佐保姫

2


「一緒に住むなんて、とんでもありません!」
 望美の父親のお株を取るような形で、譲が絶叫をした。予想出来たこととは言え、いつもに増してヒートアップする譲に、望美と将臣は苦笑いをしながら顔を見合わせた。
「将臣、望美ちゃん、どんな部屋に住むの?」
 母親は、譲の怒り等全く無視して、将臣に話し掛け、それを望美の母親が横からのぞき見するという、こちらもまたお約束な対応に、ふたりして笑ってしまう。
「2DKだから、お互いに集中して勉強も出来るし、便利だと思って。家賃も物件の割には安いし。まあ、新築じゃねぇからだけれど」
 物件の図面を見せると、母親たちは興味深々のようだ。きちんとセパレートになっているせいか、少しがっかりしたようだった。
「なんだかこれだとルームシェアリングをしてしるみたいね」
「まあ、それみたいなもんだろ?」
 本当はバラバラで部屋を使うなんて考えていないし、フローリングは寝室、和室は勉強をしたり、テレビを見たりする部屋だと決めている。
 だがここは、望美の父親と譲への体裁のために、そういうことにしておいた。実際には、母親たちのご期待に思い切り沿うことになっているのだが。
「…ルームシェア…か」
 父親は痛いところを突かれてきたせいか、表情が少し軟化する。
「確かに大学は遠いし、アルバイトや諸々のことを考えれば、下宿もいいだろうし…。ふたり一緒なら、家賃も安くなるしな…」
 望美の父親が、急に態度を賛成方向に出したせいで、譲は焦る。
「それでも男女がひとつ屋根の下に住むのは、道徳上どうかと…」
 譲はもはや孤独な闘いを強いられている。望美は、将臣とテーブルの下で手を握り合い、事態の推移を見極めていた。
「解った! 望美、将臣くんとルームシェアしていいだろう。ただし、月一度はちゃんと顔を出すように」
 父親にとってはかなりの決断であったらしく、どこか躰を震わせていた。
「おじさんっ!」
 譲がいくら言っても、もう取り返しがつかない。
 望美と将臣はホッと肩を撫で下ろし、しっかりと力を入れて手を握りあった。
 それからは、譲以外の面々は和気藹々と食事をし、とても盛り上がっている。
 将臣と望美も、またひとつハードルを越えたと感じ、お互いに心からの微笑みを浮かべた。

 食事会が済み、将臣と望美は、ふたりきりで鎌倉の空を見上げていた。
 庭の片隅でひっそりとしたふたりだけの空間を作っている。
「良かったね」
「そうだな。良かったな」
 将臣は大人びた穏やかな笑みを浮かべると、望美をそっと抱き寄せる。
「こんなふうにもうこそこそしなくて良いのは、嬉しいよな。お前と時間や場所に関係なく、休みの日はヤレるからな」
「もうっ! 将臣くんはそればっかりなんだからっ!」
 真っ赤になって怒りながら、望美は拗ねる気などないくせに、つい拗ねたような顔をする。将臣へのちょっとしたお仕置きだ。
「ずっと一緒にいられるのは良いよな」
「そうだね」
 ふたりは唇をどちらからともなく重ね合い、しっかりと抱き合う。
 有川家の庭は、かつて将臣たちの祖母スミレが愛した場所だ。この場所でキスをするのは、スミレへの報告になるのではないかと、ふたりは思う。
 何度も、何度も唇を重ねて、離れないことをスミレに報告をした。

 それからはとても忙しく、バタバタとした日々が続いた。
 引っ越し準備は以外と時間がかかったが、ふたりで使う家具等を見るのはとても楽しい。
 特に、引っ越しの翌日に狙ったように運び込まれる予定のベッド選びは、かなり嬉しくて恥ずかしかった。
「ダブルベッドは大きすぎるから、セミダブルだな。そのほうが密着出来る」
「ま、将臣くんは背が高いけれど大丈夫?」
「ああ。お前にぴったりと重なる良い口実が出来ただろ?」
 全くなんてえっちなことを言うのかと、望美は思ってしまう。硬派で男気のある将臣が、望美にだけ見せる甘い姿は、誰にも想像がつかないだろう。
「セミダブルでいいけれど、優しくしてね?」
「了解」
 将臣はニヤリと余り健全ではない笑みを浮かべると、望美の手をぎゅっと握った。きっと口だけで、烈しくするに決まっている。
 助平で俺様な将臣に、結局は折れてしまうのだ。
 部屋のスペースに限界もあるので、チェストなどは少なく共同で使えるようにし、家電製品もパソコン以外はひとつにした。
 その方が親密に思える。
「大変だね、引っ越しって」
「色々体力使っちまうけれど、まぁ楽しいからな」
「そうだね」
 ふたりで引っ越しの買い物をするのはとても楽しくて、母親たちに介入させなくて良かったと、将臣は思った。  ふたりにかかれば、””YES””NO”枕だけでは済まされないような気がした。
 協力的なのは物凄く嬉しいのだが、それゆえに、あれこれコーディネートしたがるのが辛い。
「母さんたちに内緒で買い物に行って良かったな」
「うん、同感だよ。きっと凄いことになっていたと思うよ」
「だな」
 ふたりで呆れながらも、くすくす笑い、幸せな気分を満喫する。
 一緒に住むのは早急だと言われるかもしれない。だが、あの時空で過ごした時間を思えば、これでも遅すぎるのではないかと、思わずにはいられなかった。

 いよいよ大学入学も近くなり、春うららかな日に、ふたりは鎌倉の街からしばし別れる。
 大学を出れば、また鎌倉に戻ろうと思っている。今度はふたりで蜜月を過ごすのだ。
 ふたりで小さなトラック一台だけの荷物なので、割と安くついた。段ボールをいくつも運び込み、いよいよ出発だ。
 望美と将臣は、車よりひと足早く、鎌倉を出る。
 母親たちが既に新居で待っていてくれるから安心だ。
 駅のホームで電車を待ちながら、望美は将臣の手をしっかりと握った。
「いよいよだね」
「そうだな。少しお別れだね、鎌倉も江ノ島も」
 一度も離れたことのない故郷を出るのは、やはり切ない。望美は思わず俯いてしまっていた。
「何時でも戻って来られるさ」
「…うん」
「あの時空以外、離れたことがなかったから…」
「そうだな…」
 髪をくしゃくしゃにされながら、望美はまるで心許ない子供みたいに頷いた。
 いつもなら何も感じないが、今日は電車を乗っても寂しく感じる。
 望美が心許ない顔をしていると、将臣はそっと頭ごと胸で抱いてくれた。
「…将臣くん…」
 場所柄も考えず、望美は甘えて目を閉じた。

 新居に着いてからは忙しく、バタバタと後片付けに追われ、感傷に浸っている暇などなかった。
 一段落ついた時にはもう夕方で、母親たちは帰る時間になっていた。
「じゃあ望美、しっかりね。将臣くん望美を頼みますね」
「はい」
「将臣、望美ちゃんを泣かせちゃダメよ」
「解ってる」
 将臣は、それぞれの母親にしっかりと、望美を護ることを宣言してくれる。
「おかあさんたちも元気で」
「ええ。ふたりともしっかりね」
 母親を見送った後、ホームシックのような気分に、望美は陥る。
 泣きそうになっている望美を、将臣は優しく抱きしめてくれた。
「これから頑張ろうな」
「うん…」
 返事をしたものの、引っ越しそばも余り食べられなかった。
 泣きそうな望美を、将臣は何度も優しさで包み込んでくれた。

 風呂にゆっくりと入ってくると、将臣が布団を敷いて待っていた。
 先に風呂に入りこざっぱりした将臣は、望美を自分の前に座るように促す。
「来いよ」
「うん…」
 腕を広げられると、望美は将臣の胸の中に顔を埋めた------
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キリ番で書いた「筒姫」の前段階のお話です。



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