前編
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成人式を迎えるのだ。 ここまでの道程は、無駄に長かった。 ずっと早く小松に追い付きたかった。 追い付いたかと言われたら、まったく追い付いてはいないのかもしれない。 だが、社会的に『大人』だと、認められることは、かなり大きい。 これで堂々と大人の女性として、小松に向き合うことが出来るのだから。 ゆきはそう強く思った。 成人式には、やはり振袖で出席をする。 朝から準備で大変だ。 成人式のために、ゆきはずっと髪を伸ばしてきた。 綺麗に結い上げたかった。 これは女の子ならば、考えることだろう。 ゆきにとっては、最高に素敵なイベントのひとつだ。 ずっと待ち望んでいたことなのだから。 小松とは、式の後で落ち合う予定だ。 成人式のお祝いをしてくれるのだ。 ゆきにとっては、素晴らしいイベントになりそうな予感がしていた。 小松に祝って貰うのだから、出来る限り綺麗になりたい。 小松が息を呑むほどに。 だが、小松は、和装の綺麗な人など馴れているようであるから、そこまで綺麗になれるのかと言われたら、そんな自信はない。 だが、小松には「綺麗だ」と言って欲しい。 大人の女性として扱って欲しい。 ゆきはそう思わずにはいられなかった。 成人式の着物は、当初、小松が仕立てると申し出てくれた。 だが、ゆきの両親が、それだけはしたいと小松に言ったのだ。 後は息子しかいないので、つまらないそうなのだ。 確かにそれはある。 ゆきは、両親に着物を仕立ててもらった。 白を基調にした、薄紅や蒼が美しく華やかに染まっている。 着物は、留袖にしても使えるようにと、母親が気を遣ってくれていた。 美容室で、メイクをしてもらい、髪をアップにして、着物も着付けて貰う。 自分でも着物を着られるが、今回だけはプロに頼んだ。 式の前には家族で記念の写真を撮った。 自分一人の写真も撮る。 小松とも撮りたかったが、小松が遠慮をしたのだ。 二人でのお祝いの時間になったら、一緒に写真が撮りたい。 一生に一度しかない小松との時間を、ゆきは大切にしたかった。 成人式は感動の再会が多いが、ゆきは海外生活が長く、そのような再会はほとんどなかった。 成人式が終わった後の余韻というのもほとんどない。 ゆきはそそくさと会場を出る。 会場を出ると、既に小松が迎えに来てくれていた。 「帯刀さん!」 ゆきが手を振ると、小松は薄く微笑む。その笑みがとても美しくて甘い。ゆきはついうっとりと見惚れてしまう。 なるべく早く小松の元に行きたかったが、いつものように駆け出して行くことは出来なかった。 ゆきが仔犬のように小松に近づくと、そのままふんわりと手を握り締められた。 「成人式の華やかさは良いものだね」 小松はゆきだけを真っ直ぐ見つめると、艶やかに微笑んだ。 ゆきの両親がゆっくりとやってくる。既に小松とは両親も認めてくれている。 「お嬢さんをお借りします」 小松は爽やかに言うと、頭を下げる綺麗に下げた。 「小松さん、ゆきをお願いします」 両親は、寂しそうにも嬉しそうにもしながら、静かに微笑んでくれた。 小松に手を引かれて、駐車場へと向かう。 成人を小松に祝って貰うというのは、なんて幸せなのだろうかと、ゆきは思った。 ほわほわとした幸せにたっぷりと満たされている。 車に乗り込むと、小松は素早く車を出す。 この場所から早く離れたいような、そんな雰囲気を醸し出していた。 車は暫く走り、静かな神社のある地域に入る。 「成人式には、ちゃんとお祝いをしないといけないでしょ。神様にお礼を言わなければね」 古式ゆかしい小松らしいと、ゆきは思う。 確かにきちんとお礼を言わなければならないと、ゆきも思った。 「そうですね。お礼は大事です」 小松は、神社の駐車場に車を停め、ゆきと一緒に境内に出た。 お正月が一段落な神社は、とても静まりかえっていた。 本当に清らかで清浄な空気が流れている。 ゆきは何度も深呼吸をした。 それだけで身体が綺麗になるように思えた。 小松と、神社を参拝する。 それだけで、ゆきは気持ちが引き締まるのを感じていた。 とても気持ちが良くて、ゆきは思わず笑顔になる。 気持ちが朗らかになった。 神様に、成人になれたお礼と、素晴らしいひとと出逢えたお礼をしっかりと伝える。 ゆきは幸せな気持ちにならずにはいられなかった。 これからも見守っていて欲しい。 そう強く願った。 横で静かに祈る小松をちらりと見る。 何を祈っているのだろうかと、静かに考える。 「……帯刀さん、何を祈っていらっしゃったんですか?」 参拝の後、ゆきは思いきって訊いてみた。 「秘密。多分、君と同じこと」 小松の一言に、ゆきは頷く。 きっとそう。 いや、絶対にそうだろうという自信がゆきにはある。 「そうですね」 絶対にそうだろうと、キッパリと言い切ることが出来るから、ゆきは笑顔になった。 手を繋いで暫くは境内をのんびりと散策をする。 こうしているだけで、ほわほわと温かな気持ちになった。 「これで帯刀さんと対等の大人になれましたよ」 「さあ。どうだろうね」 小松ははぐらかすように、くすりと笑いながら呟く。 その笑みはこちらがドキリとする程に魅力的だった。 小松と清々しい境内散策の後、二人は車へと戻った。 車に乗り込むなり、ゆきは小松に強く抱き締められてしまう。 安堵とときめきが交差するような抱擁だ。 小松の抱擁に、鼓動は激しくはねあがり、ゆきの喉はからからになる。 小松は、ゆきを更に引き寄せて、しっかりと抱き締めると、唇を重ねてきた。 深い、深いキス。 甘くて深いキスに、ゆきは蕩けてしまいそうになった。 とろとろとした蜂蜜のようなキスに、ゆきはすっかり陥落してしまった。 「これが大人の女性としてのキスだよ。ゆき」 小松は、まるで勝ち誇るような甘い笑みをゆきに向けてきた。 悔しいがしょうがない。 「ゆき、君が大人である証拠を、もう少ししっかりと見せてもらおうかな?」 小松の官能的な視線と声の前では、ゆきは全く逆らえなかった。 「晴れ着の君を堪能したいからね。ふたりきりになれる場所に行こうか……」 車が走り出す。 ふたりきりになれる場所へと車は向かう。 運転中、小松はゆきの手をさりげなく握りしめる。 ドキドキが治まることはなかった。
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