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他に好きな人が出来たから、もう会えないと言われるかもしれない。 今までは、小松が他の誰かのものになるとか、思ったこともなかった。 なのに今は違う。 不安すぎて、心が押し潰されてしまいそうになる。 苦しくてどうしようもなくなる。 車のなかで、ゆきは小さくなりながら、今すぐにでも消えてしまいたくなっていた。 素敵な気持ちには、なかなかなれなかった。 「ゆき、少し落ち着いた場所で話すのが良いかな。何処か都合のよい場所で車を停めようか」 「はい」 ゆきが動揺しないような配慮だろうか。いや、動揺し過ぎて、どんな配慮も意味がないような気持ちになる。 ダメだと思いながらも、どんどん悲観的な気持ちになってゆく。 ゆきは深呼吸をしながら、小松を見た。 「その公園ででも車を停めようか」 「はい。有り難うございます」 小松は公園横にあるパーキングに車を停める。 いよいよだと、ゆきは思った。 「さあ、行こうか、ゆき」 「はい」 小松はゆきの手をしっかりと握り締めると、そのまま引いてくれる。 まるで絶対に離さないとばかりに、握り締められている。 その手のひらの強さに、ゆきは苦しみを感じた。 別れると考えているのに、どうして小松はそんなにも手をしっかりと握り締めて来るのだろうか。 ゆきは思わず目を閉じた。 「ゆき、私は君の誤解を解きに来たんだよ。勘違いしないで」 「え?」 小松はゆきの気持ちなどお見通しとばかりに、じっと見つめてきた。 艶やかで甘くて切れるような瞳に、ゆきはドキリとしてしまう。 「今日、君はデパートのチョコレート売場にいたでしょ?」 「……!!!」 まさか小松が気付いているなんてゆきは思ってもみなくて、驚いて目を見開いた。 「帯刀さん、どうして……」 「君が私に気付くように、私も君に気付くんだよ、ゆき」 ゆきは心が切なくなるぐらいに熱くなるのを感じる。 こんなにも熱くなるなんて、思ってもみないことだった。 「君が2月14日に余りにもこだわるようだから、私も自分なりに調べてみたんだよ。そうしたら、ヴァレンタインデーという、愛する相手に愛を伝える日だと知ってね。こちらでは、チョコレートを贈る日だと聞いて、ヴァレンタインコンシェルジュに色々とご教授してもらっていたんだよ。君が見た、私と一緒にいた女性は、ヴァレンタインコンシェルジュだよ」 「……!!!」 小松に微笑みながら言われて、ゆきは恥ずかしくなる。 確かにヴァレンタインデー近くにはそのような役割のスタッフがいた。 「……ごめんなさい……」 ゆきは心から申し訳がない気持ちになりながら、小松に謝った。 瞳に涙が滲んでしまう。 「良いよ。誤解が解けたんだから。それにこれは“嫉妬”だと思っても良いんでしょ?」 小松はくすりと意地悪な甘い笑みを浮かべながら、ゆきを見つめる。 本当にその通りだ。 つい嫉妬してしまい、こんなにも悶々としてしまったのだ。 ゆきは真っ赤になりながらも、項垂れた気分でそっと頷く。 「……そうです」 ゆきが素直に認めると、小松は更にくすりと笑う。その笑みが憎らしいぐらいに魅力的だった。 「君は可愛いね。だから、つい、イジワルをしたくなってしまう」 小松の言葉に、ゆきは拗ねる。 小松をちらりと見る。 本当に魅力的な表情をしている。うっとりとしてしまうぐらいに大好きだから、つい、嫉妬などをしてしまったのだろう。 「ところで、帯刀さん。どうして、デパートでヴァレンタインデーのチョコレートを探していたのですか?」 それがゆきには不思議でならない。 「あ、それは取引先との付き合いのためだよ。ヴァレンタインデーの商談には、チョコレートを持っていこうかと思ってね。話の種になるでしょ?」 「確かに。流石は帯刀さんですよね。目の付け所が違う……」 ゆきは肝心しながら呟く。 ホッとして、ゆきは満面に素直な笑顔を迎えた。 「ヴァレンタインデーの意味が分かったとはいえ、その日は、残念ながら仕事だということは変わりないよ」 「解っています……」 解っている。 その事実は。 だからこそ寂しいのだ。 社会人と付き合っていると、その辺りはかなり儘ならない。 解ってはいるが、やはりションボリとしてしまう。 「そんな顔はしないの。これからも私たちは毎年、ヴァレンタインデーを迎えるんだから。今回だけじゃないよ」 小松はゆきの頭をポンポンと優しく叩いてくれる。その手のひらから、優しい温もりが感じられて、ゆきは幸せを感じずにはいられなかった。 「そうですね……」 小松とずっと一緒にいるのだから。それは永遠の約束なのだから。ヴァレンタインデーなんて、何度も何度も迎えられる。 小松が言ってくれるから、信じられる。 ゆきは強く感じた。 小松と手を繋いでいるだけで、ゆきはとても幸せで気持ちが安らぎと華やぎで満たされた。 ゆきの誤解をなんとか解くことが出来た。ホッとしている。 ゆきと軽く食事をした後、車で家まで送る。 本当は、帰したくはなかったのだがしょうがない。 だが、そこは、ゆきの親に対しても誠実であらなければならない。 小松はグッと我慢をした。 本当にゆきが愛しくて、愛しくてしょうがなかった。 「じゃあまた、連絡をする」 「はい、楽しみにしていますね」 ゆきは車から降りて、運転席の窓を開ける。 「帯刀さん、また」 「ああ」 ゆきを引き寄せて、小松はそっと甘いキスをした。 ゆきが真っ赤になるのが、可愛くて堪らない。 小松は、この腕に閉じ込めて、絶対に離さないと強く思った。 ゆきが家に入ってゆく。 その姿を見つめながら、小松は幸せで満たされた気持ちになる。 車を走らせながら思う。 ゆきが本当に愛しい。 ヴァレンタインデーのゆきへのプレゼントを選んでいたことを誤魔化したのは、我ながら子供のようだと思う。 だが、ゆきにはとっておきのサプライズをしたかった。 愛するものの喜ぶ姿が見たかった。 小松は、自分がこんなにも情熱的で、真っ直ぐにひとを愛することが出来るなんて、思ってもみないことだった。 ゆきと過ごす初めてのヴァレンタインデーはさぞかし素晴らしいものになるに、違いない。 ヴァレンタインデーが待ち遠しかった。
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