Real Kiss

2


「これで俺たちが付き合っているってことが広がるのは時間の問題だな」
 将臣はどこか楽しそうに呟くと、望美の小さな手を取った。
「もう少し、”恋人ごっこ”をするか?」
 望美は複雑な気分になりながら、どこか苦々しい気分になる。
 ”ごっこ”だなんて、切な過ぎる。
 将臣が好きで仕方がないのに、どうして本物になれやしないのだろうか。
 泣きそうな気分が表情に現われたせいか、将臣は不機嫌な険しさを表情に出した。
「”恋人ごっこ”は都合が悪いのかよ?」
 将臣は怒ったように冷たい声で呟き、望美の手を更に強く結んだ。
「都合が悪いって…、どんな都合…?」
 望美は将臣が言う意味が解らなくて、小首を傾げた。
「どんな都合も、お前、俺と恋人だって言われて、気にする相手がいるのかって、こと」
 望美はようやく意味を理解すると、頬を赤らめてふわりと微笑んだ。
「…いないよ、そんなひと」
 好きなひとが誤解などするはずがない。相手は目の前にいるのだから。
 フェイクな恋人が大好きなひとなのだから、誤解しようにも出来ないだろう。
「だったら、暫く、俺の女のふりをしてくれねぇか?」
 見つめて来る将臣の瞳は本当に美しくて、拒むことなんて出来ないほどに、望美のこころを魅了してきた。
 答えなど考えることもない。ただ自分自身のこころを落ち着けるために、望美は浅い深呼吸を繰り返した。
 鼓動が同じリズムで高まってゆくのが解る。
「…いいよ」
「サンキュ」
 先ほどまで険しい冷たさを宿していた将臣の瞳が、優しさを帯びて深くなる。
 このひとみを独占したい。
 熱く燃え上がる恋心が、熱い塊になって喉の奥までせりあがってきた。
「…ただし、ひとつだけ願いを聴いて?」
 恋をしているがゆえの欲が、言葉となって舌に乗る。
 望美が凛とした瞳で、真直ぐに将臣を捕らえると、精悍さをたたえた顔が、僅かに皮肉げに歪んだ。
「願いって何だよ…。お前に断りなくキスしちまったから、勿論、お前の願いは聞いてやるけど」
 将臣は困惑が滲んだ声で呟くと、神経質そうに耳朶に何度も触れた。
「あのね…、”ふり“をしている間は、私をちゃんとした“彼女”として扱って欲しいんだ。”ふり“であったとしても、他の女の子とデートしたりとかは、しないで欲しい…」
 好きだなんてちゃんと正式に言われた訳じゃない。
 それどころか、ただの“ふり”だということも解ってはいる。
 だが、たとえそれがフェイクな関係であっても、ちゃんと彼女として扱って欲しかった。
 小さな小さな恋の願いだ。
 将臣の瞳は初めこそ、戸惑ったような厳しい光を宿してはいたが、不意に力が抜けたように甘くなった。
 優しく甘美な瞳に、望美のこころは激しく揺れる。
「…いいぜ。お前を正式の彼女以上に扱う。だからお前も、俺を正式な彼氏以上に扱えよ」
 将臣のひとみには、真剣なひかりが帯びていた。
 それは激しい熱が深い場所に隠れているようにも見えた。
「…解ったよ。将臣くんを正式なカレシ以上に扱うから」
 一番大好きなひとなのだから、勿論、それ以上に扱うのに決まっている。そもそも、将臣だからこそこんな申し出も受けられるのだから。
 望美は、握り締めてくれる将臣の手を、強く握り返すと、ただ微笑んだ。
 いつか、将臣に本当の彼女が出来るまでの、恋の片道切符を手に入れた気分だ。
 恋の切符が往復になる日なんて、やってくるのだろうか。
 5限目を知らせるチャイムが鳴り響く。
 ふたりは手を強く握ったままで教室へと向かう。
 これがリアルだったら。
 そう考えるだけで、胸が張り裂けてしまいそうなほどに、激痛が走った。

 望美と将臣が付き合っているらしいという噂は、瞬く間に鎌倉高校中に知れ渡った。
 誰もが「やっぱり」と納得している。
 学校というのはかなり狭いテリトリーだから、ニュースが流れる速度は、それこそロイター通信よりも速い。
 席を前後で座っているふたりに、噂好きのクラスメイトが目敏く駆け寄って来た。
「やっぱりふたりは恋をしてたのね! だけどあんまり変わらないわよね、うん。まあ、モテるふたりがこうやって予想通りにくっついたら、誰も横恋慕しないか」
 わいわいと騒ぎながら、納得している女の子たちに、望美は少しだけうんざりとする。
 確かに以前から、幼馴染みにしては仲が良過ぎると言われてきたから、誰もが納得とばかりに頷いている。
 だが、この恋愛ニュースは所詮フェイクなのだ。
 幼馴染みの友情はあるが、将臣には恋情なんてない。望美が一方的な恋情を持っているだけ。
 そう思うと、何だか胸が切ない熱と痛みに支配される。
 みんなに嘘を吐いているような、後ろ暗さがあった。
 望美は引きつった笑いを浮かべながら、クラスメイトに接する。
 何だか空しい気分になってしまった。
 ちらりと将臣の様子を伺うと、クールで無愛想さが輪をかけて色濃くなっている。
 クラスメイトに対して、いつもどこか突き放しているような雰囲気があるが、今日はそれが色濃く出ていた。
 女の子たちに迫られるのが面倒だから、望美と恋人ごっこをせざるをえない。
 そんな状況が、顔色に現われていた。
 将臣と視線が絡む。
 余りに冷たくて、望美のこころも背中も切なく凍り付いた。
 とにかく、おさまるべくしておさまったからめでたいと、クラスメイトたちは騒いでいたが、望美には空騒ぎのように思えた。

「帰るぜ」
「あ、う、うん!」
 いつもならごく自然に、時間やスケジュールが合えば一緒に帰るかたちだったので、こうして将臣から声を掛けられるのにはびっくりした。
 慌てて帰る準備をして立ち上がると、将臣に手を引かれる。
 余りに強く握り締められて、望美の鼓動は追いつけないぐらいに早くなった。
 強引なのにどこか優しい手のひらに、望美はもっと深い恋情を感じずにはいられなくなる。
 こんなにも優しい強さなら、もっと力を入れられても構わない。
 江ノ電の駅に着いても、将臣は手を離さない。鎌倉高校前の駅は、映画のロケで何度も使用されているロマンティックな場所で、そこで手を繋いでいれば、自然と恋心は高まりを見せる。
 小さなおもちゃのような電車に乗り込んでからも、将臣は望美の手を離さない。
 ときめくあまりに、望美は頬を赤らめる。
 酸欠だったせいか、余り、話さなかった。
 ふたりの間に甘い沈黙を生む。
 初めてのドキドキが激しくて、望美は言葉を紡げない。
 脚を閉じてこぢんまりと座る望美と、男であることを誇るかのように堂々と座る将臣は、お互いに違うものであることを見せつけているようだった。
 不意に、ふたりの前に綺麗で大人びた女の子が立った。
 制服を見れば、近くの名門女子高校に通っているのが解る。
 女の子は望美など目もくれずに、ただ将臣だけを見つめた。
「この女の子は誰? 将臣」
 明らかに嫉妬されていることは、棘のある声で解る。
「俺の女だ」
 将臣はさらりと言い放つと、望美を抱き寄せてきた。
 牽制をするだけの理由でこうして抱き寄せられているのに、ときめかずにはいられない自分がいる。
 望美は潤んだ瞳で、将臣に答えを乞うように見つめた。
 将臣の瞳が一瞬、真剣に光る。
 こんな瞳で見つめられたら、愛されていると勘違いをしてしまう。
 望美が瞳を伏せたタイミングで、将臣の唇が重なって来た。
 ここは公共の場所で、誰が見ているとは限らないというのに。




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