*うたかたの琥珀*


 八葉と神子だから、惹かれたのだろうか。

 小松は自分の想いを分析する。

 ゆきが龍神の神子であることは気づいていたし、それがむしろ好都合だと思っていた。

 だが、それだけではないことは、小松は薄々感じていた。

 ゆきに惹かれている。それは明らかだ。

 一目惚れなんて、非合理なことは一切ない。

 今までそんなことは一度たりともなかった。

 なのにゆきに強く惹かれている。

 ゆきが愛しくてしょうがない。

 だからずっとそばにおいておきたい。

 京にいる時は、京屋敷へ、他に赴く時は、他の場所へ。

 とにかく、ゆきをずっとそばにおきたい。

 誰にも触れさせたくはない。

 だからこそ、ゆきを貰いうけたのだ。

 本来の自分に戻りたいと思いながらも、それは難しいと、小松は感じていた。

 ゆきは神子として動き出すだろう。

 だが、小松としては、それを薩摩藩家老として、ひとりの政を見るものとして、ゆきの動きを見極めなければならない。

 とはいえ、ゆきをそばにおいて、甘やかせたい自分がいる。

 分かっている。

 結局は、薩摩藩家老小松帯刀としてではなく、ただの小松帯刀、いや生まれたときの名前であれば、肝付尚五郎として、力を貸してしまうのだろう。

 小松は冷静にならなければならないと、自分自身に言い聞かせながらも、自分のなかに芽生えた狂おしい想いに、逆らえずにいた。

 

 ゆきはひとりになり、今までのことを思い起こしてみることにした。

 小松も瞬も、八葉であることを忘れていた。そして、都もまた黒龍の神子であることを忘れていた。

 確かに闘いに負け、ゆきたちは、この時空に飛ばされた。

 しかし、あくまで飛ばされただけだ。

 時空を遡ったわけではない。

 あくまで荒廃したゆきの世界から、異世界に飛ばされただけなのだ。

 なのに。

 あの闘いの時、何が起こったのだろうか。

 神子であることを思い出した今、慎重に手繰り寄せなければならない。

 ゆきはゆっくり、ゆっくり、思い出し始めた。

 闘いに負けた瞬間に何が起こったのか。

 それが、記憶を探ることが出来るヒントになるかもしれない。

 あのとき。

 脳裏に天海の艶やかな声がする。

「愛しい子……。君が私に逆らうからいけないのです……。君が大切に思っているもの……。八葉、そして黒龍の神子……。君と彼らが一緒にいた時間の記憶を飛ばしてしまいましょう……。これで君たちは離れ離れになる……。大切な記憶は欠片にして、君の世界ではない場所に……」

 天海が冷徹に言うと、八葉、都、そしてゆきの記憶は、綺麗な色をした欠片となって、飛び散った。

 絶望的な気分なのに、その光景だけがとても美しかった。

 心の欠片。

 陽炎を封印した時に、喉のなかに入ってきた、柔らかな色をしたとても美しく瑞々しい欠片。まるで甘くて新鮮な果実を食べたような感覚があったものだ。

 ひょっとして、それがゆきの記憶が詰まった、心の欠片だったのかもしれない。

 ゆきはとても満たされた不思議な気持ちになったのを思い出す。

 小松も、瞬も、都も、記憶が詰まった欠片があれば、ゆきの八葉であったこと、対の神子であったことを、思い出してくれるのかもしれない。

 他の仲間も探さなければならない。

 そして、失われた記憶の欠片を探しだしてあげなけれはならない。

 ゆきは強く決意する。

 早急に、仲間を集めようと。

 こころの欠片を集めようと。

 そのためには、ここから出て、以前と同じようにたつみ屋で生活するのが一番だと、ゆきは思った。

 とはいえ、小松の元を離れるのは、寂しくてたまらない。

 出来ることならば、小松のそばにいたいと思ってしまう。

 仲間を集めながら小松のそばにいられないのが苦しかった。

 

 翌日、ゆきは、京屋敷から離れることを小松に伝えることにした。

 それが一番だと、ゆきは思う。

 先ずは仲間を集めなければならない。

 瞬と都は手伝ってくれるだろうが、小松にそれを期待するわけにはいかなかった。

 小松、瞬、都と一緒に食事に朝食をとる。

 食事のあと、ここから離れる旨を伝えなければならない。

「……小松さん、私、今日から、離れ離れになった八葉たちを探そうと思います」

「八葉を探す……。君は、八葉が、私たち以外誰かを分かって、そしてどこにいるかを分かっているの?」

 小松は落ち着いた声で、少し険悪な表情になる。冷徹な眼差しに、ゆきは一瞬、怯んだ。

「はい。残りの八葉は、青龍の龍馬さん、朱雀の沖田総司さんとチナミくん、白虎の夢の屋の桜智さん、玄武のアーネストと高杉晋作さん。……だけど、彼らがどこにいるかは、分からないです……」

 名前を言うにつれて、小松の表情が更に厳しくも冷たい表情になった。

「君があげた者たちは、聞いたことがあるものばかりだね……。私が、知っている者ばかりかな……。確かに彼らがどこにいるかは、把握は難しいね……」

 小松は冷静に呟くと、ゆきをまっすぐ見た。

「小松さんに迷惑がかけられないので……、ここから出ていこうかと……」

「それは得策とは言えないね。うちから出ないほうが良いよ」

「え?」

 てっきり反対などされないと思っていたのに、小松は反対してくる。ゆきはびっくりして、小松を見た。

「……うちに出入りがあるからね。だから、君は、うちにいたほうが良いね。得策だ」

 小松はゆきをまっすぐ見る。

「薩摩としては、君の後ろ楯になるわけにはいかない。だが、小松帯刀個人としてならば、君に力を貸してあげられるよ」

 小松の言葉に、ゆきは驚いてその顔を見た。

 小松は八葉として力を貸して貰うのは難しいと、昨日は思っていたのに、今、力を貸してくれるという。

 それはほんとうにありがたい。

「有り難うございます」

 嬉しくて、ゆきは胸がいっぱいになる。

 泣きそうになるぐらいに嬉しい。

 小松が手を貸してくれるというのは、ゆきにとっては何よりも嬉しいことだ。

 これ以上に頼もしい人はいやい。

 泣きそうになりながら小松を見つめていると、半分、呆れられしまう。

「本当に君はしょうがないひとだね」

 小松は苦笑いを浮かべる。

「……嬉しくて……!」

 ゆきは素直に言うと、泣き笑いの表情を浮かべていた。

「ゆきくん、ただ、薩摩藩としては、まだまだ神子殿に尽力することが出来ないよ。それは、分かっているね」

 小松はゆきに厳しく言うのを忘れない。

「はい」

 ゆきは気持ちを引き締めると、しっかりと頷く。

 神子としてしっかりやらなければならない。

 そうしなければ、八葉には示しがつかないだろう。

 ゆきは気持ちを益々引き締めた。




マエ モドル ツギ