6
|
まだ、ふたりと一緒にいた頃のことは思い出せないが、ゆきは何となく懐かしさは感じていた。 二人ともゆきが記憶を取り戻すまで、待ってくれているのも、感謝している。 ただ、都とゆきの恩人である小松が上手くいかないのが難点だ。 小松は悪い男ではない。 どうすれば、都にそれを分かって貰えば良いのだろうかと、ゆきは強く思った。 とても難しい。 どう考えても、ふたりは馬が合いそうにない。 二人には仲良くして欲しいと、ゆきは強く思っていた。 小松のところから、今は、離れることは考えていないゆきの気持ちに気付いているのか、瞬も都も、小松から離れるようにと、無理強いすることはない。 それは、ゆきには有りがたかった。 小松はといえば、本当に忙しそうだ。 ずっと仕事ばかりをしていて、いつ休んでいるのかと、ゆきは心配せずにはいられない。 ゆきは、眠れなくなって、少しだけ中庭に出ることにした。 すると、小松の部屋から薄明かりが漏れているのを見つけた。 まだ仕事をしているようだ。 ゆきは、小松のこのような姿勢に好感を持つと共に、心配になる。 小松が身体を壊さないだろうかと。 このまま顔を出しても、小松の迷惑になるだけだ。 部屋に戻ろうとした時だった。 「そこに誰かいるの?」 小松の冷たい声が響く。小松の真っ直ぐな声にドキリとしてしまい、ゆきは直立不動になってしまった。 「あ、あの……」 ゆきは観念して、小松の部屋に顔を出した。 「眠れなくなってしまって……」 ゆきはしょんぼりと呟く。すると、小松は呆れたように溜め息を吐いた。 「たとえそうであっても、真夜中に女性がひとりで歩いてはいけないよ」 「……はい……」 小松にピシャリと言われてしまい、ゆきは小さくなった。 「早く部屋に戻りなさい」 「はい。小松さんも……」 「有り難う。君はゆっくり休むと良いよ」 小松の表情が、一瞬、ふわりと柔らかくなった。それは、とても甘くて綺麗な笑顔だった。 魅力的な表情に、ゆきは思わず見惚れてしまう。 「ほら、早く行きなさい。私も眠るから」 「はい、ではお休みなさい」 ゆきは頷くと、部屋に戻る。 真夜中の小松とのささやかな時間は、キラキラと輝く素晴らしい時間のように思えた。 寝床に入ると、直ぐに眠ることが出来る。とても心地が良かった。 小松は真夜中まで仕事をし、先ずはひとのことを考える姿勢に少しずつ触れてきて、ゆきは小松に惹かれてゆく。 小松のために何かをしたい。 そればかりを考えるようになった。 小松は相変わらず、ゆきに何をさせるのでもなく、客人として扱ってくれている。それがとても有り難いが、物足りない気分だった。 何か出来ることはないだろうか。 そればかりを今は思っていた。 ゆきが小松の家でじっとしていると、小松が焦るように家に入ってきた。 「ゆきくん! ゆきくんはいる!?」 小松の切迫した声に、ゆきは思わず振り返った。 「ゆきくん、君にお願いしたいことがある。私の見込み通りなら、君は出来るはずだ」 「わ、私に出来ることであれば……」 「君にしか出来ない。行くよ」 小松は本当に焦っているのだろう。 ゆきの手首を思いきり掴んできた。 都と瞬も駆けつけてくる。 都はゆきの手首を掴む小松を見るなり、きつい眼差しを向けた。 「小松!何をしやがる!」 都が責めるように言うが、小松は全くの平静を保っている。 「都くんも、瞬も、一緒に来て。君たちなら、何とか出来るかもしれないからね」 小松は家を出ると、三人をつれて、ひたすら駆ける。 「陽炎が出て、罪のない人々を傷つけ、家に火を放っている」 「なんてことを……!」 ゆきは苦痛の余りに息を呑む。 陽炎。 御茶屋で下働きをしていた時に耳にしたことがあった。 恐ろしいものだということは解ったが、具体的にどの様なものであるかが、ゆきには分からなかった。 「……陽炎はどのようなものですか?」 「念を強く残して死んだ人間が、自我を忘れ、人間らしさを忘れて、復活をする……。普通の刀では、全く歯が立たないよ。斬れるのは、龍神の神子と八葉だけ。しかも、完全に復活が出来ないように封印することが出来るのは、白龍の神子だけ……。私は君なら、陽炎を封印できると思っている」 小松はキッパリと言い切ると、ゆきを真っ直ぐ見た。 「あとは瞬、都くん、私がいれば何とかなるだろうからね」 小松の言葉に、都は不機嫌そうな表情になる。 「そんな危険なところにゆきを行かせる気か!?」 「ゆきくんには、私も君も瞬も、いくらでも護るひとはいるでしょ? だが、町の人は無力だよ」 小松はピシャリと言い切ると、目の前を見据える。 小松の言葉は重く説得力があり、ゆきは腹を括る。 ここはやるしかないのだ。 小松に恩返しをするためにも、そして、町の人のためにも。 「小松さん、私、なにが出来るか分からないですが、頑張ります」 「そう。じゃあ頑張って」 小松はまるでゆきに力を注ぐように、手をしっかりと握り締めてくれた。 「気を引き締めて。もうすぐだから」 「はい、分かりました」 ゆきは気持ちを引き締めると、陽炎が出ている現場へと入る。 既に多くの餓鬼が炎の中で蠢いているのが分かる。 恐ろしさと緊張で、ゆきは思わず喉を鳴らす。 だが、逃げられない。 いや、逃げてはならないと感じた。 「ゆきくん、これを」 小松は静かに、ゆきに刀を差し出す。 「御茶屋の女将から預かっていたものだ。君のものだそうだ」 「有り難うございます」 ゆきは刀を受け取った瞬間、とてもしっくり来るのを感じた。 同時に失っていた何かが、ゆきの中に欠片となってすとんと落ちてきた。 まだ、欠片だから、それは何かは分からない。 だが、確実にゆきの心に煌めきとして落ちていったのは確かだ。 まるでゆきの結晶のようなきらめきが身体に感じて暖かさになる。 頑張れる。 怖くない。 護るために失うものがこれ以上あるというのだろうか。 ゆきは、気持ちが引き締まるのを感じながら、刀を握りしめた。 「……私も瞬も都くんもいる。だから、頑張りなさい」 「はい」 大丈夫。 信頼している人がそばにいるから。 安心できるひとが、そばにいるから。 陽炎が見境なく、襲い掛かってくる。 ゆきは、躊躇うことなく刀を振り下ろす。 小松もまた、華麗に薙刀を振るう。 陽炎は瞬く間に、弱り始めた。 「ゆきくん、浄化を!」 小 松の声に導かれて、ゆきは気を集中させる。 ど うすれば浄化するのか、ゆきはずっと知っていたような気がした。 |