*あじさいの恋*


 幼馴染みなんてなるもんじゃないと、最近は思ってしまう。
 幼馴染みと言う名の呪縛に翻弄されて、結局は何も出来ないのだから。
 意外に呪縛の鎖が強くて、17年四苦八苦しているのに、結局は切れずにいる。
 本当に馬鹿げていると、自分でも思わずにはいられない。

 紫陽花を見に行くことが、今や唯一の慰めになってしまった。
 あの切ない色が、今の自分にはピッタリのように思えてならないから。
 望美が紫陽花を熱心に眺めていると、美しく落ち着いた雰囲気の中年女性が声を掛けてきた。
「いつも熱心に紫陽花を見ていますね」
「はい。紫陽花ほど切なさだとか嬉しさだとか、感情を花びらに映す花はないんじゃないかなって思いますから厭きないんです」
 望美が柔らかく微笑むと、女性もそれに応えるように頷いてくれた。
「そうですね。紫陽花は正にこころの状態を映す花なんですよ? 土壌が変わるだけで、同じ花なのに色を変えてしまうんです。それはまるでひとのこころのようです」
「…ひとのこころ?」
 紫陽花が移ろいでいくひとのこころを象徴しているなんて考えられない。望美は女性の顔を真っ直ぐ見つめた。
「はい。紫陽花は土壌の質によって色を変えるんですよ。アルカリ性、酸性で色を変えます。まるでひとのこころのようでしょう? そうそう、“カメレオン”なんて言われている紫陽花もあるぐらいだから、ひとのこころと同じでしょう?」
「…そうですね。本当に」
 紫陽花にそのような変化があるなんて、望美は今まで知らなかった。紫陽花を見るために腰を屈めると、その花びらをじって見つめた。
「…私はどんな色に変わるのでしょうね…」
「あなたはまだ若いから、様々な色を持っても当然よ…。だから、楽しみにしていると良いのよ! 本当に」
「そうですね」
 女性の笑顔を見ていると、楽しみにしていても構わないような気分になる。にっこりと笑うと、望美は深く頷いた。
「あなたに紫陽花をお分けしましょう。この紅いものと、青いもの。あなたのおうちに植え替えたら、花の色は変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。一度、見てみると良いかもしれないわね」
「はい。有り難うございます」
「紫陽花もきっと喜ぶわ。いつも紫陽花を大切そうに見てくれているあなたのもとに行くんですから…」
 女性は優しい声で呟くと、奥の小さな小屋へと入っていった。
 直ぐにスコップとビニール袋を持って、望美の前に現われる。
「大事にしてあげてね」
「はい。大切にします」
 望美は紫陽花の株をふたつ受け取ると、それを大切に抱き締めるように持った。
「大事に育てますね」
「あなたならきっと花がこころから喜ぶほどに大切にしてくれますよ」
「花が喜んでくれるように頑張りますね」
「ええ」
 大切にこの花を育てて行こう。そうすれば、きっと新しい自分になれるような気がしたから。

 望美は大事に紫陽花を持って帰ったあとで、早速、家の庭に一株植えてみることにした。
 園芸にはそんなに詳しくはないから、後で譲にでも訊いてみようと思っている。
 望美は庭にあるほんとうに小さな花壇に紫陽花を植えた後、有川家を尋ねた。
「…先輩」
「譲くん、紫陽花一株、養女に貰わない?」
 望美が紫陽花の花を掲げると、譲は眩しそうに微笑んでくれる。
「頂きます。早速、植えますね」
「その様子を見学しても良いかなあ。私もさっき紫陽花を植えたんだけれど、譲くんの植え方を参考にしたいんだ」
「はい、喜んで! どうぞ参考にしてください」
 譲に招入れて貰い、望美は嬉しくてにっこりと微笑んだ。譲はいつも安心感をくれる。それが望美には嬉しい。
 だが、恋心とは少しばかり違う。それはどのようなものかは、説明は難しいが、しいて言えば、家族のようなものだろうか。
「お邪魔しますー」
 望美は元気良く声を上げると、有川家自慢の庭へと入っていった。
 有川家の庭は、望美の家とは比べ物にならないぐらいに立派な庭を持っている。
 春日家の敷地面積とほぼ同じ広さのほぼ倍の庭があり、家は望美の家の3倍はある。
 全くスケールの違う大きさだ。
 鎌倉でもかなりの旧家だから、当然といえばそうなのだが。
 望美は広い庭に入り込むと、綺麗に整備されている草花に感嘆の声を上げた。
「あばあさまがいる時から、ここの家の庭は凄いものね。お花の楽園って感じで。紫陽花もきっと喜んでくれるね」
「そうですね。喜ぶと思いますよ」
 譲は手早くスコップを持ってくると、肥料の入った新しい土と古い土を手早く入れ替えて、土壌をならしている。
「私なんか適当に植えただけだよ。譲くんはやっぱり本格的だね」
 望美が感心するように溜め息を吐くと、譲はほんのりと目の周りを紅く染め上げた。
「…そんなことないです。いつも祖母の側にばかりいたので、殆ど見よう見まねです」
「凄いよ、やっぱり。私も後でちょっと土をならしてみようかな」
「だったら、肥料を混ぜた土を少しお譲りします」
「有り難う!」
 望美は嬉しくて明るい太陽のような笑みを浮かべると、何故か譲が更に照れたような表情をした。
 そんなに照れた表情をされると、余計に照れてしまう。
「きっと綺麗に咲き続けるね」
「そう思います」
 望美は、紫陽花の花をじっと見つめる。この花びらの色は移ろぐのだろうか。それとも頑固にも同じ色を保ち続けるのだろうか。
「紫陽花って、土壌によって色を変えるって、頂いた方から聞いたんだ」
「それは俺も聞いたことがあります」
「だからね、譲くんの家と、うちだと、どんな感じの違いが出て来るのかなあって、なんとなく興味があるな」
「そうですね」
 譲が静かに頷いてくれたのを、望美は微笑んで返事をすると、じっと花びらを見つめた。
「変わるのか、それとも変わらないのか…。ねぇ、それって何だかひとのこころのようなものだと思わない?」
 望美は切なさを笑顔に映しながら、譲を見上げた。
 すると譲は、まるで壊れものを見つめるかのように繊細で痛々しいそうな視線を、望美に投げて来た。
 そんな視線をどうかしないで欲しい。
 こちらが余計に切なくなってしまうから。
 望美が一瞬視線を逸らせると、背後から足音が聞こえた。
「お前ら、仲よしこよしで何をやってんだよ?」
 振り返ると、いつもよりどこか機嫌が悪そうな将臣がふたりを睨み付けるように見つめている。
 譲はそのまなざしを好戦的に受け取った。
「先輩が紫陽花を一株くれたんだよ。それで庭に埋めていただけだ」
「紫陽花って土壌によって色が変わるらしいから、うちに植えた紫陽花とこの紫陽花は色が変わるのかなあって話をしていただけだよ」
「ふうん…」
 将臣は興味など全くないように呟くと、望美の横に腰を下ろした。
「それって、ペーハーの違いによって色が変わるとか、なんかそんな話だよな」
「…うん。将臣くん、知ってたんだ」
「むかしむかーしに祖母さんから聞いた」
 将臣は望美と同じ目線になると、紫陽花をじっくりと見つめる。
「人間のこころみてぇだと思ったもんだが、何かな…」
 同じように将臣が思ってくれていたことが、今更ながらに嬉しいだなんて。
「…少なくともお前のは変わらないような気がするな…」
 将臣のひとりごちる声が、こころに響いていた。





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