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ヴァレンタインデー。 ゆきは約束通りに、正午に小松の元に向かった。 もちろん、手作りのチョコレートケーキを抱えて。 チョコレートケーキを小松にプレゼントするのだと思うと、かなりドキドキしてしまう。 まるで、今から告白するような気持ちになった。 相思相愛ではあるけれど、やはり小松に恋を語るのは、いつも緊張してしまう。 こんなにも緊張することは、他にはないのではないかと、ゆきは思った。 約束の時間よりも少しだけ早く練習を小松の会社に着いたが、直ぐにCEO室に通して貰えた。 それは嬉しい。 「帯刀さん、こんにちは」 「よく、来てくれたね。じゃあ、ランチに行こうか」 小松は、直ぐに仕事の手をやすめると、素早く準備をし、ゆきの手を然り気無く握って、部屋の外に出る。 余りに素早い動きだったので、ゆきはチョコレートを渡すことが出来なかった。 そのまま、小松の車に乗せられて、ランチをする場所に向かう。 「今日はホテルでランチをするから、そのつもりで」 「はい」 小松が仕事をしている時は、いつも会社近くにあるレストランで食事をする。 だが、今日はわざわざ出かけてくれるのは、ヴァレンタインデーだと意識してくれているからだろうか。 それならとても嬉しい。 小松は、有名な老舗高級ホテルに車をつけた。 直ぐにホテルのレストラン街へと向かう。 「今日、ここでパーティがある。美容室を予約しているから、ランチの後、綺麗にして貰ってきて。それが君のお仕事だよ」 「はい」 小松がホテルのレストランを選択した理由が、小松らしいと思った。合理的過ぎる。 ゆきは、ランチタイムは、仕事色抜きで楽しもうと思う。 だが、小松は臨戦態勢だ。 ヴァレンタインデーのチョコレートを渡すのは、少しだけ場違いのような気すらしてしまう。 ゆきは遠慮する意識から、逃げることが出来なかった。 食事は昼時で、しかも高級レストランということで、優雅な女性たちが話に花を咲かせている姿を多く見た。 小松とゆきをチラチラと見ている女性も多い。このような雰囲気では、とてもではないが、ヴァレンタインのチョコレートを渡すことは出来ない。 ゆきは、ラッピングをした、チョコレートケーキを、控えめに隠した。 「食事を終えたら、綺麗にドレスアップして貰って。後で迎えに行くから。パーティの会場はこのホテルだからね、移動がなくて良いでしょ」 「気遣って頂いて、有り難うございます」 「私こそ、君に協力を願うんだから、当然のことでしょ」 小松はいつも然り気無く気を遣ってくれている。ゆきにはそれがとても有りがたかった。 食事はとても美味しかったし、少し緊張気味のゆきに気遣ってか、小松が色々と心配りをしてくれたのは、とても有りがたかった。 ゆきの緊張を解すために、わざと平田殿の話などもしてくれた。 たが、緊張は別の意味でしているから、なかなか取るのは難しい。 ゆきが緊張しているのは、あくまで、小松にヴァレンタインチョコレートを贈りたいからなのだ。 決して、財界のパーティに出席すらからではないのだ。 ヴァレンタインデーは、女の子にとっては、大きなイベント。 大好きなひとに喜んで貰いたいから、自分を受け入れて貰いたいから、緊張するのだ。 ドキドキし過ぎて、どうしようもないほどだ。 今日は、ホテルの美容室で綺麗にドレスアップして貰える。 見た目は勝負することが出来るのだ。だからこそ、チョコレートを渡す行為に、いつもよりもドキドキしてしまうのだ。 午後の優雅なマダムたちは、小松に夢中のようで、熱い視線を向けている。 ゆきは、自分にだけ視線をくれる小松に、相応しくなりたかった。 デザートを食べたあと、小松がホテルの美容室にエスコートしてくれた。 「終わる頃に迎えに行くから」 「はい、有り難うございます」 結局、ゆきは、小松にヴァレンタインチョコレートを渡すことが出来なかった。 パーティが終わったら渡そう。 そう決意をして、ゆきは小松を見送った。 「では、蓮水さま、小松さまから伺っております。美しく仕上げますから、楽しみにして下さいね」 「はい、有り難うございます。お願いします」 ゆきはドキドキしながら、美容室の女性に挨拶をした。 先ずはエステから始まった。まさか、そこまで本格的にするとは思わずに、驚いてしまった。 フェイシャルマッサージやデコルテ、更には背中、腕、足など、全身のトリートメントを受ける。まさかここまでして貰えるとは、思ってもみなかった。 全身のマッサージをうけるうちに、ゆきは気持ち良くて眠ってしまっていた。 うつら、うつらと、素敵な夢を見る。 自分がウェディングドレスを着て、小松と手を繋いでいる夢だ。なんてロマンティックなんだろうか。 ぼんやりとそんなことを考えていた。 「蓮水さま、次は髪ですわ」 担当の女性に起こされて、ゆきは、続いてヘアエステを受けたが、ここでもやはり眠ってしまった。 「では、ヘアスタイルを整えて、メイクをしますね。小松さまを驚かせましょうか」 「お願いします」 普段はあまりメイクはしない。だが、今日は綺麗になりたかった。 今日がスペシャルなヴァレンタインデーだからに、他ならない。 ゆきは背筋を伸ばすと、自分が美しくなってゆく様子を見つめていた。 本当に綺麗にしてくれるのが嬉しかった。 「はい、完成ですよ」 鏡に映っているのが本当に自分なのかが信じられないぐらいに、綺麗に仕上げてくれている。 ゆきは嬉しくて、思わずにっこりと笑った。 「では、ドレスを着ましょうか。用意していますよ」 衣装室に連れて行かれると、そこには白い気品のあるドレスが飾られていた。 「こちらが小松さまが準備されたドレスですわ」 「有り難うございます」 ゆきは、うっとりと見つめながら、ドレスに触れる。 小松の想いが伝わってきて泣きそうになった。 手伝ってもらい、ドレスに袖を通す。柔らかな感触にうっとりとした。 耳元にはシンプルな真珠のピアスで、首も真珠のチョーカーを着けた。 「では、これで完成ですよ」 ゆきは鏡に映る自分が、別人に見えた。 これでヴァレンタインデーの勇気はかき集められただろうか。そんなことを、思った。 |