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ずっとずっと大好きでしょうがないのに、そのひとはゆきのことを子供としてしか扱ってはくれないのだ。 何度か、思わせ振りに態度で、素直な恋心を伝えたつもりなのに、全くそれが伝わらない。 しかも、ゆきの想いなどとうに気付いていて、軽くあしらっている感すらある。 ずっと年上で大人だからかもしれない。 ゆきなんて、恋愛対象外なのかもしれない。 それでもゆきは好きで好きでしょうがない。 女性とすら扱ってくれていないとしても、それでも好きでいることをやめることか出来なかった。 悪く言えば、しつこい。 よく言えば、一途。 ゆきは、自分でも、この一途さに呆れ返ることすらある。 本当に何処まで小松帯刀が好きなのだろうか。 だが、こんなに好きなのは、よくよく何かの縁があるのは確かだった。 今日はヴァレンタインデーで、ゆきは手作りチョコレートを作って、小松のところに向かう。 アポなし突撃。 一番小松が嫌がるパターンだ。 だが、こうしなければ、ゆきは小松に逢うことが出来なかった。 小松に約束をしても、いつも忙しいと言われて、反故になってしまうことが多い。 だから、こんなにも強行な手段に出てしまうのだ。 ゆきは、小松の会社の受付に行くと、いつものように気品はあるが、ゆきに対しては、慇懃無礼な振る舞いをする女性がいた。 「あの、蓮水ゆきと申しますが、小松さんに一目だけお会いしたいのですが」 ゆきが丁寧に言うと、女性は申し訳なさそうに、頭を下げた。 「大変もうしわけございません。小松ですが、蓮水様とは、会社ではこれから一才会われないと。あと、ヴァレンタインのチョコレートは受け取らないと申しております」 ゆきはショックで胸が苦しくて、切なくなる。 小松に迷惑がられているなんて、思ってもみないことだった。 しかも、ヴァレンタインデーのチョコレートも先回りをして、拒否されてしまった。 ゆきはしょんぼりと肩を落とすと、受付に向かって頭を下げた。 「ご迷惑をお掛けして、申し訳ございませんでした」 ただ挨拶をするのが精一杯で、ゆきはそのままとぼとぼと会社を出た。 しょうがない。 小松がそのような選択をしたのであれば。 小松には、ストーカーのように思われていたのだと思うと、ゆきはショックだった。 ゆきにとって、それは何よりも辛い事だったからだ。 作ったチョコレートはどうしようか。 このまま捨ててしまっても構わないだろう。 一所懸命、愛を込めて作ったのだが、このまま食べられないのは、可愛いそうだ。 かといって、このチョコレートを自分で食べるのも、何だかしゃくにさわる。 誰かにあげようか。 だが、こんな呪いのチョコレート、貰われた誰もが嫌だろう。 ゆきは、家に帰ったら、チョコレートのお墓でも作って、埋めてしまおうと思った。 電車で帰宅する際も、ゆきは泣きそうになる。 小松に迷惑をかけてしまった挙げ句に、完全に嫌われてしまった。 もう小松の側にはいられないのだ。 ゆきは必死になって、忘れようとするしかなかった。 家に暗い面持ちで戻ると、母親が驚いたような顔で、出迎えてくれた。 「どうしたの?ゆき」 「……何でもない……」 「さっき小松さんから連絡があって、うちに来そうな時間に来ないから、何かあったのかもしれないって、心配……」 「小松さんのことは言わないで。もう、忘れるから」 今は、“小松”という名前を聞くだけで、切なくて苦しくなる。 「ゆき、ちょっと!小松さんにちゃんとうちにいるとだけは、伝えないと駄目よ!」 「いいの」 伝えなくても、小松はゆきのことなんて気にしない。 それだけだ。 「もう。じゃあお母さんがきちんと伝えておくからね」 「はい……」 ゆきは部屋に閉じこもると、涙を溢した。 どうして電話なんかしてくるのだろうか。本当にいらない。 自分が追い返したくせに、どうしてそんなことを言うのだろうか。 ゆきは、涙が溢れてどうしようもなくなるのを感じながら、とにかく精一杯、泣くことにした。 泣けば、随分とスッキリするのではないかと、思わずにはいられなかった。 小松とはもう会わない。 そう決めたのだ。 ゆきは、小松の会社の最寄り駅がある路線ではなく、違う路線に変えて、大学まで通学することにした。 そうすれば、小松に近づくことなどないからと。 メールも電話をすることも止めた。 しつこいと思われるのが、嫌で嫌でしょうがない。 切なくて苦しくて、堪らない瞬間だった。 だが、離れてみて少しは冷静に考えられるようになった。 小松にアプローチをするのを止めてから、ゆきは自分がいかに迷惑な行為をしていることに気付いてしまった。 小松が呆れ果てるのも当然だと、思わずにはいられない。 だから近づかないこと。 これが一番なのだと思う。 近づかないようにした最初は、かなり辛かったが、少しずつではあるが、落ち着いた対応が出来るようになった。 小松を追いかけていた時間は、読書をしたりする時間にあてる。 そうすると随分と気持ちがスッキリするのを感じた。 カフェでのんびりと読書をしていると、ふと目の前に知人が現れた。 「ゆきちゃん!」 「桜智さん!」 声をかけてくれたのは、小松の友人で小説家の桜智だった。 「ひとり?」 「はい。今は。友人と待ち合わせで」 「そう」 桜智は頷くと、ゆきを真っ直ぐ見つめる。 「向かい側良いかな?」 「どうぞ」 ゆきが笑顔で頷くと、桜智は嬉しそうに腰かけた。 その雰囲気にあう、紅茶を注文すると、柔らかい艶のある笑みを向けてくれる。 本当に綺麗な男性だと思う。 男性にこんなことを言ったら、かなり失礼なのは解ってはいるのだが。 「桜智さんはお散歩ですか?」 「いや、待ち合わせだよ。ゆきちゃんはどうして待ち合わせ?」 「友人と一緒に、飲み会に参加するんですよ。サークル関係の。早く来たので、お茶でもしようかと……」 ゆきはそこまで穏やかに話して、息を呑む。 目の前に現れたのは、紛れもなく小松だった。 「……久しぶりだね。ゆき」 「お、お久し振りです……」 小松は不快そうに眼をスッと細める。 ゆきはその場にいられないような気分になった。 小松がまさかここにいるなんて、ゆきには思ってもみないことだった。 |