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「どうしてそんなことを訊くの?」 望美が頭がくらくらするような感覚になりながら、どこか期待を込めて訊くと、将臣は意外とあっさりとした反応をする。 「幼馴染みとしての虫検査。お前に変なのがかったら、俺が殺虫剤の役割をしてやらねぇとな」 期待が萎む。やはり将臣はあくまでも幼馴染みとして訊いてきているのだ。 「さっきのもそうなんだ…」 「…まあな…」 将臣の言葉に、望美の期待はことごとく萎んでいく。 がっかりしているのを知られたくなくて、望美は誤魔化すようにフラペチーノを吸い上げた。 期待するほうがおかしいのだ。 将臣には綺麗なカノジョがいるのだから、望美を恋愛対象としてどうこうすることは最初から考えてはいないだろうに。 全く何をしても良い方向に考えてしまう。 「将臣くん、今年の誕生日は最高のものになるね、きっと! 素敵でひとが一緒だからね」 望美は明るく笑いながら言うと、上機嫌のふりをして鼻歌を歌った。 「…まあな」 望美の態度が気に食わないのか、将臣は急にむっすりとする。 その厳しい表情に、望美の肝は冷えた。 将臣の機嫌を損なうようなことなどしてはいないというのに、どうしてそんなにも不機嫌極まりないといったような顔をするのだろうか。 全く訳が解らないというのはこのことなのだろうかと、望美は思った。 望美がフラペチーノを食べ終わると、将臣は黙って席を立つ。望美も慌ててその後を着いていくしかなかった。 ふたりで並んで歩きながら、望美は何度も将臣を見つめる。 精悍で整った顔は、不機嫌になると凄みを増す。望美は幼馴染みだから慣れているが、他の女の子だと 泣き出してしまうかもしれない。 「将臣くん」 「何だよ」 「そんな顔をしていたら、カノジョがびっくりするよ」 将臣の表情が更に険悪になり、地雷を踏んでしまったと気付いても最早、後の祭りだった。 「…怖がるような女とは付き合うかよ」 「そっか、そうだよね」 望美は誤魔化そうと笑いながら将臣を見たが、余計に機嫌が悪くなってしまった。 もう話し掛けないほうが良いだろうと黙っていると、余計に重い気分になった。 本当に難しい。 友人としてならさらりと対応が出来るというのに、恋がからんでしまうとさっぱりだ。 相手を知りすぎていると、駆け引きは難しいのかもしれない。 色々とゴニョゴニョ考えていると、周りが見えなくなる。 望美の悪い癖だ。 望美は前にひとが来ているのを気付かないままで歩いていると、不意に腕を強く取られた。 「ったく、前からひとが歩いて来ているだろっ!? 相変わらず注意力散漫だな」 「ご、ごめんっ!」 将臣にいつものようにピシリと怒られてしまい、望美は小さくなった。 不意に手を強く握り締められて、引っ張られる。 「ったく、この年になってもお前はお守りが必要なのかよ」 「ごめん」 「こうしておけば、お前が人様に迷惑を掛けるようなことはねぇだろう?」 「あ、うん。有り難う、将臣くん」 まるで恋人同士のように、しっかりと手を繋いで駅までの短い距離を歩いて行く。 デートをしているような気分になり、望美のこころにじわじわと幸せが満ちてくるのが解った。 電車に乗り込んでも、将臣は手を放しては来なかった。 ギュッと握り締めたまま鎌倉まで揺られていく。 もう手を繋いでいる理由なんてないはずなのに、将臣は手を離さない。 カノジョがいるのに、こんなことをしても良いのだろうかというこころと、ずっと離さないで欲しいと思うこころがせめぎあう。 「将臣くん…」 「何だよ」 将臣の深い瞳を見ると何も言えなくなる。 離したほうが良いんじゃないかとは、決して言えないような気がした。 江ノ電に乗り換えても、ふたりは手を離すことはなかった。 こうして躰のどこかが触れ合っているというのは、なんて幸せなことなのだろうかと思う。 ずっとこうして離れなければ良いのに、将臣にはカノジョがいるのだ。誰よりも綺麗なカノジョがいるのだ。 今、こうして手を繋いでいても、きっとこれは“幼馴染み”の延長に過ぎない。 子供の頃のように、男と女を超えた感覚で手を繋いでくれているのだろう。 だから何も言えない。 なのに離す事も出来ない我が儘な自分がいるのが、嫌で嫌でしょうがなかった。 「…ね、将臣くん。欲しいプレゼントとかはあるの? カノジョにねだっているようなプレゼントとかはあるの?」 望美の問いを聞くなり、将臣は熱を帯びた艶やかなまなざしを向けて来る。じっと見つめられて、望美は心臓が痛くなるのを感じた。 将臣から目を逸らそうとするのに、全く上手くいかない。 望美は将臣の視線に捕らえられたままで動けなくなってしまった。 将臣の顔が近付いてくる。 不意に逆光が望美の視界に入り込み、一瞬、目をすがめる。 将臣の表情が上手く見えなくて、目を細めた瞬間、唇が触れたような気がした。 何が起こったのか、考える能力が激しく麻痺してしまっている。 キス? それともただの事故? 解らなくて将臣を見つめると、確信犯のような不敵な笑みを唇に浮かべていた。 なんて男なんだろう。 なのに溺れてしまうほどの優しさと男らしさを見せつけてくれる。 「…お前…」 「えっ?」 「欲しいものはお前って言ったら?」 「そ、それはその…、あの…」 上手く答えることが出来ないでいると、将臣はからかうような笑みを浮かべる。 「ふざける?」 「ふざけてないって言ったら?」 いつものようなからかいの延長ならば、将臣の瞳は笑っているだろう。だが今日は少しも笑ってなんかいない。 それどころか、背中がぞくりとしてしまうほどに真剣な艶やかさを帯びた瞳をしている。 「…まあ、そういうこと…」 将臣は少し照れ臭そうに目の縁を赤くすると、視線を上に向ける。 戯れ? そんなことをするタイプではない。 それに不誠実なところなどかけらも感じられない。 望美は心臓がロックよりも激しいリズムでメロディを刻むのを感じながら、将臣を見た。 「…カノジョじゃないの? 一緒にいるひとは…」 「カノジョじゃねぇよ」 「だったら誰…?」 望美は自然と将臣を責めるように見つめてしまう。 将臣は望美のまなざしを受け止めるように見つめ返してくると、その手を握り締めてきた。 「…俺を信じて欲しいと言っても、あれを見たんじゃ信じてもらえねぇかもしれねぇんだけれど…」 将臣はブツブツと独り言を言っているが、後ろめたさはないようだった。 「俺の誕生日に教えてやるから、それまで待っててくれ」 「予定があるんじゃなかったの…?」 「教えてやるからちゃんと予定を空けておけよ」 「う、うん…」 知りたい欲求に負けて、望美は返事をすることしか出来ない。 将臣はカノジョではないと言ったが、それではいったい誰なのだろうか。 考えれば考えるほど、望美は混乱してしまう。 将臣が教えてくれる真実に、怯えを感じた |