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「蓮水さま、小松さまがお迎えに来られましたよ」 美容室の女性に声をかけられて、ゆきはドキドキしながら入り口に向かった。 小松は、この姿をどう思ってくれるだろうか。ゆきにはそれが気になってしょうがなかった。小松が綺麗だと言ってくれるのが、何よりも嬉しいことだった。 ロビーには、小松が待っていた。 いつも以上に隙はないのは勿論だが、素晴らしくスーツを着こなしてした。 その姿は、うっとりとして動けなくなるぐらいに素敵で、素晴らしい。 息をほわほわと吐いてしまいそうになるぐらいだ。 「まあ、まあ、だね。さ、行くよ、ゆき」 小松はいつもとさほど変わりがなく、クールだった。ゆきの手をいつもよりは強く握りしめて、美容室を出る。 こうして手をしっかりと引っ張って貰えると、くすぐったい程の幸せを感じた。 ほわほわとした、とても温かい感覚だ。そして、頼りになる。 財界のパーティだなんて初めてではあるが、小松と一緒にいれは、なんとかなると、ゆきは思った。 パーティ会場は流石に華やいでいて、ゆきはつい緊張してしまう。 自分は場違いな場所に来てしまったのではなかろうかと。実際にそのような自覚は大いにあった。 ゆきは、小松にエスコートされて、パーティ会場へと入ってゆく。ドキドキし過ぎて、喉がからからになってしまうほどだった。 「肩の力を抜いて。私のそばにいれば良いから。私のそばからは決して離れないようにしなさい」 「はい」 小松から離れないようにと、心に決めて、ゆきはしっかりと頷いた。 小松は、あからさまに、ゆきは自分のものだとばかりに、思いきり強く腰を抱いてきた。 だが、逆にここまでしっかりと腰を抱いてくれると、ゆきは安心した。 小松に守られている。 そのような感覚が、ゆきを不安や妙な緊張から和らいでくれた。 あとは、ヴァレンタインデーのチョコレートを渡す緊張だけだ。 この緊張が収まれば、なんとかなるとさえ、ゆきは思った。 財界のパーティでは、ただ小松のそばに寄り添い、失礼がないように受けごたえをし、微笑んでいれば良かった。 本当にそれだけで良かったのだ。 ゆきはなるべく笑顔を保ちながら、小松を見つめる。 小松を熱い視線で見つめてくる若い女性は沢山いるし、その上、ゆきを敵視しているような厳しい眼差しを向けてくるようなひとまでいる。 これにはゆきも困った。 そのような視線をされても、ゆきはどうして良いかが分からなかった。 ただ、自分と小松が釣り合わないと思われているのは、何となく理解することが出来た。 そんなことは自分が一番分かっていると、ゆきは思う。 ずっと思っていたのだ。小松とは、釣り合わないと。 だが、今日はシンデレラのように小松には魔法をかけて貰ったのだから、信じるしかない。 自分を。 ゆきは深呼吸をすると、小松となるべく離れないようにする。 だが、ゆきがそばにいればいるほど、小松が不機嫌になってゆくのを、ゆきは気付いていた。 小松に嫌われているのだろうか。 そんなネガティヴなことすら、考えてしまっていた。 小松に、あからさまに娘を紹介するものたちも多かった。 だが、小松は軽くあしらう。 ゆきがそばにいたこともあり、相手もあまりしつこくはならなかった。 「君は私の守り神だね。誰もがいつものようにアプローチをして来ないよ。本当に助かる」 小松の言葉に上手く返事が出来ない。 結婚のアプローチをさせないために連れて来られたのなら、切ない。 ゆきが一瞬、暗い表情になる。すると、小松は手をきつく握り締めてきた。 「そんな表情はしないで。私が苦しくなるから」 「帯刀さん……」 「君だと決めているから、面倒なこともあるということを、早く気付きなさい」 小松は艶やかな声で、キッパリと言う。 小松の言葉が一気に切なさを吹き飛ばしてくれる。 「それに、君ばかりを見る奴らから守るためでもあるから、離れないように」 「え?」 そんなことなんて、ないだろうに、小松はうっすら目の回りを赤くしている。嫉妬ならば、嬉しい。 ゆきは然り気無く小松に寄り添った。こうしていると、甘い気持ちに満たされてゆく。 本当に小松が大好きでしょうがないのだ。 ずっと小松と寄り添って幸せな時間を過ごす。 パーティもお開きになるまで、ふたりはずっとずっと一緒にいた。 パーティが終わる。 これでゆきのシンデレラタイムが終わってしまうのだ。 小松に手を繋がれて、そのまま何処かに連れて行かれる。 駐車場まで行くと思っていたのにそうではなく、違う方向に連れていかれてしまう。 「帯刀さん、どちらへ?」 「今日はヴァレンタインなんでしょ?だったら、君をここで離してしまったら、私の名折れだよ。そんなことをすると思った?」 小松は艶やかに囁くと、意味深に甘く囁いてきた。握り締めていたゆきの手を、更にギュッと握り締めてくれる。 「行こう。ふたりの時間を過ごそう」 「有り難うございます」 いつの間にかチェックインをしていたようで、小松は笑みを滲ませながら、スウィートルームに連れていってくれた。 ようやく、ヴァレンタインのチョコレートケーキを贈るチャンスが訪れる。 しかも最高のチャンスだ。 ゆきは、ほわほわとした気持ちになりながら、ようやく小松にヴァレンタインのチョコレートケーキを渡す。 「帯刀さん、今日はヴァレンタインデーですから」 ゆきはさりげなさを滲ませながらも、気持ちをこめて、ヴァレンタインのチョコレートケーキを手渡した。 「有り難う」 小松はフッと甘い気持ちを笑みに浮かべる。 「開けて良いかな?」 「ど、どうぞ」 小松に気に入って貰えるか、ゆきはドキドキしながら見守る。 「チョコレートケーキを一口食べようかな?」 「どうぞ」 ケーキが切りやすいようにとプラスティックのナイフをつけておいたので、それでケーキを切る。 小松がチョコレートケーキを食べる様子を、ゆきはドキドキしながら見守る。 どうか美味しいと言って欲しい。それだけを祈った。 「うん美味しいよ。君も食べてごらん。食べさせてあげるから」 小松に言われると、胸の奥が甘く苦しく乱れてしまう。 小松はケーキを一口の大きさに切ると、そのままゆきの唇に持っていった。 チョコレートケーキをゆきはそのまま食べる。すると蕩けてしまうほどに、幸せな気持ちになった。 |