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小松にヴァレンタインデーのチョコレートを、贈るために、ゆきは奮闘する。 ヴァレンタインデー前後の小松は、鬼のように忙しいことぐらいは解っている。 その証拠に、デートの約束が全くないのだから当然だ。 だから、小松の会社にヴァレンタインデーのプレゼントを、隙間を狙って置いて来ようと思っている。 小松には、ブランデーで浸けたドライフルーツをたっぷりと使った、チョコレートケーキを焼く。 そして、少しのトリュフチョコレート。これは、家族や友人に配るものだ。 そして、小松だけに、ネクタイピンを贈ろうと思っている。 ヴァレンタインデーのプレゼントは、かなり気合いが入ってしまう。 理由は、それだけ大好きで、たっぷりと愛を伝えたいからだ。 それだけ大好きでしょうがないのだ。 ゆきは、チョコレートケーキを焼く間、本当に幸せだった。 チョコレートと同じぐらいに甘くて濃密な時間だ。 小松が喜ぶ姿を想像するだけで、ゆきは満たされた幸せにほわほわとした気持ちになった。 チョコレートケーキとトリュフチョコレートを綺麗にラッピングをする。 美味しいチョコレートケーキに仕上がったのではないかと、自分自身でも思う。 そして、ネクタイピン。 美しい石の綺麗なネクタイピンだ。 ゆきはこれを見たとき一目惚れをして、小松には是非ともプレゼントしたいと思ったのだ。 キラキラしていて、本当に美しい。 ゆきはついニッコリと笑って、見つめてしまう。 本当にそれぐらい綺麗なネクタイピンだったのだ。 小松がネクタイピンを着けてくれるのを想像するだけで、ゆきは幸せな気分だった。 綺麗にラッピングされた、小松へのプレゼントを、紙袋に心を込めて詰める。 プレゼントは、贈られる側のためのものではなくて、本当は贈る側が、選んだり作ったりする過程を心から楽しむためにあるのではないかと、思う。 だから贈られるほうも嬉しいのかもしれない。 そんなことをゆきは強く思った。 少なくとも、今は、贈られる小松よりも、贈るゆきのほうがずっと幸せだと、思っている。 ゆきは準備を終えただけなのに、踊りたくなった。 これで後は、小松のところにデリバリーをするだけなのだ。 ゆきはどのようにして、このプレゼントを小松に渡すのか、それを考えていた。 なんとか、ヴァレンタインデーの5時以降の時間を空けることが出来た。 このスケジュールを空けるのには、かなり苦労をしてしまったが、ゆきの幸せそうな笑顔のためならば、どのような厳しいことでも、我慢出来るような気がした。 スケジュールを空けるのにはかなり集中して働かなければならなかったが、その後の幸せな出来事を思えば、乗り越えられた。 ゆきにあまりプレゼントを渡しても、逆に戸惑ってしまうと感じたので、小松はとっておきのチョコレートを、渡すことにした。 ヴァレンタインコンシェルジュに相談をして選んだチョコレートだから、きっと喜んでくれると思っている。 ゆきが喜んでくれると思うだけで、小松は嬉しい。 ゆきにプレゼントをしたいと思ってしまうのは、ゆきの可愛くて素晴らしい笑顔に逢えるのが解っているからだ。 ゆきの笑顔にいつでも逢えるのが、小松にとっては何よりもの幸せだからだ。 小松は、“逆チョコレート”と呼ばれるプレゼントを見つめながら、本当に幸せな気持ちになった。 明日はどのようなサプライズを仕掛けてみようか。 ゆきが幸せで幸せでしょうがないと思うようなサプライズを、小松は仕掛けたかった。 デートの約束なんてしてはいない。 だが、小松にはヴァレンタインデーのプレゼントを渡したい。 ゆきは強くて甘いキスを想いを抱きながら、小松の会社に向かう。 小松が会社を経営していることで、寂しい想いをすることもあるが、それでも経営しているからこそ、こうして隙間時間の面会を狙うことが出来るのだ。 ゆきは、ほんの一瞬でも、小松に逢いたくて、綺麗で可愛くいたくて、デートの時と同じぐらいにお洒落をした。 お気に入りのニットのカチューシャをして、白いコーディネートでまとめる。 ほんのりとお化粧もした。 全て、小松に逢うときに綺麗でいたいという、乙女心だ。 チョコレートケーキとプレゼントを渡すだけかもしれないが、それでも逢えるのが嬉しかった。 小松の会社の最寄り駅で降りる。 ゆきは幸せの興奮と緊張で、気分がかなり高揚していた。 チョコレートだけでは心許ないと思い、小松は花束を注文してオフィスに届けさせた。 ゆきの行動は熟知している。 きっとここに現れるに違いない。 小松は自分の分析力を信じて、ゆきを、待ち構える。 きっとゆきはやってくる。 小松は楽しみでしょうがなかった。 ゆきに、素晴らしいヴァレンタインデーだったと言って貰いたい。 ゆきに幸せを感じてもらったら、小松はそれで良かった。 秘書からの内線が鳴る。 「蓮水ゆき様がおみえになりました」 「通して」 「はい、畏まりました」 予想通りにゆきがやって来た。 小松は仕事を脱ぎ捨てて、ゆきを愛するひとりの男として、愛するものを待ち構えた。 忙しかったのならば、秘書にプレゼントを預けて帰るつもりだった。 だが、秘書はすんなりと、ゆきを社長室に通してくれた。 奇跡が起こったように幸せな気持ちになる。 やはり折角のプレゼントなのだから、小松には直接渡したかった。 それが叶っただけでも、ゆきは嬉しくてしょうがない。 小松に迷惑がかかってしまうから、直ぐに帰ろうとは思っていたのだ。 社長室前まで通されて、ゆきは緊張してしまう。 「では、ごゆっくりお過ごし下さいませ」 「有り難うございます」 長居は出来ないけれども、何となく嬉しい。 「帯刀さん、ゆきです」 「お入り」 「有り難うございます」 ゆきがそっとドアを開けると、小松は仕事をしていた。 「ごめんなさい帯刀さん、お仕事の邪魔をしてしまって……」 「いいや、構わない」 小松は直ぐに手を止めてゆきを見つめる。 「手を止めなくても大丈夫ですよ。あの、ヴァレンタインデーのプレゼントを渡しに来ただけなので」 ゆきは、応接セットの上にプレゼントを置く。すると小松は、すっと立ち上がる。 「帯刀さん、お仕事の邪魔だからこれで帰ります。プレゼントを渡したかっただけなので」 ゆきは一所懸命早口で言うと、プレゼントを置いて帰ろうとした。 「待って。私の用はまだ終わってはいないよ」 小松は静かに言うと、奥のプライベートスペースに入ってゆく。 いったい何が起こるのか、ゆきには分からなかった。
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