4
嫉妬とみせしめのために利用されたのだ。 そんな想いがぐるぐると巡り、望美は眠れなかった。呼吸をしようてすれば苦しみが競り上がってくるし、何もしなくても涙が流れてしまう。 望美は上かけを頭から被り、何度も寝返りを打つ。 どうしてこんなに好きなのだろう。好きという深さは、きっと絵梨には負けやしない。 だが将臣の好きは、総て絵梨にいっている。 こんな堂々巡りはもう止めてしまおうと、思わずにはいられなかった。 翌朝、望美は上手く起きることが出来ず、瞳を真っ赤にさせて、顔もめいいっぱい腫れている。 こんな顔を将臣には見せられないが、学校に行かなければならないのでしょうがない。 望美がとぼとぼと玄関を出ると、将臣が待っていた。 「…行こうぜ」 「うん」 何だかお互いに気まずい。 昨日のキスを意識しているのだろう。 何時ものように自転車に乗り、極楽寺駅まで走っていく。 「望美…、昨日はごめん…」 背中ごしに男らしい声が響く。 謝るぐらいならキスをしないで欲しかった。 キスをするぐらいなら、謝らないで欲しかった。 またぐるぐると切なさが下りてきて、望美は震える。 今朝の将臣には、オードシャルロットの香りはしなかった。 放課後、将臣がいつものように、望美の机に鞄を置く。 「帰ろうぜ」 「今日は横浜に行くんだ。ごめん、一緒には帰れないよ」 「買い物か?」 「うん」 香水が欲しい。 自分に合った爽やかな香りが。 絵梨がするオードシャルロットは似合わないが、ほんのりと香る香水が欲しかった。 「…付き合ってやるぜ、ひとりなら。昨日のお礼だ」 一緒にショッピングが出来るのは凄く嬉しい。 だがきっと。 また絵梨にあってしまったら、きっと将臣は彼女を選ぶ。それが堪えられなかった。 「大丈夫、有り難う。バイトを重視して。私はひとりで大丈夫だから」 「そうかよ」 あからさまに将臣はムッとすると、望美を咎めるような目付きで見てくる。 嫉妬なんて感じていないくせに、そんなあからさまな態度はしないで欲しい。そこに期待を抱いてしまうから、本当はそんな顔をしないで欲しかった。 「じゃあ、また明日ね」 「ああ」 将臣の背中を見送った後、望美は大きな溜め息をついた。 こんな想いにもう疲れてしまった。 ひとりで横浜のデパートに行き、香水売場に向かう。 背伸びをせずに、少しおとなびた香りが欲しくて、香りのコンシェルジュと呼ばれる女性に相談することにした。 「今、高校生ですよね。だったら入門編で、この”ハッピー”はいかがですか? 爽やかで癒される香りですよ」 耳たぶに僅かにつけて見ると、ふんわりとした優しいフローラルの香りがした。 「良い香り…」 「これだったら入門するのにはぴったりの香りだと思いますよ」 ふわふわ纏わる香りは、大人へのステップを一歩上がったような気がする。 望美は手に届くほどの価格だった香水を買うことに決めた。 決して絵梨に張り合う気などはない。今の自分には、背伸びをしたって、到底オードシャルロットは似合わないのだから。 「これ、下さい」 「はい、畏まりました」 優しいコンシェルジュはニッコリと微笑んでくれると、直ぐに包みに行ってくれた。 「あなたのファーストトワレですから、この石鹸も試供品ですが付けますね。これはボディソープなんですよ。これで躰を洗うと、ほんのり薔薇の香りがするんです。これでカレシのノックアウトかもね?」 「有り難うございます」 望美が丁寧に礼を言うと、コンシェルジュは笑みを零してくる。それが爽やかで魅力的だった。 「香水は願を込めて擦り込んでね。そんなにつけないほうが良いから、理想は、膝の裏に少し、耳たぶに少し…。これで充分に香るわ。普段使いなら、膝の裏か足首に一滴で充分かもしれないわね」 レディになるためのレッスンを、望美は真剣に聞いていた。 やはりこういったことは、賢人に聞くのが得策だ。 「今日は耳たぶだから、ドキリとするかもね」 「有り難うございました」 香水を買っただけなのに、懇切丁寧に教えて貰えるのが嬉しかった。 望美は幸せな気分になりながら、心を抱きしめて帰った。 翌朝、まるでおまじないをするかのように、一滴を膝の後ろに遠慮がちにつけてみる。足元からふんわりと香りが 立ち上がるのが嬉しかった。 今朝も珍しく将臣が迎えにきた。 「昨日は楽しかったか?」 「うん、楽しかったよ。念願のものを買えたし」 望美は鼻歌混じりに言いながら、鞄を受け取る。 「何だよ、念願のものって」 「ナイショ。さあ、学校に行こう!」 香水一滴のマジックだろうか。すんなりと将臣とは話すことが出来る。望美は機嫌よく笑うと、いつものように荷台に乗り込んだ。 「さあ、行こう」 「ああ」 背中に腕を回すと、将臣の躰が僅かに強張るのが解った。 こんなことは滅多になかったというのに。 直ぐに自転車は走り出したが、明らかに将臣は不機嫌だった。 その証拠に、殆ど一言も話さないままで、極楽寺の駅まで走っていく。 これほどまでに不機嫌なのは、おおらかな将臣には珍しいことであった。 学校に行っても、将臣は不機嫌なままだった。 まるで監視でもするかのように望美を見ていた。 「おい、帰るぞ!」 放課後、強引なまでに手を取られると、そのまま駅まで歩いていく。 「ちょっ! 待ってよ! 将臣くんっ!」 望美が困惑しているのも構わずに、将臣はズンズンと駅に向かう。 「帰るんだよ」 「私が今日、予定があるかもしれないでしょう?」 「んなことはどうでもいい」 こんなに衝動的で、相手のことを考えない将臣を見るのは、望美は初めてだった。 目立つように手をしっかりと繋がれる。絡んだ指と指は、少しの力では振り払うことが出来なかった。 「どうしたのよ? 今日はアルバイトでしょ? 私なんかほっておいて、時間があるじゃない」 「いいんだ。お前と帰るのは何時ものことだから関係ねぇだろ?」 将臣はまるで見せ付けるかのように指を絡めると、そのまま電車に乗り込んでしまった。 「…誰かに見られたら…」 「誰かに見られて困る奴がいるのかよ!?」 低くて険悪な将臣の声に、望美は思わず背筋を震わせた。 こちらが怒る理由は山ほどあるというのに、どうして怒られなければならないのかとぼんやりと考えてしまっていた。 極楽寺の駅に到着し、望美は何時もよりは暗い気分で、自転車置き場に行く。 「…お前、好きなやつ…いるのかよ…」 「…どうして…」 心臓が一度だけ激しく鳴り響き、その後は激しいビートを小刻みにする。 「…何となく、雰囲気が変わった」 それは誰のせいだと思っているのか。望美は泣きたくなるのを必死になって押さえ込んだ。 「…そんな奴、やめておけ」 「どうして?」 「どうしてもだ」 強引な理論に、望美もいきり立つ。反論しようとした瞬間、抱き寄せられる。 噛み付くように唇を押し付けられる。 血の味がするキスは、心にも躰にも痛みを齎す。 唇を離された瞬間、望美は将臣を平手打ちする。 「バカッ!」 顔を顰めて頬に手を当てている将臣を残し、逃げ出した。 野獣のようなキスをだった。 |
コメント パラレルな幼なじみです。 |