*あなたの生まれた日*


 こうして小松の誕生日前日に、彼の家でお風呂に入っているなんて、とても不思議な気分だ。

 甘い緊張がひどくて、ゆきは息が出来ない。

 逆上せてしまいそうになるのに、なかなかお風呂から出ることが出来なかった。

 このままでは、ゆでダコになってしまうぐらいに、逆上せている。

 気分が悪くなりそうになる。

 ギリギリのところで、ゆきは深呼吸をして、なんとかお風呂から出た。

 気持ちが悪かったが、何とかそれを回避することが出来て、ホッとした。

 ゆきは、のろのろとパジャマに着替えた後、バスルームから出ると、小松がミネラルウォーターを持って、待っていてくれた。

「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 小松が手渡してくれたミネラルウォーターは、正直言って、とても有難いものだった。

 美味しい。

「本当に何処まで湯船に浸かっていたの。真っ赤過ぎて、茹ですぎたタコみたいだよ」

 小松はくつくつと喉を鳴らして笑った後、ゆきをとても官能的な眼差しで見つめてくる。

 あまりにも色気があり、ゆきはドキドキせずにはいられなかった。

 こんなにも艶がある眼差しを向けられると、ドキドキし過ぎて、余計にゆでダコになってしまう。 

「……どうして、そんなにも湯船に浸かっていたの……?何か、意味でもあるのかな……?」

 小松は不意に耳許で囁いてくる。

 その声が艶やかでイジワルで、ゆきは心臓が跳ねてしまいそうになる。

「さ、疲れたでしょ?ミネラルウォーターを持ったら、寝室に向かおうか?」

「あ、わ、私はきゃ、客間ですよね!?」

 ゆきが真っ赤になってジタバタしているのを、小松は相変わらずイジワルで、余裕のある表情で見つめてくる。

 本当にズルい。

「ゆき、うちにはベッドしかないよ。それに、恋人同士が同じ家にいるなら、ベッドはひとつで充分でしょ?」

 小松は当たり前だとばかりに、いけしゃあしゃあと言うと、いきなりゆきを抱き上げてきた。

「あっ!」

「さあ、行くよ。ジタバタしても、もうしょうがないでしょ?」

 小松はさらりと言うと、ゆきを抱き上げたままで、寝室へと向かった。

 小松の寝室。

 和テイストが溢れたシックなパプリックがとても似合っている。

 ゆきはセミダブルのベッドに、ゆっくりと柔らかく寝かされた。

「もうすぐ、私の誕生日だよ」

 小松は時計を見て、フッと微笑む。とても豊かで艶やかな笑みだ。

 ゆきはその笑みに魅了されずにはいられない。

「……はい」

 ゆきが寝かされた横に、小松が身体を滑り込ませてきた。

 ギュッと抱き締められて、ゆきは胸がキュンと鳴っているのかと思ってしまうぐらいに、甘いときめきを感じてしまう。

 呼吸が出来ないぐらいに幸せを感じていた。

「……ね、ゆき、私が一番欲しいものを、君は解っている?」

 小松に耳許で甘く囁かれて、ゆきは呼吸が出来ないのではないかと思うぐらいに感じてしまう。

 背筋が震えてしまう。

 だが、それは決して不甲斐な震えではなかった。

 むしろ、何かを期待してしまっているような震えだった。

 呼吸が出来ない。

 小松に潤んだ瞳を向けると、更に強く抱き締められた。

「……ね、ゆき、解っているの? 私の欲しいものを」

「あ、あの、それは、今夜のようにお料理作って一緒に食べたり、すること?」

「君は面白いね……。本当は気付いているんでしょ? 私が何を欲しいかぐらいは……」

 小松は艶やかな声で、ゆきを更に追い立ててゆく。

 ドキドキし過ぎて、ゆきはどうして良いのかが解らない。

 小松が何を求めているのかは、ゆきは本能で解っている。

 ゆきもまた、同じように求めているから。

 だが、それをなかなか表現することが出来ない。

 緊張し過ぎて、どうして良いのかが分からなかった。

 ゆきは、潤んだ瞳をただ小松に向ける。

 自分からはハードルが高過ぎて、なにも言えない。

 イジワルをしないで欲しいと、ゆきは思う。

「……君からは言えない?」

「……はい。帯刀さんにちゃんと言って貰わないと、分かりません……」

 ゆきがはにかんで拗ねるように言うと、小松はくすりと笑う。

「……帯刀さんは、誕生日には何が欲しいのですか?」

 ゆきは逆に聞き返してみた。

「……私が欲しいものを言ったら、ゆき、君はそれをくれるの?」

 小松の甘くて低い囁きに、蕩けてしまいそうになる。

 このようなやり取りを続けるのは、きっと小松も自分自身も答が解っているからだ。

「……私で出来ることなら、帯刀さんにプレゼントしますよ」

「そうだね。君じゃないと無理だとは私は思っているけれど?」

 小松はからかうように言うと、更にゆきを近くに抱き寄せた。

「……あっ……!」

 時計の針が、小松の誕生日になったことを示す。

「日付が変わりましたね」

「そうだね……」

「帯刀さん、生まれてきて下さって、ありがとうございます。私を守って下さって、出逢って下さって、見つけて下さって、ありがとうございます。お誕生日おめでとうございます」

 ゆきは小松へのありったけの愛情を込めて、言葉を誠実に紡いだ。

 小松の身体をしっかりと抱き締める。息が出来ないぐらいに抱き締めたい。

「……ありがとう、ゆき」

 小松はゆきを抱き寄せると、軽く唇を奪ってくる。

 羽のような優しいキスをしてくれる。

 ロマンティックなキスに酔いしれたくなる。

 何度もフェザータッチのキスをした後で、小松はゆきを胸に抱いた。

「誕生日は君に祝って貰えるのが一番だと思っているよ。今まで誕生日なんて大したことがないと思っていたけれど、やはり一番愛しい相手に祝って貰えると、違うのだね」

 小松はしみじみと呟くと、ゆきの髪から背中にかけてを、掌で丁寧に撫で付けてくれた。

 とても優しいのに、情熱的でもある動きだ。

 背中に心地好い熱を感じた。

「……ゆき、私が欲しいものを言って良い?」

 優しい小松に声が、ゆきを満たしてくれる。とても幸せな声の響きだ。

「……はい」

 小松が欲しいもの。

 それはずっと昔から、解っていたような気がする。

 ゆきは華やいだ緊張を抱きながら、小松を見つめた。

「……ゆき、君が欲しい……」

 小松の言葉には純粋な愛が溢れている。

「……はい」

 ゆきは神聖な気持ちで返事をすると同時に、しっかりと愛する小松を抱き締めた。




マエ モドル ツギ