*うたかたの琥珀*


 小松は静かに、ゆきの知り合いであろうふたりと向き合って座る。

 やはり、一流の武士というだけあり、佇まいからして美しかった。

 ゆきはつい、見惚れてしまう。

「ゆきくん、私の横に座っていなさい」

「はい…」

 こんなにも美しい佇まいの小松の横に行くのは、流石に緊張してしまう。

「早くゆきを返してくれないか。この子は、私たちがいないとダメなんだよ」

「落ち着け、都」

 都は、かなりいきり立つ。それを銀色の髪をした無機質な男が制していた。

「瞬、とにかく、ゆきが、ひどい目にあうまえに、連れて帰らないと」

「都、ひどい目にはあっていないと思うが……」

 瞬は小松と同じぐらいに、冷静だと、ゆきは感じずにはいられなかった。

「小松さんには、よくして貰っています」

 ゆきは、本当にその通りだから、素直に事実のみを伝える。すると、都は不機嫌ではあるが、勢いを引っ込めてくれた。

「ゆきくんを引き取ったのは昨日だよ。うちは客人が多いからね。客のもてなしを手伝って貰う手はずだよ」

 小松はゆきの仕事を初めて言葉にしてくれた。

「それに、君たちは彼女と旧知の仲のようだけれど、彼女は君たちを全くと言って良いほど、覚えてはいないようだからね……。だから、今、君たちに、彼女を渡すわけには、いかないよ。彼女は、既にうちの雇い人だからね」

 小松はあくまで淡々と事実のみを簡潔に伝えた。

「君たちは、彼女の記憶が戻るまで、ここにいても構わないよ。うちは、廊下で寝転がるような不躾な客人も……、まあ、たまにいるけれど、それ以外は安全だと思うけれど?それで良ければ、使っても構わないよ。宿に行きたいというのなら、それでも良いよ。ただし、ゆきくんは、おいていって貰う。記憶が戻らない以上は、ゆきくんを君たちに渡すわけには、いかないからね」

 小松はピシャリと最後通告をする。

 その言葉は説得力があり、ゆきに重さを感じさせた。

「……受け入れるしかないでしょう……。今は……。俺たちには、それがベストだと思いますが」

 瞬もまた小松と同じぐらいに淡々としていた。

 納得いかないのは都だけのようで、唇を強く噛み締める。

「……しょうがないのは分かっているが……」

 都は納得いかないとばかりに、軽く唇を噛み締めた。

「都くん、君はゆきくんと同じ部屋を使うと良いよ。瞬、君は客人が使っている部屋を使ってくれたら良いから」

 小松はさらりと言う。

 小松は、悪いようにはしないと、何処か安堵して聞いていた。安心しているからか、ゆきは落ち着いて聴いていられた。

 不意にまた、鈴の音が鳴り響く。

 小松と出逢ってから、鈴の音が、強くなってゆく。かなり強い音だ。

 頭が痛くなるぐらいに。

 ゆきは、思わず息を呑んで顔をしかめた。

 同時に都も同じようになる。

「……ゆきっ、都、どうされましたか!?」

 瞬はふたりを気遣うように声をかけてくれる。

「……あ、あの、鈴の音が大きく……」

 ゆきは素直に瞬に吐露する。彼に言えば何とかなると、本能で感じていたのだ。

「都も同じだな?」

 瞬の言葉に、都も力なく頷いた。

「……龍神の力が増している……」

 瞬がひとりごちると、小松の表情が一気に変化した。

 洞察力の塊のような鋭い眼差しをする。

「瞬、君は……、ゆきくんが青い龍が見えたと言っていた……。君は八葉かな?そして、都くんはゆきくんの対の存在……。ゆきくんは白龍の神子殿……。違うかな?」

 小松は瞬から視線を反らすことなく、真っ直ぐ見据える。

「……お伽噺草紙の中の話だと思っていたけれどね……」

 小松は眼差しをスッと細めた。

「あなたは、総てを見越して、ゆきを引き取られたのですか?」

「見越していた訳ではないよ。ゆきくんに妙に惹かれるのはどうしたかと思っていたけれど、理由がようやく分かったよ。私も八葉だから。私は白虎らしいけれど、ね」

 小松は瞬を試すように見つめた。

「だから、君たちを悪いようにはしないよ。今は、私個人の判断で、君たちをここにおく。薩摩は関係ないよ」

 小松はさらりと言うと、立ち上がる。

「君たちと話していたいところだけれど、そうはいかないからね。藩邸に行かなければならないからね」

 小松はゆきに視線を送る。

「うちを案内したいのは山々だけれど、今日は出来ないよ。うちのものに伝えておくから」

「はい……」

 小松が仕事に向かう。

 それだけで、ゆきは寂しくて心許なくなる。

 このひとのそばにいたい。そんなワガママな想いが強くなる。

「君たちも悪いようにはしないよ。ただし、彼女を連れて帰らないのならばね」

 小松は釘を刺すことを忘れずに、瞬と都を見つめた。

 時間がないのか、小松は素早く行ってしまう。

 ゆきはその背中を見送ることしか、出来なかった。

 三人だけになっても、ゆきは不思議と緊張しない。

 懐かしくて、温かい。

「ゆき、さっきのヤツになにもされてないかっ!?」

 いきなり都が畳み掛けるように言ってきた。

「あ、あの……。何かって言われても、私を保護して下さっただけで……」

 ゆきは、都の言葉に、困惑せずにはいられない。

「お前が考えていることは、何もない、都。ゆきを見れば分かる」

 瞬は、たしなめるように言うと、溜め息を吐いた。

「俺が知っている、歴史上の小松帯刀と同じように見えるが、少し違う……。この世界が、俺たちの世界の過去と少しずつ歪んで違っているのと同じで、同じ名前、同じ肩書き、同じような役割を担っていても、歪んだように違う……」

 瞬は噛み締めるように呟く。

「……だから、歴史書に書かれ、俺たちが知っている事実と、異なるかもしれない……」

「じゃあ、私たちの世界の小松帯刀が、あんなにも、イヤミったらしい男じゃないっていうことだろ?」

「まあ、そういうこともあるだろう」

「やっぱりな。大河ドラマで見た、小松帯刀は、とても素晴らしく気働きが出来る人物だったからさ、アイツと同じとは思えない」

 都はあからさまに小松に対して不機嫌な表情を浮かべていた。

「マジでアイツいやな男だよ」

 都が、小松のことを良く言わないものだから、困惑してしまう。

 ゆきを助けてくれたひと。

 冷たいところもあるが、その奥には優しさが滲んでいることを知っている。

「ゆきが困っている。ゆきはそう思ってはいないようだ」

 瞬の言葉に、ゆきは静かに頷くことしか、出来なかった。




マエ モドル ツギ