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唇が離れた後、将臣にじっと見つめられた。 全身の水分が取られてしまうぐらいに熱い。 息を乱すと、将臣は薄く笑いながら抱き締めて来た。 「下手くそだな、泳ぎ」 「…だって、海だからだもん」 「関係ないだろう?」 からかうような瞳が悔しくてしょうがなく、望美は思わず視線を逸らせた。 将臣は愉快そうに吹き出すと、望美を抱いて更に深いところに行く。 「ちょっ! 足がつかなかったら、むちゃくちゃ怖いじゃないっ!」 「俺がいるから大丈夫だ」 「だって、このまま将臣くんに抱き付かないとダメじゃないっ」 望美がジタバタと脚を揺らせると、将臣は抑え込むように更に強く抱き締めてくる。 「ったく、暴れるなよ」 将臣は苦笑いをしながら、ピタリと止まった。 「ちゃんと泳げるようにならねぇと、スキンダイビングは難しいぞ」 「…うん」 望美はしゅんとして力を抜くと、将臣にしっかりと抱き付いた。 「ったく…、どうしてそんなに可愛い顔をするんだよ…」 「え…?」 将臣は瞳の周りにうっすらと紅を乗せると、むき出しの望美の首筋に唇を押しつけて来た。 「…んっ…!」 強く肌を吸い上げられて、望美は狂おしく甘い感覚に襲われる。 「…あっ…!」 肌が小刻みに震えて、もう泳ぐ練習なんてどうでも良いことのように思えた。 首筋、そして胸元まで…。 将臣は丁寧にかつ濃厚に口づけてくる。 ここが背の届かないような深い場所であることを忘れて、将臣の愛撫に夢中になっていた。 頭がぼんやりとしながら将臣を見つめると、憎らしいぐらいに甘く笑われる。 余裕があるのが悔しかった。 「将臣くんは、余裕があるんだ」 「ねぇよ、んなもんは」 将臣はぶっきらぼうに言うと、望美の背中を撫で付けた。 ほんの少しだけ開いた背中の隙間から、将臣の手が入り込んで来る。繊細な指の動きに、望美は息を乱した。 「…あんまり色っぽい声を出すなよ…。欲情する」 「だって、将臣くんがそうさせるんじゃないっ!」 望美が真っ赤になりながら抗議をすると、将臣はまるで赤ちゃんを高い高いするかのように、望美を海から引き上げた。 「…俺も男だからな」 「解ってるよ」 望美はそんなことは当たり前とばかりにつぶやく。 「解ってねぇよ。俺も男だから、好きな女の水着姿だとか見せつけられたら、それだけでむらむら来るし、それにお前は可愛い過ぎ」 「だ、だって、海だから水着になるのは当然だし…」 将臣の言葉の意味にどぎまぎと戸惑いながら、望美は溺れたように呼吸を浅くさせる。 「…泳ぐ練習するか? それとも…」 将臣の視線がビーチの向こうにあるホテルの一室を指している。 このままホテルに戻れば、何が起こるか解らない望美ではない。 将臣と結ばれるのは怖くないどころか、ひどくそれを望んでいるところもあるというのに、何故か生々しいセックスを思い浮かべた瞬間、躰が硬直してしまう。 将臣と結ばれる。 それはこの上の無いロマンティックな出来事だと思うのに、どうしても構えてしまう。 セックスへの未知なる恐怖が抜けないからだろうか。 「…将臣くん…、泳いでも良いかな? もう少し時間はあるし。海でばた足の練習したいし」 「お前は小さなガキかよ? ったくしょうがねぇな」 将臣は望美の腕を掴むと、溜め息を吐く。 「俺が支えておいてやるから、浮いてみろよ」 「う、うん」 望美は将臣に言われた通りに、躰から力を抜いて浮く。 「手を持ってやるから、顔をつけて目を開けてみろ。良いウォーミングアップになるだろうからな」 「う、うん」 プールとはひと味違ったしょっぱい感覚に閉口しながらも、望美は言われたように顔をつけて海のなかを見るように、目を開けた。 「…!!」 まるで別世界のような華麗でいて清らかな美しさに、望美のこころは奪われる。 なんと美しい世界なのかと、思わずにはいられない。 竜宮城とはこのような世界を言うのだろうか。 澄み渡った海に広がる、色とりどりの美しき世界。 将臣がスキンダイビングに夢中になるのも、解る気がした。 いつか。将臣とふたりの子供が出来たら、この感動的な世界を見せてあげたいなどと、甘くてくすぐったい想像をしてみた。 息が苦しくなったので顔を上げると、望美は将臣に向かって感嘆の声を上げた。 「将臣くん! 凄いよ! びっくりしちゃうぐらいに綺麗な世界だね!」 「そうだな。海の世界は汚れがなくて、平和で綺麗だからな」 将臣は目を細めると、切ない色を湛えて空の向こうを見上げた。 こんな瞬間、時折、孤独を感じる。 将臣がひとりだけの世界に浸っているから。 ふと将臣は望美の躰を引き上げて見つめる。 「俺が手を繋ぐから、一緒に泳ごうぜ? もっと綺麗な世界を見せてやるから」 「うん!」 望美の明るい返事に、将臣は笑うとしっかりと手を繋いでくれた。 「せえの!」 ふたりで同じタイミングで海に潜る。 望美は殆ど、将臣にされるがままだ。 将臣に導かれて、今まで経験したことのないような世界を探検する。 まるでロマンティックな人魚姫にでもなった気分だ。 美しききらびやかな海の世界は、ふたりを祝福してくれているかのように輝いている。 日の光が、海のなかにプリズムになって入ってくる様は、どのような映像だって負けない美しさがあった。 美しい海。 隣りには大好きなひと。 なんてロマンティックな海のデートなのだろうか。 暫くすると、流石の望美の呼吸も苦しくなり、将臣に合図をして、上がってもらった。 空が輝く世界もまた美しい。 大きな深呼吸をすると、将臣は苦笑いをした。 「お前、すげぇ可愛いな…」 将臣の声が艶やかに掠れていく。 望美のこころのど真ん中に届くやるせないほどに甘い声は、全身を甘く痺れさせた。 濡れた髪を撫でられると、太陽の光で髪の雫が輝く。 「…綺麗だな」 将臣の声に背筋を震わせながら目を閉じると、唇が近付いて来る。 お互いにお互いを求め合うように、深く、深く、口付けを交わした。 夕暮れ前に海から上がり、ふたりはゆったりとバルコニーでサンセットを眺めた。 望美はとっておきのサマーワンピースを身につけたが、ノースリーブのそれは、将臣が昼間につけたマーキングが、くっきりと出ていた。 「もうっ! これじゃあ、スカーフで隠すしかないじゃないっ!」 望美は真っ赤になりながら、恨めしく将臣を見つめる。 「いいじゃねぇか、スカーフ似合ってるし」 笑う将臣に、望美は恨めしさの余りに睨み付けた。 「だって、このノースリーブ、デザインが気に入ったから買ったんだよ」 「そんな露出の高い服なんか買うお前が悪いんだろ? 露出を控えた服を買ったら、んなことにはならなかったんじゃねぇのか?」 「露出がないのなんて、野暮ったいじゃない」 将臣は女の子のファッションを理解していない。 望美は唇を尖らせて拗ねると、将臣に背中を向けた。 「……!」 突然、背後から息が出来ないほどに抱きすくめられる。 「…さっきも言っただろ? お前は男ってもんが解ってない。俺が男だってこともな?」 いつもにない艶やかな低い声で将臣は囁いてくる。 「男は些細なことでも、欲情しちまうもんなんだよ…」 将臣は首筋を更に強く吸い上げてくる。 望美は息を乱しながら、押し当てられる硬い胸板に、躰を熱くさせた。 女も些細なことで欲情することを、思い知らされた。 |