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恋をすれば、ひとはより傷つき易くなる。 より繊細になり、小さなことで深く傷ついてしまう。 故に恋をするのに臆病になってしまう。 怖がりになり、一歩を踏み出せなくなるのだ。 例えばそれは私。 大盛カレーをやけを出して食べる幼なじみを、望美は包み込むような眼差しを向ける。 望美は、明るく真っすぐな幼なじみをここまで追い込んでしまう絵梨に重い気分を抱いた。 望美自身は余り食べることが出来ず、味も感じない。 ひとは気持ちで追い詰められれば、こうしてやけ食いするか食べられなくなるのだろうと、望美はぼんやりと思った。 「食べねぇのか?」 「あ、食べるよ。うん、食べる」 何時なら本当に美味しいと感じるカレーも、味がないものを食べているような気分になった。 「…さっきの男、絵梨の旦那。帰ってきたんだな」 望美はただ黙ってきいている。 胸は相変わらず痛くて、壊れそうなぐらいに激しい鼓動を刻んでいるが。 「本当に好きなんだね」 「解らねぇ」 即答だった。 苦悩するように眉間にシワを刻み、将臣はカレーを食べるのを止める。 「マジで解らねぇんだよ。本当に絵梨が好きなのか、そうじゃねぇのか。マジでな。あいつがホントに愛しているのは俺じゃねぇさ。旦那だってことは解っている。だけど…、離れられねぇのはしょうがねぇんだよな。都合良くされているのは、解ってるんだけれどな」 正直、将臣の言葉を受け止めるのは辛い。まるで自分のことを言われているみたいだ。だが、たったひとつだけ 違うことがある。それは望美が、将臣が好きだということを、ちゃんと解っているところ。 「それが”好き”ってことじゃないのかな」 「そうかな?」 「そうだよ。将臣くんは好きなんだよ、絵梨さんのこと…。だから…、きっとこうやって無理を受け止めることが出来るんだよ」 ぽつりぽつりと、望美は想うことを伝えた。 本当はこんなことは言いたくないし、きっぱりとそれは恋じゃないと言いたい。 だが同じ気持ちを抱える幼なじみには言えなかった。 「…俺ばっか話しているよな? お前はそんなのあるのか? よかったら聞いてやるよ」 好きなひとに面と向かって言えるはずかない。 望美はごまかすようにわらうと、首を横に振った。 「そんなことないよ。私が話すときが来たら、将臣くんにはたっぷり聞いて貰うからね」 「お手柔らかにな」 将臣は不意に黙り込むと、眉をまた寄せる。 何処かむしゃくしゃしているようだった。 将臣は綺麗に食べると、まだほとんど手をつけていない望美の皿を見る。 「食ってやろうか?」 「食べさしで良ければ食べて」 「お前のなら、んなことは全然気にはしねぇさ」 将臣は望美の皿と自分のそれを取り替えると、また食べ始めた。 「何だかこれ、私が食べたみたいに思われちゃうなあ…。大食い女みたい」 苦笑すると将臣もまた笑う。 「大食いでいいじゃねぇか」 「モテないもん、それじゃあ」 わざと拗ねて言うと、将臣のスプーンの動きが止まった。 「…いいじゃねぇか、モテなくても」 「良くない」 「いいんだよ!」 強い調子で言われて、望美は思わず息を呑む。 どうしてこんなに嫉妬の香りがするようなことをこのひとは言うのだろうか。 期待なんてさせないで欲しいのに。 驚いた望美の顔を見るなり、将臣は顔を逸らす。そのまま黙々とカレーを食べ続けた。 どうしてだろう。 こうしているだけでドキドキする。 重い沈黙が走っていても、心は勝手に弾んでいる。 「…俺が…こんなこと言う権利って、ねぇはずなのにな…」 ポツリと呟かれた言葉が、ひどく切なかった。 カレーを食べ終わり、ふたりで江ノ電の駅に向かう。 話さずに、どことなく切ない雰囲気だ。 駅前に来たところで、将臣がまた歩みを止めた。 絵梨が先程の男と、幸せそうに笑っている。 将臣はそれを鋭い眼差しで見据えていた。 「…俺にはあんな良い顔はさせられねぇからな…」 何も言葉を繋げられない。 望美は、将臣の報われない恋心と自分のそれを重ね合わせて、泣きそうになった。 ふと、絵梨がこちらに視線を止めた。 何気ない視線で、まるで識らないものを見るかのようだった。 否定されていると、感じずにはいられない視線だ。 将臣が横で固まっているのを、望美は感じていた。 「結局、俺は都合が良い男だってことだよな」 そんなことないと、将臣を見つめた瞬間、強い腕に引き寄せられた。 それはもう幼なじみの腕ではない。ひとりの男の腕だ。 力強く抱きしめられて、望美は窒息するのではないかと思った。 「…ま、将臣くん…」 顔が近づいてくる。 顔を逸らすべきなのに、望美は逸らすことが出来ない。 鋭いなかに欲望の煌めく瞳を見せ付けられて、望美は観念した。 このひとへの想いは永遠に否定することなんて出来やしないと。 唇が乱暴に重ねられた。 そこには高校生らしい青さは微塵に感じられず、ただ男を感じた。 幼なじみは何時の間にか、望美よりもうんと先を歩いていたのだ。 望美はキスの返しかたすら解らなかった。 キスはただ唇と唇が重なり合うものだと思っていたから。 こんなに深いものがキスだなんて識らなかった。 絵梨を怨む。 こんなキスを将臣に教え込んだ絵梨を。 頭も心もぐちゃぐちゃになってきた。 ずっと夢見て来た将臣とのファーストキス。なのに現実は生々しくてロマンティックからはほど遠いものだった。 嬉しいはずなのに、切ない涙が零れ落ちる。 なのに将臣を求めて、望美は逞しい首に自分の腕を巻き付けた。 キスから解放された後、頭の芯までぼんやりとしていた。 どうしていいか解らない。 ただ無意識に、将臣と絵梨を交互に見た。 絵梨はホッとしたように、相変わらず嬉しそうな笑みを浮かべて話している。 将臣はといえば、冷徹に表情を強張らせているだけだった。 「行こう」 「う、うん…」 しっかりと手を握られて、そのまま駅へと向かう。 腕から感じる想いは、どこかいらついたやる瀬なさがあった。 江ノ電に乗り込んだ後、望美は無言だった。 ただ将臣と手を繋いでいるだけ。 お互いに気まずいはずなのに、その手を離すどころか、更に強くにぎりしめていた。 極楽寺の駅で降り、ふたりは何時ものように自転車に乗り込む。 ぎゅっと将臣の背中に縋り付くと、望美は泣きたくなった。 こんなに泣きたいと思ったのは、久しぶりかもしれない。 恋は切なくて、苦しい。 やる瀬ない想いが込み上げてきて、望美は将臣の背中を涙で濡らしていた。 家の前で自転車を降り、望美は将臣に頭を下げた。 「有り難う、今日は」 「それはこっちの台詞」 よそよそしい台詞に、望美は顔をまともに見ることが出来ない。 「…誤解受けないといいね…。おやすみ」 望美は言い捨てると、家に駆け込む。 これ以上冷静ではいられなかった。 |
| コメント パラレルな幼なじみです。 |