*うたかたの琥珀*


 陽炎を浄化することが出来た。

 同時に、心の中に忘れていた何かが入り込んでくるのを、ゆきは確かに感じた。

 柔らかな色をしたとても美しく瑞々しい欠片がゆっくりと喉に入る。

 まるで甘くて新鮮な果実を食べたような感覚だった。

 すとんとすんなり心に落ちてきた。

 ゆきは一緒に闘った仲間を見つめる。

 そうだ。隣にいるのは、天の青龍、瞬だ。そして、対の存在である黒龍の神子の都もいる。そして、天の白虎小松がいる。

 仲間たちがいる。

 失敗した天海への闘い。

 その後、また同じ時空に飛ばされたのだ。

 封印されていた記憶が、鮮やかに蘇る。

 今まで過ごした時間と、失っていた記憶が、穏やかに繋がった。

 ゆきは仲間たちに笑顔を向ける。

「瞬兄、記憶が戻ってきた」

 ゆきが瞬を見つめても、相変わらずクールだ。

「それは良かったです。ゆき」

「都、ごめんね。ようやく思い出したよ」

「良かったな!ゆき!」

 都はホッとしたように笑顔になると、ゆきに抱きついてくる。

 懐かしい感覚に幸せを感じながら、ゆきは嬉しくなった。

 良かった。

 総てを思い出すことが出来て。

 本当にホッとしている。

 ゆきはゆっくりと小松帯刀に視線を向ける。

 このひとが、助けてくれたのだ。

 ゆきのかけがえのない八葉だ。

「小松さん、記憶のない私を助けて下さって、有り難うございます。お陰様で記憶を取り戻すことが出来ました」

 ゆきは、小松に深々と頭を下げた。

「記憶が戻ったの。それは良かった」

 小松は何処か突き放したように言う。

「これからは、また、龍神の神子として、頑張ります。八葉として、宜しくお願いします」

 ゆきが頭を下げた後に、もう一度頭を上げると、小松は奇妙な表情を浮かべる。厳しいと言っても良い。

 どうして小松がそのような表情になるのか、ゆきには意味が解らなくて、ただ見つめることしか出来なかった。

「君はやはり“龍神の神子”殿……、なんだね。私が八葉であると……。初耳だよ。そんなこと、おとぎ話に出てくることとしか、思えないけれど?」

 小松は冷徹に言い放つ。

 ゆきは、小松の態度に違和感を生じさせる。

 ゆきが知っている小松帯刀は、自分が八葉で、天の白虎であることを、自覚していた。そして、薩摩藩の小松帯刀としてではなく、小松個人として八葉として協力をすると、言ってくれた。

「確かに君は私に白虎が見えると言ったけれどね……。君が白龍の神子であることは、そこから推測が出来るけれど、私は君の八葉として、手は貸せないよ。少なくとも、今の段階ではね」

 小松はピシャリと言い放つと、ゆきに冷たい眼差しを向けた。

「瞬兄は、天の青龍だよ」

「俺が八葉であることは、初耳です。ですが、あなたが、神子であることには、気付いていましたが……。都が黒龍の神子であることも」

 瞬は、相変わらず機械的に呟く。

 瞬は、ゆきが龍神の神子であることを気付いていたと、だが、はっきりは知らなかったと。

「……私が黒龍の神子……」

 都は慎重に呟いている。

 面妖なことだ。

 誰もが、ゆきが龍神の神子であることを、自分が八葉であることを、明確には知らないと言っている。

 一緒に闘ったというのに。

 ゆきが殆どの記憶を無くしていたように、ここにいる仲間たちもまた、記憶が失われているということなのだろうか。

 正確に言うと、八葉として、同じ神子として、闘った記憶が完全に失われている。

 どうしてその部分だけが、ごっそりと抜け落ちているのだろうか。

 それが不思議でならなかった。

 まるでそこだけ、記憶の欠片がなくなってしまったような、そんな雰囲気だった。

 ゆきと闘った日々の記憶だけが抜け落ちている。

 こんなことがあるのだろうか。

 ゆきは愕然とした。

「……ゆきくん、いつまでもこんなところでぼんやりとしているわけには、いかないでしょ?帰るよ」

 呆然、愕然として、動けないゆきを尻目に、小松はテキパキと言う。

「仕事は終わったよ。話はうちに戻ってからだよ」

「は、はい」

 今は小松に従うしかない。

 ゆきは素直に頷いた。

 

 小松の京屋敷の応対の間に入り、ゆきは小松たちと向き合う。

 本当に訳が分からない。

 ゆきが明確に龍神の神子と分からないのに、どうして封印しなければならない現場に同行させたのだろうか。

「小松さん、どうして、私を陽炎が出た場所に連れて行かれたのですか?私が、白龍の神子だと分かっていて、ですか?」

「いいや。ハッキリしていた訳じゃないよ。だけど、君が白龍の神子殿である、確信があった」

「確信?」

「そう……。君は、私に白虎を、瞬と龍馬に青龍を見た。だから、封印浄化が出来る白龍の神子殿だと考えたんだよ」

 小松は理論的に呟く。

「その通りだったみたいだけれど」

「では、小松さんは、八葉としての記憶は……」

「八葉になった覚えはないよ」

 小松はキッパリと言い放つ。

「君は、私が、八葉だと言うんだね。君が私に白虎を、見たときに、そうかもしれないとは思ったけれどね……。君も知っているように、私は多忙だからね。八葉としての勤めはなかなか難しいね」

 小松はあっさりと言うと、瞬と都を見つめた。

「君たちはどうなの?彼女の八葉として、神子として頑張る気なの?」

「もちろん……」

 瞬が言うと、都も同じように頷いてくれた。

「……そう。では、ゆき、君は、白龍の神子として頑張る気なの?」

「はい。自分の世界も、こちらの世界も、守らなければならないですから」

 迷いはない。

 生まれた世界もこの世界も守ると誓ったのだから。

「……そう。だけど、君は、私に拾われた身だ。違う?」

 小松は、ゆきに冷たくも厳しい眼差しを向けた。

 確かにそうだ。

 小松に拾われた身なのだ。

「君の記憶が、戻ったのは何よりだけれど、私は君をこれからもここに置くつもりだから、忘れないで」

「……小松さん……」

「神子殿としての働きをして貰っても構わないけれど、私にも協力をしてもらうから」

 今、目の前にいる小松は、ゆきと出逢った時と同じようにとても冷たかった。

「今夜は疲れたでしょ?部屋に戻ると良いよ。話はうちにまた改めて」

 小松はすっと立ち上がると、部屋へと戻る。

 ゆきも戻ることにした。

 今はひとりで考える時間が必要だと、ゆきは思った。

「おやみなさい、都、瞬兄」

 ゆきはひとり部屋に戻った。

 ゆきはひとりになり、記憶を整理してみることにした。

 どうして、小松たちの記憶が、ゆきと一緒に力を合わせ戦っていた部分だけが、抜け落ちているのだろうか。

 それには、天海へと闘った時の記憶をたどるしかないと、ゆきは思った。



マエ モドル ツギ