片恋の姫君


「最近、有川くん雰囲気変わったよね。何だか、私たちより一歩早く大人への階段を昇ったっていうか…」
 友人の一言に、望美は心臓が大きく揺れるぐらいにドキリとした。
「…そうだね」
 同意をしながらも、胸が痛くて視線を落とした。
「望美も最近、おとなびたっていうか…。公認カップルがいよいよ愛を深めた?」
 友人はからかうように笑いかけてくる。まるで芸能レポーターのようだ。だが、明るい友人の視線が、望美には痛かった。
「そんなことないよ」
 望美は暗い気分でで返事をする。
 将臣がおとなびたとすれば、それは絵梨のせいだ。自分が変えたのではない。
 その事実が、望美を窒息させそうになった。
「あ、旦那さん」
「えっ?」
 友人が茶化したような声に、望美は思わず顔を上げる。将臣が教室に入ってくるのが見えた。
 何処か気難しい顔をしている。
 こんな表情をさせるのは、絵梨しかいない。
 目が合い、望美は視線を逸らすことが出来なかった。余りに暗い影を宿していたから。
 真っ直ぐ望美の席へとやってきて、どこか落ち着きがないように机を指で叩いた。
「望美、今日、ヒマか?」
「うん」
「だったら横浜に行かねぇか?」
 自分の精神衛生上では、きっと断るべきなのだろう。だが断ることなんて出来やしない。
 少しでも将臣の傍にいないから。少しでも存在感を示したいから。
「いいよ」
「ありがとな」
 きっと精神的に寄り掛かることが出来るのは自分だけなのだ。だからこうして手を差し延べてしまう。
 放課後を楽しみにしながらも、どこか心は重かった。

 ふたりで並んで横浜の街を歩いていると、まるで恋人同士なのかもと錯覚せずにはいられない。
「ゲーセン、行かねぇ?」
「じゃあUFOキャッチャーでさ、可愛いぬいぐるみを取ってよ」
「はい、はい」
 ふたりでじゃれあうようにゲームセンターに入り、望美が大好きなくまのキャラクターのUFOキャッチャーの前に立った。
「期待してるよ?」
「ワンコインで取ってやるよ」
 まるで無邪気な子供時代に戻ったかのように、ふたりは声を上げながら夢中になる。
 子供のイノセントと大人のセクシィさがせめぎあう将臣は、青いが魅力的だった。
 この無邪気な将臣は望美のものかもしれない。
 だが、将臣の総ては絵梨のものだ。
 その事実が胸を突かれる。
 暗い気分になり、望美は俯いた。
 大好きなひとがこんなに近くにいるはずなのに、何だか手に届かない存在になってしまったような、そんな切ない寂しさがあった。
「どうしたんだよ?」
 沈みこんだ望美を気遣うように、将臣が声をかけてくる。
「…何でもないよっ! ほら、私のためにクマのぬいぐるみを取ってくれるんでしょ!」
 わざと明るく言うと、将臣は寂しそうなどこか酸っぱい顔をする。
「オッケ、俺様がワンコインでお前の望みを叶えてやるよ」
「ありがとう!」
 将臣は、おもちゃに夢中になる子供の視点と、大人の男のようなそつない的確な視点を絡めて、まるでハンターのようにぬいぐるみを狙う。
 今だけは自分のために時間をくれている。
 それだけでも感謝をしなければならないと、望美はつくづく思った。
 きっと時間を重ねればこうなっていく。
 お互いに秘密の部分が多くなり、いつまでも無邪気ではいられなくなる。
「よしっ! 掴んだ…」
「慌てないでそおっとね!」
「解ってる」
 望美はクレーンの先にギリギリで掴まれたぬいぐるみを、固唾を呑んで見守っている。
 ドキドキするものだから、思わず縋るように将臣の腕を掴んだ。
「ったく、大丈夫だって」
 まるで小さな女の子のように息を呑んで様子を見ている望美を、将臣は苦笑しながら見ていた。
「ちゃあんと約束は守る。嘘はつかねぇよ」
 将臣は見事なクレーン捌きで、望美が欲しかったぬいぐるみを簡単に取ってくれた。
「やった!」
 取り出し口にこてんと転がったぬいぐるみを見るなり望美は声を上げると、嬉しくて何度もジャンプをした。
「嬉しいー!」
「ったく、何時まで経ってもガキだな、お前は…」
 将臣は柔らかな優しい笑みを向けてくる。だがそれは、どこか兄が妹を見守るものに似ていて、胸が痛かった。
「おら、待望のもん!」
 顔ひぱふりとぬいぐるみを押し付けられて、望美は赤ちゃんのような声を上げた。
「大事にするね」
 ぬいぐるみをギュッと抱きしめると、将臣が眩しそうな瞳をする。甘い痛みがそこから感じられ、絵梨のことを考えているのは直ぐに解った。
「…また、取ってやるよ」
「これは将臣くんが私のために取ってくれたから、大切、大切なの。また取ってくれるんなら、それも大切になるよ」
 切ないのに温かくて、甘いのに痛い。
 そんな複雑な想いに戸惑いながら、望美は笑った。
 泣きたいくせに素直に笑えるなんて、奇妙だと我ながら思う。
「サンキュな。んなもんが欲しいなら、いくらでも取ってやるよ」
「ありがとう!」
 本当に嬉しかった。
 望美は将臣が取ってくれたぬいぐるみを、小さな女の子のように大切に抱いた。
 将臣はいつも欲しいものをさりげなくくれる。
 今までも沢山のものを貰った。
 だが、貰っていないものもある。
 一番欲しいのに、決して手には入らないもの。
 それは将臣の心だ。
 異性として感心が向けられたことは、今まで一度としてない。
 そんな思いを吹き飛ばしてくれるぐらいに、ゲームセンターは楽しかった。
 ぬいぐるみを取った後は、カーチェイスごっこをして、ふたりでスリルを楽しんだり、大きく笑った。
 こんなに愉しいひとときは、本当に久しぶりかもしれない。
 思いきり叫んで、笑って。
 お互いに報われない恋をしていることを、しばし、忘れさせてくれた。

「今日は付き合ってくれてありがとな」
「ううん。こちらこそぬいぐるみ取って貰っちゃったし、凄く楽しかったし」
電車に揺られながら、望美はにんまりと笑う。
 きっと端からは恋人達に見えるだろう。だから、鎌倉という名の現実が到来するまでは、もう少しだけ夢に浸っていたかった。
「…何もきかないんだな」
 将臣の声が低くなる。
「どうして? 聞く必要はないから聞かないよ」
「そっか。ありがとな。お前、だけど気付いてただろ? 俺が絵梨と何かあったかを」
 小さな声は絶望が滲んでいる。
 詮索したい気持ちもあるが、これ以上は聞きたくない気分でもあった。
「今日は楽しかった。それだけでいいじゃない…」
「そうだな」
 それからふたりは何も話さなかった。
 鎌倉で江ノ電に乗り換える。混雑する乗り換え口で、将臣が立ち止まった。
「どうしたの?」
 望美は将臣の視線を追う。そこにはた絵梨が、男と親しそうに腕を組み、微笑んでいるのが見える。
「望美、カレーに付き合え」
「えっ!?」
 将臣は望美の腕を強く取ると、小町通に向かって早足で歩き始めた。
 切羽詰まる横顔。
 自分にはこんな表情を、将臣にはさせられない-----
コメント

パラレルな幼なじみです。




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