*ヴァレンタイン協奏曲*


 小松は何を言っているのだろうか。

 ヴァレンタインデーには会えないということなのに、どうしてその日に『付き合え』と、言うのだろうか。

 ゆきは全く理解出来ない。

 小松が何を求めているのかが、分からなくて、思わず小首を傾げてしまった。

「……あの、会えないのに、付き合うとは、いったい、どういうことですか?」

「私的には会えないということだよ。公的には会えるということだよ。つまり、214日に、私の仕事に協力願いたいということなんだけれどね」

 小松は、理知的な瞳をゆきから反らさない。その眼差しの冷徹な光からは逃れられないと、錯覚してしまいそうだ。

 ゆきは、ただ、目を見開く。

「お手伝いって、具体的には何をすれば良いのですか?」

「具体的には、私と一緒に、財界のパーティに出て欲しいんだよ。パーティには、パートナーがいたほうが、何かと都合が良いからね。君なら的確だと思うけど?」

 小松は、ゆきをからかうようでいて、試すような眼差しを向けてくる。

 その眼差しは艶やかで、ゆきを抵抗できなくする。

 小松の甘さを帯びた官能的な眼差しにゆきが弱いことを、完全に逆手に取っているかのようだった。

 確かに艶やかな眼差しには、すこぶる弱い。

 しかも相手が大好きな小松であれば当然だ。

 ゆきは、小松の甘い眼差しには、毎回、お手上げなぐらいに、夢中で弱いのだ。

「ゆき、どうかな?受けて頂けるかな?私の仕事にお嬢さん?」

 艶やかな声と眼差しで、小松が懇願をすれば、ゆきが完全に落ちてしまうことをよく解っているのだ。

 それを知って、こうして言ってくるのだろう。

 小松らしいといえばらしいのだが。

 断れない。

 それに、ヴァレンタインデーに小松に逢えるのは、やはりゆきにはかなり魅力的に映る。

 そこまで計算した上で言っているのだから、大した男だと、ゆきは思う。

 逆らえない。

「分かりました。協力します」

 ゆきは、迷いなどなく、キッパリあっさりと言った。

 すると小松は、嬉しそうに唇に笑みをたたえた。

「有り難う。助かるよ、ゆき」

 そんなことを言われると、益々、きちんとやろうと思ってしまう。

「当日の装い、美容室等の手配はこちらでするから、君はいつも通りに来てくれたら良い。当日だけど、昼休み、午後12時に来てくれないかな」

「はい」

「私とランチを一緒にしよう」

 小松の表情が優しくてハチミツのように蕩ける甘さになる。

 見つめるだけでドキドキしてしまい、おかしくなりそうだと、ゆきは思った。

 小松の眼差しを見つめているだけで、息苦しくなるほどにロマンスが溢れて素敵だと、ゆきは思わずにはいられなかった。

 小松のロマンスたっぷりな表情に、ゆきはうっとりする。

 一緒にランチを取り、一緒にパーティに行く。

 これだけキラキラと素敵ならば、デートをするのと代わりはない。

 ゆきは、すっかり幸せに舞い上がってしまっていた。

 ふわふわふわとしてしまう。

 ゆきが、ロマンティックなヴァレンタインデーに想いを馳せているのに気づいたからか、小松は苦笑いを浮かべた。

「ゆき、パーティはあくまで仕事の一環、公的なものであることは、忘れないで」

 流石に小松は、釘をさすのも忘れてはいなかった。

「あ、は、はいっ」

 ゆきは、つい、つい、しどろもどろに答える。

 小松には、すっかり、心のなかを見透かされているようだった。

「だから、ひとめではなく、かなりの長い時間、君とは逢うことになるね」

「そうですね。私はそのほうが、嬉しいですよ」

「それは良かった」

 小松は穏やかに微笑み、心から楽しそうにしていた。

「さあ、食事をしようか。おいしい和食を堪能したいからね」

「はい。勿論ですよ!」

 おいしい食事を大好きなひととすると、さらにさらに美味しくなる。

 ゆきは、ヴァレンタインデーに小松と会えるうえに、デートが出来ると思い、テンションが上がったままで食事をする。

 想像していた以上に良い結果が得られるのが嬉しくて、ゆきはにこにこと笑い続けた。

 

 ヴァレンタインデーに小松と逢える。

 ゆきはその嬉しさを噛み締めながら、お菓子作りの本をじっくりと読む。

 ヴァレンタインデー当日に、小松にチョコレートを届けられるのだから、これほどまでに嬉しいことはない。

 ヴァレンタインデーは、女の子にとっては、大切で大切でしょうがないイベントのひとつだから、ゆきには、この日を大好きなひとと過ごせるのが幸せでしょうがなかった。

 当日は、チョコレートケーキを渡そうと思っている。

 甘い、甘い、チョコレートケーキに、それよりももっと甘い気持ちを乗せることが出来たらと、ゆきは思う。

 チョコレートケーキを包む、ラッピングにも気を配りたい。

 可愛いラッピングだと、小松には全く似合わないだろうから、ゆきはシックなラッピングにしようかと、考えていた。

 やはり、小松が、ラブリーなラッピングされたものを持つのは、全く似合わないから。

 ゆきは、シックなラッピングを探すために、ショッピングセンターに回るのも、それはそれで、楽しかった。

 小松のことを思いながら、ラッピングを選ぶのも、楽しかった。

 

 いよいよヴァレンタインデー前日になり、ゆきは張り切ってケーキ作りをする。

 チョコレートケーキを作りながら、ゆきは小松を思う。

 小松に美味しいと言ってくれると、嬉しい。

 小松に喜んで貰えると嬉しい。

 ゆきは、小松の甘い笑顔を思い浮かべながら、ケーキ作りに集中した。

 小松が食べても大丈夫なように、なるべく甘さをおさえたものにする。

 小松に愛を伝えたい。

 ケーキの中にたっぷりの愛を込めて。

 いつもは、恥ずかしくて、なかなか愛を込めて言葉にして伝えられないから。

 だから、甘いケーキに想いを乗せたいと、ゆきは強く思った。

 小松に気付いて貰いたい。

 甘いチョコレートケーキよりも、蕩けるようなゆきの想いを。

 どうか気付いて貰いたい。

 小松からは、いつも沢山の愛を貰っているから、それ以上に思っていることを、ゆきは伝えたかった。

 ゆきは、家族に渡すチョコレートを冷やし固めているあいだに、小松のために作った、ハート型のチョコレートケーキをガスオーブンで焼く。

 最後は愛情たっぷりに、チョコレートのコーティングをする。

 ラッピングをして完成。

 ゆきは、ヴァレンタインデーが楽しみでしょうがなかった。




ウシロ マエ ツギ