千年の恋も覚めてしまう

3


 体育祭のフォークダンスの曲選びなんて、本当は口実。
 望美ともっと一緒にいたい。
 ふたりの微妙な関係をもっと近づけたい。誰にも望美を渡さない。
 そんな恋心が将臣に働く。
 幼なじみだから、今まで軽く見ていた。
 女としてではなく、同性の友人と同じ感覚で見ていた。見ようとしていたのかもしれない。
 望美に本気にならないように何処かでブレーキをかけようとしていた。
 なのに望美が余りに理想の女に成長したものだから、将臣は何処か戸惑いを覚え、花の蜜に群がる蜂のように、何時しか吸い寄せられていた。
「横浜までCD見るのを着いてきてくれよ。市場調査」
「うん、良いよ」
 ふたりで出掛けるのが、こんなにもときめくことだなんて、将臣は識らなかった。
 こうして一緒にいるだけでドキドキしてしまう。こんな落ち着きがない感情なんて今までなかった。
「ノリの良いものとさ、後少ししっとりとしたものとかが良いんだよね。ゆっくりダンスをするのも、何だかロマンティックでしょう? アメリカンオールディーズが良いかもねえ」
 望美はほんのり頬を赤らめながら、楽しげに呟く。明るいのに何処か色気のある表情が、ドキリとさせられる。
 甘くて暴走しそうな感情で、胸がいっぱいになった。
「…なあ、お前、後夜祭のダンスを楽しみにしているのか?」
「楽しみにしている…と言ったら、楽しみにしているかな」
 望美はほんのりと頬を赤らめ、一瞬、俯いた。
「…マジかよ」
 誰かお目当ての男がいるのだろうか。
 それなら後夜祭になんて行かせたくない。
 将臣は苦い想いが広がるのを感じていた。
「どんな曲が良いかリサーチしようね。で、学校にあるCDも調べよう」
「そうだな」
 明るく笑う元気いっばいの可愛い望美を見つめていると、切ない気分になる。
 胸が苦しい。息苦しくてたまらない。
 幼なじみなのに。ずっと一緒にいる存在なのに。
 どうしてこんなに切ないときめきに支配されるのだろうか。
「行こう、将臣くん! 素敵な曲をいっぱい選んで、みんなに喜んで貰おう!」
 望美が心からそう思っていることは、きらきらと輝く表情を見れば解った。
 陽射しに揺れる笑顔はなんて可愛いのかと思う。
 望美はこんなに可愛いかったっけ。
 こんなにも透明のある可愛い笑顔を出せる女だったけ。
 そんなことを将臣はぐるぐると考えながら、望美の横顔に吸い寄せられていた。
 可愛くて溜まらない。
 何もないのに、将臣は顔をほんのりと赤らめると、大きな手で口を覆った。
 まるでこれでは恋する乙女のようだ。
 望美に恋い焦がれて、呼吸を忘れてしまったようだ。
「どうしたの? 将臣くん」
「何でもねぇよ。おら、行くぞ!」
 将臣はわざと望美の頭を叩くと、そのまま日坂を下りていく。
「待ってよ!」
「早く来い!」
 望美がぱたぱたと走ってくるのが眩しかった。

 横浜に近付くにつれて、将臣をちらちらと見つめる女生徒が増えてくる。
 将臣は確かにすごく素敵で、どこかクールな雰囲気もある。
 素敵だと見つめる女の子たちの気持ちは解らなくもない。
 望美は将臣の横顔を近い位置で見つめた。
 精悍に美しい横顔は、男としての色気が漂っている。
 見つめているだけでドキドキして、呼吸を旨く出来ないほどに熱くなる。
「おい、もうすぐ着くぞ」
「うん」
 将臣はドアに近付き、望美もその背中を追う。
 がっしりとした背中にしがみつきたくなる衝動を抑えながら、望美は押されるように車内から出た。
 かなりのひとが降りたせいか、望美は一瞬、将臣を見失う。
 あの背中が視界になると泣きそうになる。
 今は特にそれを強く感じる。
 きっと「好き」故に、独占したくなってしまうから。
 不安になって、視界をキョロキョロとさせながら、望美は辺りを見回す。
 最近、また背が伸びたせいか、将臣を捜すのは簡単な筈なのに。
 なのに見つけられない。
 気合いを入れた買い物をするときには、いつも降りる駅なのに、将臣がいないというだけで、どこか違うところに降り立った気分になってしまう。
 まるで外国の駅にたったひとりで取り残されてしまったような気分になった。
 足の踏み場もないようなホームで、押されるように階段へと流される。
 早く将臣と合流したいのに、見つからない。よそ見をしている時だった。
「あっ!」
 足がするりと階段の踏み面から滑っていく。
 このまま人込みに押されて落ちてしまうのではないかと、背筋が冷えた。
「あっ!」
 懐かしく逞しい腕が、すんでのところで望美を抱き留める。
 温もりはとても優しくて甘い。
 今度は別の意味でドキドキしてしまい、望美は過呼吸寸前になってしまった。
「ったく、迷子になるわ、階段から落ちそうになるわで。しっかりしろよ」
 将臣は呆れと怒りを滲ませた声で呟き、望美を引き上げる。
「…ごめん…。将臣くんを探していたんだよ…。どこに行ってたのよ」
 自分が悪いのは解っているが、怒られるのが切なくて、逆に泣きたくなる。思わず怒ってもいないのに、言葉で怒ってしまった。
「…いなくなるから…」
 小さな子供のような我が儘さが頭を擡げる。甘えられるのは将臣だけなのだ。
「…これだったら離れねぇから大丈夫だろ?」
 人込みのなかで、将臣は望美の指と自分の節高い指をしっかりと絡め合わせて、強く握り締めた。
「…う、うん。これなら…平気」
 感覚の総てが掌に集中する。熱くて甘くて苦しい。そんな感情がそこに集まってうごめいているようだ。
「こうしたらお前が迷子になる心配もしなくて良いもんな」
「もう!」
 がっしりとお互いに手を繋ぎあって、階段を降りていく。
 こうしていればただの幼なじみには見えないだろうか。
 初々しい恋人たちに見られるだろうか。
 心臓のドキドキと同じステップで、階段を下りた。

 改札を潜る頃には、お互いの熱で汗が滲んできた。
 それでもちっとも不快ではなくて、将臣は結び合う指に力を込めた。
 離さない。離したくない。
 誰かに見られてもいっこうに構いはしない。
 将臣は望美の手を引っ張ったまま、駅ビルへと向かった。
「迷子になるとマジで困るからな。さっきみてぇに怪我する寸前になられたら、困る」
「うん」
 本当はただの言い訳であることぐらい、将臣は解っている。
 望美をどうしても離したくはないのだからしょうがない。
 エスカレーターに乗っても、CDショップに着いても、ずっと手を離さない。
 柔らかい望美の掌がとても気持ちが良くて、将臣は一生かかっても離すことは出来ないのではないかと、考えていた。
 好きだ。
 好きでしょうがない。
 なのにストレートに告白する勇気が今はなかった。




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