せな気持ちだ。 こうしているととてもリラックスする。 「小松さんも、随分と早起きですね?」 「私? この荒れ果てた世界でも、日が昇り、沈むことを確かめたかったんだよ。当たり前のことかもしれないけれど、私は大きなことだと思っているからね」 「そうですね。こんなに荒れ果てているのに、朝陽は以前と同じなんだって実感しました。星や太陽、月は変わらない……。変わったのは私たちの世界だけ……、なんですね。それを実感しました」 ゆきはしみじみと溜め息を吐く。 「人は? 人は変わらないの?」 小松の鋭い一言にゆきは心臓が大きく揺れた。 痛い。 本質を突いているような気がした。 「……人は変わりません。表面的には変わるかもしれませんが、深い部分では変わらないと思います。優しさだとか愛だとか、そんな純粋な部分は……」 これだけは自信がある。 ゆきは真っ直ぐ視線を逸らすことなく、小松を見つめて言った。 いくらゆきに冷たくしても、小松の本質が変わらないことは、一番自分が分かっていると、ゆきは思った。 優しく、名前の通りに清廉であることも、全く変わらないのだ。 小松は一瞬、衝撃を受けたかのように、目を見開いた。 だが、それは本当に一瞬だった。 小松は刹那、目を閉じて、フッと微笑む。 「……君らしい答えだね、神子殿」 小松は何処か突き放すように言う。 その奥には、小松らしい繊細な優しさが滲んでいる。 「さてと、そろそろ、皆も起きて来ると思うけれど?」 「そうですね。皆さんには、もう大丈夫だとお伝えします。明日には戻れるかと思います」 「そう、それは良かった。今日もゆっくりと休みなさい」 小松はあくまで他人行儀さを崩さない。だが、ゆきは、それは、小松が優しいからこそ、取っている態度ではないかと、思わずにはいられなかった。 「今日は行きたい場所があるんです。この世界がどうなっているのかを、見渡せる場所にいって、確かめたい」 ゆきは、自分の気持ちを奮い起たせるためにも、現実をきちんと受け入れる必要があると、感じていた。 「その時は、ちゃんとお供をつけるんだね。君はそのようなところが、疎いからね」 「はい」 小松は一緒に来てくれるだろうか。それが一番気になる。 小松が来てくれることが、ゆきにとっては一番頼もしいと感じた。 「小松さん、来て下さいますか?」 駄目かもしれないと、ゆきは心のなかで思いながらも、思いきって訊いてみた。 小松はうんざりするような表情をわざとらしく浮かべる。 ゆきはやはりダメなのかと、しょんぼりと肩を落とした。 「……しょうがないね。神子殿の頼みだからね」 小松が了承してくれるなんて、先程の表情からは、全く読めなかった。 まさか小松が同意をしてくれるなんて、ゆきは嬉しくて、一瞬、惚けてしまった。 「あ、有り難うございます」 「変な顔をしないの。出掛ける時に声をかけて」 「はい。有り難うございます」 小松は背中を向けて、家のなかに入って行く。 その姿を見送りながら、ゆきは喜びが込み上げてくるのを感じた。 小松とほんの少しではあるが、蟠りがほどけたような気がした。 きっと大丈夫。 小松と元のようなやり取りが出来ればと思う。 以前ほどではないが、ちゃんと話せるようになったのも嬉しい。 ゆきはにんまりと笑わずにはいられなかった。 ゆきが、小松に対して、以前と同じように接してくれたのが、嬉しくてしょうがなかった。 かなり傷付けた自負はある。 同時に、嫌われたという自覚もあった。 それ故に、なるべく近づかないように、近づけないようにしていた。 だが、ゆきは、小松が想像しているよりは、ずっと嫌ってはいないことが、今朝、より明確に分かった。 恐らく傷付いただろうが、既に許してくれているのかもしれない。 小松は胸が甘く切なく熱くなる。 もしゆきが自分を許してくれているのならば、こんなにも嬉しいことはない。 それどころか、本当にもっと深く恋をしてしまうかもしれない。 ゆきがどんどん愛しくなる。 こんなにも愛しいと思った相手は、二度と出てこないだろう。 小松は、ゆきが愛しくて、堪らなくなっていた。 朝食の後、ゆきは高台に上がり、家の周りの様子を見ることにした。 砂漠のなかにも何か手がかりがあるかもしれないと、考えたのだ。 跳ばされた時空がこうならないようにと、今は祈るしかない。 小松は約束通りついてきてくれた。 頼もしい。 これ以上の頼もしい人はいないだろう。 高台まで歩き、ゆきははっとする。 目の前に、この世界ではいないはずの怨霊がいた。 「……どうして、怨霊が……」 ゆきは信じられなくて、頭を横に振る。 この世界も、怨霊も、何もかも信じたくはなかった。 |