中編
さっきのはキス!? キスだよね!? 何度考えてはみたものの、良い考えなんて思い浮かばない。 指先で唇に触れるだけで、ドキドキが止まらず、思わず抱き枕を抱き締めてあばれてしまう。 心臓が爆撃音を奏でるなか、本当にどうして良いやら望美には解らなかった。 頭がぼんやりする。 それは決して嫌な感情なのではなく、とっておきの素敵な感情だ。 望美は部屋にいても落ち着かず、そのままリビングに下りてテレビを見ていた。 “キスなんて挨拶代わりでしょ” ぼんやりと見ていたテレビから流れる、望美にとってはかなりのドッキリ発言に、思わず飛び上がった。 無意識に唇に指先をあてがってしまう。 やはり特別な感情など、何も絡んではいないのだろうか。 そう思うだけで奈落の底まで突き落とされた気分になった。 今度はリビングのクッションを抱き締めて、だらだらとしてしまう。そんなことばかりをすると、余計に切なくなった。 「お風呂が出来たから入りなさいよ! ゴロゴロとしてないで」 母親の呆れ声が脳天に突き刺さって痛い。 立ち上がろうとしたところで、今度はまた別の台詞がテレビから飛び出てきた。 “好きなひとでないと、本当のキスはしません” 何気ない男のストレートな台詞に、またもや望美は飛び上がった。 じゃあ、じゃあ。あのキスにはやっぱり意味があるのだろうか。 益々訳が解らなくなってしまい、望美はジタバタとしてしまった。 「もうっ! 暴れたら埃が立つでしょ! とっととお風呂に入って寝なさい!」 「は、はいっ!」 母親にとうとう叱責されてしまい、望美はしゅんと肩を落としながら浴室へと向かう。 「…やっぱり、あのキスは意味があるのかな…」 浴室に入りながら、望美はポツリと呟くと。 またドキドキしてきた。 のぼせてもいないのに、全身に血液が回り始めて、肌が真っ赤になってしまい。 耳が熱い。何もかもが熱い。 本当にどうして良いかが解らないほどに、熱くて堪らなかった。 いつもと同じようにお風呂に入った筈だというのに、何故だかのぼせて気分が悪い。 明日の朝、まともに将臣と顔を合わせるなんてことが出来るのだろうか。 不意に将臣が言った言葉を思い出した。 この感情の意味が何なのかを、自分で考えろ。 それを考えていると、また頭のなかがぐるぐるとまわってきた。 ベッドの上を何度も寝返りをうちながら、この感情の意味を考えてみる。 今まで経験したことがない感情であったから、益々訳が解らない。 友達に訊いてみようか。 いや…、馬鹿にされるかもしれない。 ならば譲に。 それこそ将臣に筒抜けてしまいそうだ。譲自身は言わないでくれそうだが、将臣が簡単に聞き出してしまい そうだ。 どうして良いのか、本当に解らない。 望美が悶々と考えているうちにいつの間にか眠気が襲いかかり、眠ってしまっていた。 将臣のところにいつものごとく起こしに行く。 寝乱れた姿を見るだけでも、心臓がハードロックのリズムを刻んできた。 寝乱れた将臣は無防備なのにひどく艶やかで、望美は息を乱した。 ドキドキしながら、将臣に手を伸ばすと、いきなり寝返りを打って来た。 「うわっ!」 いつもならしょうがないだとか、それぐらいにしか思わないというのに、今日に限っては悲鳴に近い声を上げてしまう。 「…何、もう朝かよ…」 将臣の甘いテノールが部屋に響き渡って、望美は失神しそうになる。 「あ、朝だよ。起きて」 望美が震える声で言うと、将臣はようやく目を開いた。 白雪姫や眠りの森の美女が目を覚ました時は、このような雰囲気だったのだろうか。 想像するだけでまたドキドキしてきてしまい、望美はどうしようもなかった。 目をゆっくりと開いた将臣は、本当に綺麗だった。 精悍に男らしい雰囲気を持つ将臣には失礼かもしれないが、望美の瞳には本当に美しく映っていた。 「支度するから下で待っていてくれ。直ぐに追いかけるから」 「う、うん」 望美はまだ頭をぼんやりとさせていて、その場から動けなくなる。 「何だよ、お前は俺のストリップでも見る気かよ?」 脱ぎ掛けの仕草をしながら将臣に色っぽく囁かれてしまい、望美は慌てて部屋から出た。 心臓がまたおかしなリズムを奏でている。 この感情は当分治らないかもしれないと、望美は溜め息を吐いた。 有川家の玄関先で待っていると、将臣がいつものように自転車を出してきた。 「とっとと乗れよ」 「う、うん」 望美はいつもとは全く違った遠慮を見せながら、そっと後ろに乗り込む。 いつもなら、何のためらいもなく将臣の背中に腕を回すことが出来るのに、今日はそれをするだけで心臓が 止まってしまうかと思うほどに、飛び上がってしまった。 「とっとと掴まれよ。朝の時間はむちゃくちゃ貴重だからな」 将臣はいつもよりもほんの少しだけ愉快そうな声で言うと、自転車を全速力で漕ぎ始めた。 思わず将臣の背中に頬を押し当ててしまう。 逞しい温もりが頬に感じて、甘くて幸せで少しばかり苦しい感情が、望美のこころを支配した。 逞しくて広くて温かな将臣の背中。 ずっとしがみついていたいと思わずにはいられない。 温かな背中に、望美はドキドキの幸せを感じていた。 いつもとほぼ同じ時間に駅に到着し、ホームへと急ぐ。 ホームに到着すると、勢いをつけてふたりで電車に乗り込んだ。 いつも以上に混合っていて、将臣の躰に密着する。 ピッタリと躰が重なり合い、今すぐ逃げだしてしまいたくなるぐらいに、緊張してしまった。 震えてしまい、将臣が労るようにそっと抱き寄せてくる。 それをされてしまうと、本当に目眩するぐらいに息が上がる。倒れてしまうのではないかと思ってしまったほどだ。 「…おい。マジで大丈夫なのかよ」 「だ、大丈夫だよ。うん」 「大丈夫そうには見えねぇんだけれどな」 窒息しそうになったところで、ようやく鎌倉高校前に到着した。 よろよろと電車から降りると、躰を支えてくれるかのように、将臣が手を握ってきた。 「だ、大丈夫だし、み、みんな見ているよ」 望美は嬉しいのか苦しいのかそれも解らずに、息を切らしながら、将臣を見た。 すると明らかに怒っているようで、望美を鋭いまなざしで睨み付けてくる。 「見られても平気に決ってんだろ? ったく」 将臣は望美の手を更に強く繋ぐと、そのまま引っ張っていく。 「…お前、俺が昨日言った意味に気付いたのかよ?」 将臣はあくまで凍て付くような声で言うと、望美を睨み付けてきた。 どうして今日はこんなにも睨み付けられなければならないのだろうか。 何だか拗ねた気分になった。 「その調子じゃ気付いていねぇみてぇだよな。ったく、とっとと気付きやがれ」 頭にぱふりと大きな手のひらを乗せられて、その重さにまた甘く苦しい気分を味わった。 昼休みになっても、相変わらずこの気持ちの意味が解らない。 考え込んでいると、不意に声を掛けられた。 「…あの、有川くんいますか? お話をしたいことがあって…」 ちらりと女の子を見ると、手紙を持っている。 ラブレター。そう認識した瞬間、望美のこころは今までにない痛みに襲われていた。 |