*うたかたの琥珀*


 結局は、ゆきには弱いのだ。

 小松は自分に苦笑いを浮かべてしまう。

 ゆきをそばに置きたい。

 それだけなのだ。

 全く不条理な感情を抱いたと、我ながら思ってしまう。

 ゆきに対する感情が何なのか。分からない小松ではない。

 この感情は、本来は抱きたくないものだ。

 ましてや、薩摩藩として、新しい世の中を作りたいと願っている小松には。

 色恋沙汰で翻弄されたくないというのが、本音だ。

 だが、翻弄されずにはいられなくなる。

 ゆきが現れたからだ。

 これ以上ない相手が現れたからだ。

 結局は愛する者に弱いのだ。

 だが、ゆきが同じような感情を抱いてくれているかと、つい考えてしまう。

 ゆきは恩義を感じているかもしれないが、小松を心から愛しているかといえば、恐らくは違うだろう。

 こんな想いを抱くのは初めてで、小松は困惑する。

 小松は、当分は感情を出すべきではないと、強く考えていた。

 

 八葉を探さなければならない。

 八葉を揃えなければ、天海と対峙することは出来ない。

 ゆきは、翌日から、八葉探しに奔走しなければならないと、強く考えずにはいられなかった。

 どうすれば、良いかはまだ分からない。

 だが、真っ直ぐ前を見つめていれば、きっと大丈夫だと思わずにはいられない。

 大丈夫。

 自分自身にゆきは強く言い聞かせる。

 小松がいるから大丈夫。

 何故だか、小松の顔が思い出される。

 ゆきは小松の顔を思い出すだけで、幸せな気持ちを抱くことが出来る。

 最初に助けてくれたひとだから。

 小松に頼る気持ちが大きくなる。

 ゆきは、自立しなければならないと思いながら、小松のことを思い出していた。

 

 翌日、ゆきは小松邸の朝の手伝いをするために、早起きをすることにした。

 世話になっているばかりでは、いられない。

 朝食を運ぶのを手伝ったりするだけだが、それぐらいはしたかった。

 「有り難う、ゆきちゃん。あなたのお陰で随分と助かったよ。後はやるから、帯刀公と一緒に朝食を取ってきて」

「はい。有り難うございます」

 ゆきは朝食に部屋に運ぼうとして、足元にひとが転がっているのを見つけた。

「え?」

 食事をする部屋に、ごろんと男が寝転んでいる。

「え……?」

 視線を向けると、龍馬が横になって眠っていた。

「龍馬さん!」

 ゆきが思わず声をあげると、龍馬は眠そうにゆっくりと起き上がった。

「あ……? お嬢か」

 本当に眠そうにしながら、龍馬は起き上がる。その姿を見ていると、思わずくすりと笑ってしまう。

「朝ごはんの時間ですよ」

「そうか?ああ。朝メシか。しっかり喰わんとなあ!」

 探しに出る前に、いきなり八葉に会えるとは思わなかった。

 小松が言う通りに、ここにいるだけで、八葉を探し出すことが出来ている。

「よお、帯刀!」

「龍馬、君は相変わらずだね……。また勝手に上がり込んで、眠っていたの?」

「ここが、ある意味、一番、安心できる場所だからな」

「全く……。君は相変わらずだね……」

 小松は呆れ果てるとばかりに、ため息を吐いた。

 小松たちが話していると、瞬や都が部屋の中に入ってきた。

「みんな揃ったみたいだから朝食にしようか。龍馬、後でゆきくんの話を聞いてあげて。君に話したいことがあるようだから」

「ああ。解った」

 龍馬は豪快に言うと、早速、朝食を食べ始めた。

「全く……。私たちも食事にしよう」

「はい」

 小松の号令で、ゆきたちも食事をとる。

 こうしていると、なんだか楽しい。

 闘っていた日々を思い出す。

 ゆきは、少しだけ弾んだ気持ちになった。

 食事を静かに取り終えると、小松はゆきをちらりと見た。

「ゆき、君は、今朝の朝食の準備の手伝いをしたの?」

「はい。私がここにいるのは、皆さんのお手伝いをするためですから。それに、小松さんにはお世話になりっぱなしですから」

「神子殿自ら手伝わなくても良いよ。手伝って欲しい時には、ちゃんと私が言うから良いよ」

 小松は冷たい表情で呟きながら、ゆきを見た。

「分かりました……」

 本当は、小松の手伝いをしっかりとやりたいと思っている。

 だが、居候である以上は、小松に従うしかないとゆきは思った。

 食事のあと、ゆきは龍馬に話をする。

 また初めから、八葉になってもらうための説得をしなければならない。

「龍馬さん、こんな話を信じられないかもしれませんが、私は龍神の神子で、あなたは地の青龍である、八葉です。この世界に新しい時代をもたらすために、そして、本来、私がいる世界を救うために、一緒に闘って頂けませんか?」

 どのように表現して良いのかが分からなかったし、余りに遠回しも駄目だろうと思って、ゆきはストレートに言った。

「お嬢が龍神の神子殿で、俺が八葉の地の青龍……」

 龍馬は噛み締めるように呟くと、ちらりとゆきを見た。鋭い眼差しに、ゆきはドキリとしてしまう。

 龍馬なら受け入れてくれると思ったが、難しいのだろうか。

 龍馬はちらりと小松を見たあと、瞬を見る。

「……君が地の青龍、こちらにいる瞬が天の青龍、君たちは対だね……。そして、私が天の白虎、こちらにいる都が、黒龍の神子……」

 小松が説明をすると、龍馬はまるで小さな子供のように瞳を輝かせた。

「本当か!?  龍神の神子だなんて、姉さんが話してくれたお伽草子の中の話だと思っていたが、そうじゃないんだな。勿論! お嬢に手は貸す」

 龍馬はキッパリと言い切ると、ゆきに笑顔を向けてくれる。やはり豪快で大胆なところは、全く変わらない。

 ゆきは、そんな龍馬を頼もしく思う。

「だが、お嬢。俺もやるべきことが、けっこうあるからな。手が空いた時か、お嬢と目的が同じときだけになるが、それでも構わんか?」

 龍馬の言葉に、ゆきは笑顔で頷く。今は協力して貰うだけでもありがたかった。

「よろしくお願いします」

「ああ。こっちこそな」

 八葉が確実に集まってくる。

 ゆきは、更に前に進まなければならないと、強く思った。

 この世界を、そして、自分が生まれ育った世界を守る。

 ゆきにとっては、あまりまえのように大切な二つの世界。

 ゆきは神子として、強くあらねばならないと思った。

 八葉は三人しか見つかってはいない。残りの五人を見つけなければならない。

 それに全力を尽くそうと思っていた。

「ゆきくん、そんなに思い詰めなくても大丈夫だから。直ぐに見つかるから……」

「有り難うございます」

 小松に言われると、本当にそう思えてくる。

 厳しいけれども優しいひと。

 ゆきは、益々小松に惹かれていた。



マエ モドル ツギ