*うたかたの琥珀*


 ゆきのことをよく知るであろうふたりが生活に加わり、随分と気持ちが楽になった。

 まだ、ふたりと一緒にいた頃のことは思い出せないが、ゆきは何となく懐かしさは感じていた。

 二人ともゆきが記憶を取り戻すまで、待ってくれているのも、感謝している。

 ただ、都とゆきの恩人である小松が上手くいかないのが難点だ。

 小松は悪い男ではない。

 どうすれば、都にそれを分かって貰えば良いのだろうかと、ゆきは強く思った。

 とても難しい。

 どう考えても、ふたりは馬が合いそうにない。

 二人には仲良くして欲しいと、ゆきは強く思っていた。

 小松のところから、今は、離れることは考えていないゆきの気持ちに気付いているのか、瞬も都も、小松から離れるようにと、無理強いすることはない。

 それは、ゆきには有りがたかった。

 小松はといえば、本当に忙しそうだ。

 ずっと仕事ばかりをしていて、いつ休んでいるのかと、ゆきは心配せずにはいられない。

 ゆきは、眠れなくなって、少しだけ中庭に出ることにした。

 すると、小松の部屋から薄明かりが漏れているのを見つけた。

 まだ仕事をしているようだ。

 ゆきは、小松のこのような姿勢に好感を持つと共に、心配になる。

 小松が身体を壊さないだろうかと。

 このまま顔を出しても、小松の迷惑になるだけだ。

 部屋に戻ろうとした時だった。

「そこに誰かいるの?」

 小松の冷たい声が響く。小松の真っ直ぐな声にドキリとしてしまい、ゆきは直立不動になってしまった。

「あ、あの……」

 ゆきは観念して、小松の部屋に顔を出した。

「眠れなくなってしまって……」

 ゆきはしょんぼりと呟く。すると、小松は呆れたように溜め息を吐いた。

「たとえそうであっても、真夜中に女性がひとりで歩いてはいけないよ」

「……はい……」

 小松にピシャリと言われてしまい、ゆきは小さくなった。

「早く部屋に戻りなさい」

「はい。小松さんも……」

「有り難う。君はゆっくり休むと良いよ」

 小松の表情が、一瞬、ふわりと柔らかくなった。それは、とても甘くて綺麗な笑顔だった。

 魅力的な表情に、ゆきは思わず見惚れてしまう。

「ほら、早く行きなさい。私も眠るから」

「はい、ではお休みなさい」

 ゆきは頷くと、部屋に戻る。

 真夜中の小松とのささやかな時間は、キラキラと輝く素晴らしい時間のように思えた。

 寝床に入ると、直ぐに眠ることが出来る。とても心地が良かった。

 

 小松は真夜中まで仕事をし、先ずはひとのことを考える姿勢に少しずつ触れてきて、ゆきは小松に惹かれてゆく。

 小松のために何かをしたい。

 そればかりを考えるようになった。

 小松は相変わらず、ゆきに何をさせるのでもなく、客人として扱ってくれている。それがとても有り難いが、物足りない気分だった。

 何か出来ることはないだろうか。

 そればかりを今は思っていた。

 ゆきが小松の家でじっとしていると、小松が焦るように家に入ってきた。

「ゆきくん! ゆきくんはいる!?」

 小松の切迫した声に、ゆきは思わず振り返った。

「ゆきくん、君にお願いしたいことがある。私の見込み通りなら、君は出来るはずだ」

「わ、私に出来ることであれば……」

「君にしか出来ない。行くよ」

 小松は本当に焦っているのだろう。

 ゆきの手首を思いきり掴んできた。

 都と瞬も駆けつけてくる。

 都はゆきの手首を掴む小松を見るなり、きつい眼差しを向けた。

「小松!何をしやがる!」

 都が責めるように言うが、小松は全くの平静を保っている。

「都くんも、瞬も、一緒に来て。君たちなら、何とか出来るかもしれないからね」

 小松は家を出ると、三人をつれて、ひたすら駆ける。

「陽炎が出て、罪のない人々を傷つけ、家に火を放っている」

「なんてことを……!」

 ゆきは苦痛の余りに息を呑む。

 陽炎。

 御茶屋で下働きをしていた時に耳にしたことがあった。

 恐ろしいものだということは解ったが、具体的にどの様なものであるかが、ゆきには分からなかった。

「……陽炎はどのようなものですか?」

「念を強く残して死んだ人間が、自我を忘れ、人間らしさを忘れて、復活をする……。普通の刀では、全く歯が立たないよ。斬れるのは、龍神の神子と八葉だけ。しかも、完全に復活が出来ないように封印することが出来るのは、白龍の神子だけ……。私は君なら、陽炎を封印できると思っている」

 小松はキッパリと言い切ると、ゆきを真っ直ぐ見た。

「あとは瞬、都くん、私がいれば何とかなるだろうからね」

 小松の言葉に、都は不機嫌そうな表情になる。

「そんな危険なところにゆきを行かせる気か!?」

「ゆきくんには、私も君も瞬も、いくらでも護るひとはいるでしょ? だが、町の人は無力だよ」

 小松はピシャリと言い切ると、目の前を見据える。

 小松の言葉は重く説得力があり、ゆきは腹を括る。

 ここはやるしかないのだ。

 小松に恩返しをするためにも、そして、町の人のためにも。

「小松さん、私、なにが出来るか分からないですが、頑張ります」

「そう。じゃあ頑張って」

 小松はまるでゆきに力を注ぐように、手をしっかりと握り締めてくれた。

「気を引き締めて。もうすぐだから」

「はい、分かりました」

 ゆきは気持ちを引き締めると、陽炎が出ている現場へと入る。

 既に多くの餓鬼が炎の中で蠢いているのが分かる。

 恐ろしさと緊張で、ゆきは思わず喉を鳴らす。

 だが、逃げられない。

 いや、逃げてはならないと感じた。

「ゆきくん、これを」

 小松は静かに、ゆきに刀を差し出す。

「御茶屋の女将から預かっていたものだ。君のものだそうだ」

「有り難うございます」

 ゆきは刀を受け取った瞬間、とてもしっくり来るのを感じた。

 同時に失っていた何かが、ゆきの中に欠片となってすとんと落ちてきた。

 まだ、欠片だから、それは何かは分からない。

 だが、確実にゆきの心に煌めきとして落ちていったのは確かだ。

 まるでゆきの結晶のようなきらめきが身体に感じて暖かさになる。

 頑張れる。

 怖くない。

 護るために失うものがこれ以上あるというのだろうか。

 ゆきは、気持ちが引き締まるのを感じながら、刀を握りしめた。

「……私も瞬も都くんもいる。だから、頑張りなさい」

「はい」

 大丈夫。

 信頼している人がそばにいるから。

 安心できるひとが、そばにいるから。

 陽炎が見境なく、襲い掛かってくる。

 ゆきは、躊躇うことなく刀を振り下ろす。

 小松もまた、華麗に薙刀を振るう。

 陽炎は瞬く間に、弱り始めた。

「ゆきくん、浄化を!」

小 松の声に導かれて、ゆきは気を集中させる。

ど うすれば浄化するのか、ゆきはずっと知っていたような気がした。



マエ モドル ツギ