*ヴァレンタイン協奏曲*


 年上の人。

 そして、ヴァレンタインの概念を知らないひと。

 その人と過ごす、最初のヴァレンタイン。

 何をしてもサプライズになるのは解ってはいたが、概念を知らないひとに、どのように伝えれば良いかが、ゆきには分からない。

 214日にデートをしたいと言っても、その日は普通の日で、しかも年度末に向けて、小松が忙しい時期である。

 その日にデートをして下さいなんて言っても、頭が沸いているとしか、思っては貰えないだろう。

 この時空に来て、小松は直ぐに順応してしまった。

 そして、貿易関連の会社を立ち上げ、瞬く間に大きな会社へとのしあがっていった。

 それだけ、小松の手腕が優れていたということが言えるのだろう。

 ゆきとの時間を大切にしてくれる小松ではあるが、やはり仕事も大切であることも、重々にゆきは理解していた。

 だからこそ、切り出しにくい。

 ヴァレンタインデーを一緒に過ごして欲しい、と。

 クリスマスやお正月といったイベントも、小松はスケジュールをやりくりして、一緒に過ごしてくれた。

 デートの時間も、プライベートの時間内では最も重要視してくれている。

 だからこそ、ゆきは、小松にはワガママが言えない状況だった。

 仕方がないときちんと理解しているつもりだ。

 だが、ヴァレンタインデーを、大好きなひとと過ごしたいという乙女心に、押し潰されそうになってしまう。

 それぐらいに、ヴァレンタインデーは、ゆきにとっては、素敵なイベントだった。

 

 デパートのチョコレート売り場はかなり盛況で、ゆきはつい目移りしてしまう。

 小松が喜んでくれるチョコレートはあるだろうか。

 それとも、ここは手作りをしたほうが良いだろうかとも、考える。

 お菓子作りは大好きだし、何よりも心を込めたものが贈れる自負がある。

 小松に贈っても、そちらのほうが喜んで貰えるだろうか。

 小松はかなり疲れているだろうから、甘いもので癒して欲しいという気持ちもある。

 小松には蕩けるほどに甘い気持ちを、チョコレートに乗せたいという気持ちもあった。

 ふと、薩摩焼酎が入ったチョコレートを見つけた。

 こちらに来てからも、小松は故郷にはかなり敏感だ。

 正確に言えば、小松の故郷ではないのであるが、それでも似た場所であることは間違いなく、小松は鹿児島をかなり大切な土地と思っているようだった。

 だからこそ、この焼酎の入ったチョコレートを、小松にプレゼントしたいと思う。

 ヴァレンタインの前哨戦的なプレゼントとして考えようと、ゆきは考える。

 このプレゼントを足掛かりにして、ヴァレンタインデーに時間を取って貰おうと、ひらめいてしまった。

 チョコレートを挟んで、小松とふたりで、文字通りに甘くて蕩けそうな素敵な時間を過ごせたらと、思う。

 ゆきは、薩摩焼酎が入ったチョコレートを、プチプレゼントとして、買い求めた。

 勿論、手作りチョコレートも本命プレゼントにするから、その材料も買い求めた。

 これで、ヴァレンタインのプレゼント準備としては、万全だ。

 ゆきは、すっかり、ヴァレンタインデーは小松と過ごせる気分になって、ふわふわとワクワクしていた。

 ロマンティックたっぷりなデートでなくても良い。

 ただ逢って、チョコレートを、渡すことが出来ればと、ゆきは思う。

 小松を最も理解している人でありたい。

 ゆきは強くそう思う。

 だからこそ、ワガママを言えなかった。

 

 小松とデートのために、ゆきは待ち合わせ場所で、のんびりと待っていたも

 薩摩焼酎が入ったチョコレートを持参している。

 ヴァレンタインの前哨プレゼントだ。

 これをきっかけにして、ゆきは、小松に、ヴァレンタインデーに会う約束をしたい。

 チョコレートを渡すだけだから、当日に会社を訪ねても良いのかもしれないが、それならどこか物足りなくなるような気がしていた。

 それに忙しい小松には、事前のアポイントを取らなければならないと、思っていたからだ。

 ゆきは、果たしてこの作戦がうまくいくのかと、ドキドキしながら待ち構えていた。

 小松が約束の時間きっかりに、やって来た。

「お待たせしたね。じゃあ、行こうか」

「はい!」

 小松とこうして夜のデートが出来るようになったのは、今年になってからだ。

 それは、ゆきにとっては有りがたいことで、デートの回数も増えることになった。

 もう大学生だから、自覚を持つようにと、両親が許可をしてくれたのだ。

 ゆきにとってそれは、嬉しいことだ。

 こうして、小松とデートが出来るのだから。

「今日は和食でも食べながら、ゆっくりとしようか」

「はい」

 小松となら、何処に行っても本当に楽しい。つい笑顔になってしまう。

 小松のそばにいて、ただ話すだけで楽しかった。

 和食の店に入り、ふたりで落ち着いた雰囲気でのんびりする。

「帯刀さん、デパートに行ったら、美味しそうなチョコレートを見つけたんですよ。はい、どうぞ」

 ゆきがチョコレートを差し出すと、小松は柔らかく笑ってくれた。

「有り難う」

「薩摩焼酎が入ったチョコレートです」

「へえ……」

 薩摩焼酎と聞き、小松は興味深そうに眺める。

214日は、ヴァレンタインデーなんです。女の子が大好きな男性に、チョコレートを贈って、愛の告白をする日なんですよ」

「それとなく聞いたことがあるよ」

 小松は頷くと、艶やかないたずらめいた眼差しで、ゆきを真っ直ぐ見つめた。

「それで、君は、このチョコレートで、私に『愛の告白』をするのかな?」

「それは、その」

 小松がからかうように言うのが恥ずかしくてたまらない。

 ゆきは、ドキドキする心から、甘い勇気をかき集めて、小松を真っ直ぐ見つめた。

「帯刀さん、214日に、ひとめで良いので、お逢い出来ないですか?」

 ゆきは、心が震えるのを感じながら、小松を見る。

 すると小松は、難しそうな表情になった。

「それは出来ないよ、ゆき」

 小松の言葉はあっさりと切り捨てるような冷たいものだった。

「お仕事がお忙しいということですか……」

 そう思わなければ、やっていけないとゆきは思った。

 仕事が忙し過ぎて、逢う余裕すらないというのなら、致し方がないとゆきは思った。

 いや、そう思うようにした。

 だが、折角のヴァレンタインデーに、大好きなひとに会えないというのは、かなり痛かった。

 ショックで泣きそうだ。

「ゆき、その日は君にも付き合って貰うから、そのつもりで」

 クールな小松の言葉に、ゆきは目を見開いた。




マエ ツギ