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ゆきは唇を噛む。 「……私たちのところには、元々いたけれど、ここはそんなものもいない、平和な世界だったんだね……」 小松も噛み締めるように呟いた。 「怨霊なんて、あちらの世界に来て初めて知りました」 「そう……」 小松は苦々しい表情で返事をした。 「こちらの世界と私たちの世界は、今、明確に繋がっているんだろうね」 「そうですね。私もあちらの世界に行けたのは、そういうことなんでしょうね」 だからこそ、目の前にいるひとに会えたのだと、ゆきは思った。 こちらの世界とあちらの世界。 とても似ているのに、一概に過去と未来だとは、割りきられない。 「来るよ」 「はい」 怨霊が自分達にやってくる。 ゆきは気力を集中させる。 小松をはじめとする八葉たちもまた、気力を集中させ、怨霊に対峙してくれた。 小松がいる。 八葉がいる。 だから大丈夫。 ゆきはその確信のもとで、力を発揮することが出来た。 今までよりも力がみなぎっている。 明確な力を感じるか、疲れだとかは、全く感じなかった。 ただ大丈夫だと、そんな安心感すらあった。 怨霊は直ぐに浄化される。 だが、不思議なことに、今まであった疲労感などは、余り感じなかった。 ひょっとすると、自分が生まれた世界だからかもしれない。 だが、体力が削られている感覚は、ゆきの中にあった。 「神子殿、大丈夫?」 「はい、大丈夫です。有り難うございます、小松さん」 小松は、まだ、蟠りを完全には解いてくれないが、以前よりは、随分と柔らかな反応をしてくれた。 ゆきは、更に高台に急ぐ。 砂嵐が時折、ゆきの行く手を阻む。 だが、こんなことぐらいで、諦められない。 きちんとこの目で、世界がどのような状態なのかを、きちんと見極めたかった。 砂漠だと、足元がかなり悪い。 たが、行くしかないし、行かなければならない。 砂に埋もれてしまい、何処に階段があるかが分からない。 「神子殿」 小松は然り気無くゆきの手をしっかりと握り締めた。 「行くよ」 「有り難うございます……」 久々にダイレクトに感じる小松は、とても力強くて安心感があった。 ゆきの気力に上手く働きかけてくれる。 ふたりでひとつずつ上を目指す。 ただ小松が傍らにいてくれる。 それだけで、ゆきは安堵と幸せを感じることが出来た。 「……まるで、無間地獄のようだね……」 小松は厳しい声で呟く。 「無間地獄……?」 「果てることのない、底なし沼のような地獄だよ……。だけど、君といれば、そんな地獄も晴れ渡るような気がするけれどね……。君なら、無間地獄も何とかするんじゃないかとね……」 小松は、砂漠の向こうに見える光を、真っ直ぐ見据えながら呟いた。 「かいかぶりですよ」 「そうかな?」 「恐らくは……」 ゆきは、自分に期待されるような力はないと、誰よりもよく分かっているからこそ、苦笑いを浮かべながら呟いた。 ゆきの生まれた世界と、小松の生まれた世界。 本当はどちらも救いたい。 どちらも誰もが笑っていられる世界になれたら良いのにと、思わずにはいられない。 「君には出来る……、というよりは、君にしか出来ないのだろうね……。そのことは、八葉の誰もが、都くんが、宰相が、分かっていることだからね……」 小松はここまで言って、口ごもった。 「……なのに、私は、君が無間地獄に向かうことを、止めたいと思っている……」 「……え?」 小松の言葉に、ゆきは思わず息を呑んだ。 「気にしないで。今のは私の独り言だからね」 小松はさらりと言うと、前だけを見た。 ようやく、高台を登りきった。 そこからは、ゆきが生まれ育った、愛すべき街の全容が見渡せた。 絶句するしかなかった。 愛する街は、絶望すら感じてしまいそうになるぐらいに、荒廃が進んでいる。 遊んだ公園も、遊園地も、学校も、図書館も、総ての建物や場所が朽ち果てて、砂に埋もれて荒廃している。 このような世界は、SF映画でしか見たことのない、状況だった。 涙が溢れる。 そして、東側には、巨大過ぎる魔物が蠢いている。 ゆきは魔物を真っ直ぐ見据えた。 総ての元凶だ。 人々や神々、怨霊や陽炎。それらの負の感情が、総てあの巨大な魔物を作り出したのだ。 ゆきは確信する。 あれを倒さなければ、真の意味で本当の平和は訪れないだろう。 だが、倒すには、まだまだ力が足りない。 浄化をして、力をためなければならない。 ゆきは唇を噛み締める。 胸が苦しくてしょうがない。 「……どうしたの?」 小松が気遣うように声をかけてくれる。 「あれを倒さなければ……」 「そうだね。あれが元凶のようだ……。だが、今の私たちにはその力はないようだよ」 「そうです。だから、もっともっと力をつけなければならないです……」 ゆきは唇を噛み締めると、ただ見つめることしか出来ない。 「……君にしか、あの化け物をどうにかすることは出来ないと思うよ。私たちも全力を尽くす。だから、私たち八葉を、自分を信じて頑張りなさい。いや、頑張ろう……」 小松はずっと繋がっていた手を更に握り締めてくれた。 小松が一緒に頑張ろうと言ってくれている。 これ以上のことはない。 小松がいるから。 八葉がいるから。 都がいるから。 今は、前を向くしか出来ない。 後ろ向きになることは、許されない。 ゆきは勇気をかき集める。 「有り難うございます、小松さん。私、今は集中して、頑張ります」 「私も出来る限りのことをする」 同じ目的に向かって、小松とゆきの心が重なる。 蟠りを越えて、神子と八葉として、更なる絆か高められたのではないかと、ゆきは思わずにはいられない。 更に強くなれた。 更に結び付きを強められた。 ゆきは強く確信する。 「倒してみせます。必ず」 「勿論、私もそのつもりだよ」 「はい」 小松や八葉、都がいれば、きっと大丈夫だ。 倒すことが出来る。 「さあ、用は済んだ? 行こうか?」 「はい」 小松は、ゆきの手を引いて、ゆっくりと下りてくれる。 くすぐったくて甘い感情に支配され、ゆきはとても心地よい。 だが、それ以上に力が沸き立つ。 より強くなれる。 そんな気持ちになる。 心が新たに強くなる。 今ならば、戻っても大丈夫だ。 きっと頑張れる。 ゆきは前を向いて、立てることを実感していた。 |