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甘い痺れが残る。 まだ自力では立っていられない。 ドキドキし過ぎて、ゆきはどうして良いのかが解らない。 小松に支えられないと、ゆきは立っていられなかった。 「ゆき、食事をしようか」 「は、はいっ」 ゆきは何とか自分を取り戻すと、ゆっくりとキッチンに向かう。 後は、仕上げをするだけだ。 小松が喜んでくれることを祈りつつ、食事の支度をした。 支度がほぼ終わる頃、小松が着替えてダイニングへとやって来た。 「有り難う、ゆき」 小松に礼を言われると、とても嬉しい。 ふたりで食卓を囲むことが、こんなにもドキドキするなんて、思ってもみなかった。 ゆきは小松と向かい合わせになって、緊張しながら食卓についた。 「そんなにも緊張しなくても大丈夫だよ」 くつくつと喉を鳴らして笑う小松に、ゆきは恥ずかしいと思いながら、真っ赤になった。 「明日はゆっくりしよう。私は誕生日にのんびりとする経験が、今までなかったからね。楽しみだよ」 「私も楽しみです。帯刀さんと、のんびりするのが久しぶりですから」 「そうだね。だが、こちらに来てからのほうが、私自身はかなり時間に余裕が生まれているんだよ。これでもね」 ゆきは笑顔で頷く。 「あちらにいたままだったら、私は直ぐに君を妻にしていたけれどね」 小松はあっさりと、ドキリとすることを平気で言う。 これにはゆきも心臓が跳ね上がって、どうすることも出来なかった。 ゆきが動揺していることが解ったからか、小松は楽しそうにフッと笑った。 「さあ食べようか。ちなみに、私はそのつもりでいるから、忘れないで」 本当に、たいせつなことを何でもないことに言う天才ではないかと、ゆきは思う。 ドキドキし過ぎてしまい、ゆきは食事をどころでは、なくなってしまっていた。 「ゆき、君は食べないの?美味しいけれど」 「あ、は、はい。頂きますっ」 ゆきは慌てて箸に手をつけると、食事を始めた。 我ながら及第点を上げても良いのではないかと思いながら、ゆきは食事をする。 「このような誕生日の前日も良いのかもしれないね」 小松は幸せそうに、スッと目を細めた。 こうして愛するひとが喜んでくれているというのは、ゆきにとっては嬉しいことだった。 結婚したら、このような満たされた時間を沢山過ごすことが出来るのではないかと想像して、とてもくすぐったかった。 「今日は車じゃないから、お酒が飲めるのが良いね」 小松はご機嫌に呟いている。 「そうですね。私はいつもほんの少ししか飲めないですけれど、それでも、帯刀さんと一緒にお酒を飲めるのが素敵です」 食事の後は、自宅から出ないから、のんびり出来るのも良いとゆきは思った。 食事が終わると、ゆきは自宅から焼いてきた薩摩芋のケーキを出した。 「本格的なデコレーションケーキではないですけれど、誕生日の前日にはぴったりだと思って焼いて来ましたよ」 「ありがとう。私は素朴なケーキのほうが好きだからね」 小松の言葉が嬉しくて、ゆきはつい笑顔になった。 紅茶を淹れて、デザートタイムを楽しむ。 小松は酒を飲んでいるが、全く酔ってはいないようで、いつもと変わりはなかった。 「このケーキ、私はなかなか好きだよ」 「ありがとうございます」 小松に誉めて貰えるのが、誰よりも嬉しい。 ゆきは、小松に喜んで貰えたら、それだけで幸せだった。 「今日は日付が変わった瞬間に帯刀さんと一緒にいられるのが、嬉しいです。だって、誰よりも早くに、誕生日のお祝いが言えるんですから」 ゆきは幸せな気持ちを表情に乗せて呟く。 小松もまた、ゆきにしか見せない、満たされた甘い笑みを浮かべてくれた。 とても艶やかで、穏やかな笑顔だ。 その笑みを見つめているだけで、満たされた気分になる。 「私もね、君に一番のお祝いをして貰えるのがとても楽しみだよ」 小松の表情を見つめているだけで、ゆきは幸せが心から溢れてくるのを感じた。 ゆっくりとデザートタイムを楽しんだ後は、後片付けが待っている。 それすらもゆきは楽しいと思ってしまう。 暖かで幸せに満ち溢れているから。 「私も手伝うよ」 「今日は私にさせて下さい。だって、帯刀さんが主役なんですから。その間に、お風呂に入っていて下さいね」 「解ったよ。お姫様の言う通りにしないと、後が大変だからね」 「早く入ってきて下さいね」 ゆきは小松をキッチンから追いやって、片付けに専念する。 まるで小松の妻にでもなった気分だ。 何だかくすぐったい幸せに、ゆきは踊り出してしまいそうになった。 結婚したら、毎日、このような生活を送るのだろうか。 もしそうなら、とても楽しい。 仕事も家庭生活も、バランスが取れて、楽しいのならば、こんなにも幸せなことはないだろう。 ゆきは、すっかり、幸せな妄想に浸ってしまっていた。 片付けが終わる頃、小松がバスルームから出てきた。 「ゆき、片付けは終わった?」 「はい」 「だったら、君もお風呂に入ってくると良いよ」 小松はさらりと何でもないことのように言った。 お風呂に入る。 ゆきは、その言葉の意味をようやくストレートに取って、耳まで真っ赤になりながら飛び上がった。 急に生々しい現実を考えてしまい、恥ずかしくてたまらなくなる。 ゆきが真っ赤になって固まっていると、小松は理由を察したらしく、フッと艶やかでイジワルな笑みを浮かべている。 「ゆき、お風呂に早く入っておいで。私を湯冷めさせる気?」 「あ、は、はいっ。入りマスけれど……」 ゆきはすっかり怪しいひとのようにあたふたとしてしまっている。 それを小松が楽しそうに見ていた。 意識し過ぎ? ドキドキし過ぎ? 自意識過剰? だが、意識せずにはいられないシチュエーションだった。 「入りマス……」 「ごゆっくりね」 小松の艶のある声を背中で聞きながら、ゆきはバスルームへと向かう。 緊張が突き抜けてしまいそうだった。 ずっと気づかないなんて、愚かすぎる。 だが、嫌かと言われたらそうじゃない。 突き抜けるほど緊張して、恥ずかしいだけ。 そのあたりが、複雑な乙女心だった。 パウダールームで、着替えを準備して、入浴準備をする。 お風呂に入るのに、こんなにも緊張するのは初めてだ。 ゆきは服を脱ぐたびに自分が変わってゆくような気がした。 髪や全身を洗い終わり、湯船に浸かる。 洗っている間も、肌はかなり敏感だった。 逆上せそうになるぐらいに緊張してしまい、ゆきは湯船から出られなくなっていた。 |