*初めてのヴァレンタイン*


 ヴァレンタインデーなんて、今までは義理チョコをお世話になったひとに贈るぐらいの感覚しかなかった。

 だが、今年は違う。

 大好きなひとにチョコレートを贈りたいと、心から思っている。

 今までも好きなひとにチョコレートを贈っていたが、だが、今年は意味合いが違う。

 世界で一番大好きで、これから先もずっと一緒にいたいと思っているひとなのだ。

 毎年、ヴァレンタインデーのチョコレートは、手作りをしていたけれど、今年は更に気合いが入る。

 小松がチョコレートを気に入ってくれるだろうかと、ついそちらを考えてしまう。

 小松だから、ブランデーを使ったチョコレートケーキを造るのが良いのだろうか。

 そんなことばかりを、考える。

 考えるだけでまた楽しいのは事実なのではあるが。

 小松が喜んでくれる表情を想像するだけで、ゆきのテンションはかなり上がる。

 やはり、大好きなひとに喜んで貰えるのが、何よりも嬉しかった。

 

 214日にチョコレートを渡したい。

 ゆきはその日の予定を、小松に然り気無く訊いてみることにした。

 今日も甘いデートで、小松とふたりでのんびりと、ベイエリアを歩いて行く。

 小松と手を繋いで歩くのが、何よりも楽しい。こうしているだけでウキウキする。

「帯刀さん、214日は、何か予定はありますか?」

214日?その日は平日だよね。残念ながら、残業だね。決算が迫っているし、来年度に向かって、色々とやらなければならないことがいっぱいある。忙しいね」

「そ、そうですよね……」

 小松は会社を経営しているから、この時期は更に忙しくなってしまうのだ。

 念のために聞いたのだが、やはりという印象だった。

 しょうがない。

 ゆきはガックリと肩を落とす。

「その日に何かあるの?」

「何と言うわけではないですけれど、会えたら嬉しいって思っただけですから……」

 愛するひとに愛を告白する日だなんて、言えない。そのような理由で、小松の仕事を邪魔したくはない。

「何でもないことないとは、思うんだけれどね」

「本当に、何でもないんですよ」

 ゆきはなんとか笑って誤魔化せないものかと、考えてしまう。

「……まあ、良いけれど。さ、寒いからね、早く行こうか」

 小松はゆきが困っているのを知っているからか、さらりと言うと、そのまま手を引っ張ってくれる。

「寒くないですよ」

「寒いでしょ?」

「平気です。だって帯刀さんが一緒にいるから大丈夫ですよ」

 小松に手を握りしめて貰っているだけで、本当に温かくて気持ちが良い。

 寒いだなんて感じない。

 愛する人の威力はすごいのだ。

 ゆきがにぱっと笑うと、小松はしょうがないとばかりに笑った。

「君はしょうがないね」

 小松は呆れたように言ったが、一瞬、ゆきに、近づいてくる。

「……可愛いね」

 甘く囁かれて、ゆきはドキドキして、顔まで赤くなる。

「い、今ので充分に温かいです……」

「そう?」

 小松はしらっと言うと、ゆきに唇を更に近づけて、からかうように頬にキスをする。ほんの一瞬だったが、ゆきは甘いドキドキに、更に身体の熱はヒートアップした。

「さあ、行こう」

 小松は再び歩き出す。

 こうして歩いているだけで、ゆきは幸せだった。

 ヴァレンタインを一緒に過ごさなくても、充分過ぎるぐらいに、甘い時間を小松はくれる。

 だから、ヴァレンタインデーはチョコレートを渡すことが出来たらそれで良いと思った。

 

 やけにゆきが214日にこだわっていた。

 結局、平日で忙しい時期である小松のことを理解してか、あれからはその日に逢いたいとは、口にしなかった。

 だが、解っている。

 ゆきは、その日にどうしても小松に逢いたいと思っていたことを。

 だがらこそ、小松はなんとかしてやりたいと、つい思ってしまう。

 小松がにべはもなく断った時、ゆきは本当に残念そうだった。あのがっかりとした表情を、忘れられない。

 全く恋人にはかなり極甘になってしまったものだと、小松は思わずにはいられない。

 ゆきのあの切ない顔が忘れられない。

 だが、214日がそもそもどのような日なのかは、分からない。

 ゆきは、どうしてこの日に拘ったのか、理解できなかった。

 かといって、214日に何があるか分からなくて、小松は困ってしまう。

 部下に訊く訳にもいかず、小松は自力で調べるしかないと思った。

 商談で出向いた際に用があり、小松はデパートに立ち寄る。

 すると、デパートでは、『ヴァレンタインデーフェア』なるものが開催されており、ヴァレンタインデーの日付が、214日と書かれていた。

 ゆきは、この事を言っていたのかもしれないと思い、小松は色々とリサーチすることにする。

 チラシを見たり、デパートの雰囲気を見たりすることで、ヴァレンタインデーがどのような日であるかが解った。

 女性が愛する男性に、愛を伝える日。その時に、チョコレートをプレゼントとして渡すということ。

 所謂、ゆきが大好きな『ロマンティックなイベント』ということだった。

 小松は納得し、ゆきが残念そうだった表情の意味をようやく理解することが出来た。

「……少しだけ、時間が取れたら良いけれど……」

 いつもは時間に対しては、シビアに考えているが、ゆきが絡んでしまうと、そういうわけにはいかなくなる。

 ゆきがいれば、それだけで幸せだから、小さな願いを叶えてあげたくなってしまう。

 どのような願いでも叶えたいのが本音なのだ。

 小松はスケジュールを睨みながら、調整を試みることにした。

 誰よりも愛しいゆきのために。

 

 ヴァレンタインデーに、小松とデートが出来ない。

 それは切ない事実ではあるけれども、ゆきはしょうがないと受け入れる。

 だが、ほんの一瞬でも良いから、チョコレートを渡す時間だけで良いから、会えたら良いのにと思わずにはいられない。

 迷惑をかけない自信はあるから。

 小松にチョコレートだけを渡すことが出来たら。

 今年のヴァレンタインデーはそれで構わないと思った。

 ゆきは気持ちを切り替えて、ヴァレンタインデーのチョコレートの材料を見るために、デパートに向かう。

 やはり、愛するひとの為には、手作りをしたかった。

 生チョコレートだと日持ちはしないから、ゆきは長持ちタイプのチョコレートケーキを作ることにした。

 ドライフルーツや製菓用のブランデーやチョコレートを買い込んで、美味しいものを作ろうと思う。

 作って、小松にチョコレートケーキをプレゼントするのを想像するだけで、テンションがあがる。

 デパ地下のチョコレート売場も冷やかそうと、ゆきが向かおうとした時だった。

「……!!!」

 小松が美しいひとと一緒にいるのが見えた。

 




マエ ツギ