*うたかたの琥珀*

31


 いよいよ幕末に戻る。

 また、険しい日々が始まる。

 だが、大丈夫だ。

 仲間たちが支えてくれるのだから。乗り越えられない筈がない。

 ゆきは、砂時計を使って、幕末へと時空跳躍をした。

 一番ベストな場所に戻れたらそれで良い。

 ゆきはそう思いながら、祈った。

 

 いきなり知らない道中に出てしまい、ゆきは困惑する。

 まさか、このような場所に出るとは思ってもみなかった。

「……ここは何処なんだろうね……」

 小松は途方に暮れるかのように呟いた。

「見覚えがあるのだが……」

 高杉の一言に、小松は眉を寄せる。

「長州の近くかもしれないね」

 桜智も頷いた。

 すると、背後から聞き覚えがある声が聞こえてきた。

「ご家老!」

 走ってやってきたのは、西郷だ。

「先に長州に入られていたのですか?ご家老!」

 西郷の姿に、ゆきは将軍ご一行と合流出来たことを知った。

「どうやら龍神様は、一番最適な場所に我々を導いてくれたようだね……」

 小松は苦笑すると、ゆきを見つめた。

「俺たちも合流するか、お嬢!」

 龍馬は相変わらず豪快に言う。龍馬を見ていると、ゆきの心は随分と軽くなった。

「そうですね」

 将軍を薩摩に無事にたどり着けるように、今は尽力するしかない。

 それが、この世界に平和をもたらす結果になるのなら。

 この世界とゆきの世界は繋がっている。

 だからこそ、この世界を救うことは、ゆきの世界を救うことになるのだから。

 今は、天海と対峙をし、新しい世界になるように考えよう。

 それだけに集中したかった。

「総司!」

「土方さん!」

 今度は土方がやってくる。

 かりそめの仲間だ。

 それでも頼もしい仲間には違いなかった。

 役者は出揃い、いよいよ、長州に入る。

 ゆきの感覚だと、長州から薩摩は近いのだが、交通事情の悪いこの世界では、そうではないのだろうと、感じた。

「ご家老、宿に着きましたら、神子殿も含めて話をしたいことがございます」

 西郷は何処か深刻めいた声で言うと、ゆきを頼るように見つめてきた。

「分かったよ。神子殿も構わないね」

「はい」

 小松の言葉にゆきはしっかりと頷いた。

「しかし、良かった。ちょうど良い時にご家老や神子殿方と合流することが出来て」

 西郷はあからさまにホッとするような笑顔を浮かべた。

 小松とゆきは、お互いに顔を見合わせる。

 きっと、予期せぬことが起こり、その対処に困っていたのだろう。

 どのようなことが起こっているかは、今は分からない。

 ただ、ゆきは、前に進むためには、解決しなければならないのだろうと、気づいていた。

 

 宿にたどり着くと、将軍の護衛に着いている土方を除いた幹部と八葉たちが集められた。

 桂と西郷がかなり神妙な表情をしていた。

「いよいよ長州に入ったのですが、ここまで順調に来て、困ったことが起きてしまいまして……」

 西郷は深刻そうに言葉を濁した。

「下関で怪異が起こり、この先が渡れない。ここまできて、足止めだ」

 桂もまた溜め息を吐いた。

「街道にも多くの怨霊、陽炎がいる。その親玉なのかもしれません。暫くは、長州の宿に逗留をして、様子を見るしかありません」

 西郷の言葉を聞きながら、小松はじっと目を閉じていた。高杉もだ。

 二人ともかなり冷静だった。

「……その怪異が何なのか……。神子殿と私たち、八葉で調べて欲しい……、ということなのかな?」

 小松の言葉に、西郷の表情が明るくなる。

「はい。お願い致します!」

 西郷はホッとしたような表情を浮かべた。

 もう半分は、解決をしているような、そんな顔をしている。

「明日から調べなければならないな。蓮水、それで構わないか?」

 高杉は、切れるような鋭い眼差しをゆきに向けてきた。

「はい。私はそれで構わないです。何とかしなければならないですから」

 では、早速、明日から、調べに入るよ。今夜はゆっくりと休んで、明日に備えよう」

 小松の言葉に、誰もが頷いた。

「ご家老、有り難うございます!」

 西郷は全面の信頼を、小松に向けるような顔をしている。小松はといえは、それをさらりと受け止めていた。

 流石は小松だと、ゆきは思う。

 そして、西郷は、魂の底から、小松を慕い、上司として尊敬と忠誠を向けているのがわかった。

 その信頼、尊敬、忠誠に、小松はさらりと応えている。

 ゆきは羨ましいとすら思った。

 自分と小松ではここまでの関係には至ってはいないのだから。

 せめて信頼さえしてくれたら。ゆきはそう思わずにはいられなかった。

 

 会合が終わり、ゆきはたまたま廊下で西郷と一緒になった。

 「神子殿、明日からよろしくお願いします。ご家老と神子殿には、お世話になりっぱなしです」

 西郷は恐縮するように呟いた。

「西郷さんは、小松さんを心から慕われていますね。それに小松さんもさりげなく応えていて、何だか羨ましいです」

「私は、一生、ご家老について行くと決めております。ご家老には、生涯、お仕えしたいと思っております」

 真っ直ぐと先を見渡す西郷の眼差しは、とても爽やかに輝いていた。

 その光が羨ましい。

 堂々と小松と共に未来を作ることが出来ることが、ゆきには羨ましい。

「……本当に羨ましいです。素敵な上下関係というか……」

「そうですか。これでも、私は、ご家老が家老に就任した時には反発していたんですよ」

 西郷は苦笑いを浮かべながら呟く。これにはゆきも驚いてしまった。

「ご家老は、年齢では私よりもずっと下です。しかも家老になられた時は、かなりお若かった。家柄だけで家老になった若造だと、思っていたんですよ。ご家老にお会いするまでは」

 西郷は笑い話だとばかりに、言った。

「初めてお目にかかるとき、私はご家老の器を試したくて、通された部屋で、わざと横になってご家老を待ったんですよ」

「え……?」

 流石に、西郷の大胆な行動にはゆきも驚いてしまった。

「どう反応するかを見たかったんですよ」

 今となれば笑い話とばかりに、西郷は苦笑いをした。

「それで小松さんはどうされたのですか?」

「それがご家老らしいんですよ。ご家老は、私が横になっているのを見て、部下に、私が疲れているようだからと、枕を用意するようにと、おっしゃったんですよ。その瞬間、私とは器が違うと思いましたよ。直ぐに正座になおって、非礼をお詫びしました。これで、私はご家老に一生忠誠を誓おうと思いました」

 小松らしい話だ。

 真っ直ぐと屈託ない眼差しを向けながら話す西郷を、ゆきは羨ましく感じていた。



マエ モドル ツギ