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将臣のバースデーの当日、望美は何もする気も起きずに、ダラダラと過ごしていた。 高校野球の第1試合を最初から観戦していると、玄関のインターフォンが鳴り響く。 「はあい、お待ちください」 朝ご飯のウィンナーを口に頬張りながら、望美はバタバタと玄関に出た。 「お待たせし…、あっ、将臣くん!」 「お前、相変わらず不用心過ぎるぜ。ったく、ちゃんと相手を確認してからドアは開けろよ」 「…ご、ごめん」 望美は反省する子犬のように躰を小さくさせると、将臣を見た。 「…だ、だけど、どうしたの? バースデーデートじゃなかったの?」 望美は泣きそうになりながら将臣に問う。 確かにバースデー当日に一緒にいたカノジョとの本当の関係を教えてくれると言ってはいたが、それを聞くのが恐ろしくて、こちらは逃げようとしていたのに。 なのに将臣は、こちらの裏をかくように朝から訪ねてきた。 「出掛けるぜ。着替えて来いよ。後、汗をかくから着替えも詰めて来いよ。肌につけるローションとかもあとたほうが良いな」 将臣が勝手に言うものだから、望美はキョトンとしてしまう。 一体、将臣が何を考えているかどうかが、全く解らない。 望美は玄関でぼんやりとしている。 将臣は今日カノジョとデートの筈なのに、どうして朝から誘ってくるのだろうか。 この間のキスといい、全く訳が分からなくなっていた。 「リビングで待たせて貰って良いか?」 「あっ、う、うんっ」 こちらが質問をする隙も与えずに、将臣はさっさとリビングへと行ってしまった。 急にドキドキしてしまう。 あの時目撃したのはカノジョと別れ話をしていたのだろうか。 それともそれ以外の何かがあったのだろうか。 棚ぼたのように将臣とふたりきりで過ごすことが出来る幸運に、ドキドキと興奮が治まらなくなった。 「あ、き、着替えなくっちゃ!」 こんな腰越漁港で干されている魚のような格好はダメだ。 望美は直ぐに洗面所に駆け込んで、身仕度を始めた。 久々に髪を巻いてみたりしながら、ムダ毛を処理したりする。 将臣だから取り繕わなくても良いのだろうが、逆に将臣だからこそ取り繕わなければならないと思った。 日焼け止めを塗り、ベビーピンクのリップグロスを塗り、薄いパープルのノースリーブワンピースを身に纏う。 何処から見てもデートスタイルになったところで、鏡を見て、望美はハッと息を飲む。 デートなんて将臣は考えていないかもしれないのに、これは気合いを入れ過ぎてしまったかもしれない。 望美は溜め息を吐きながら、後の祭りな気分を感じていた。 将臣に言われたように小さなバッグに、荷物を纏める。勿論、バースデープレゼントも忘れてはいない。 下に下りていくと、高校野球を見ている将臣の姿を見つけた。 「来たか」 「うん」 「だったら行くか」 将臣は立ち上がると、望美の母親に深く頭を下げる。 「お邪魔しました」 「はい。あ、将臣くん、気をつけてくれたら構わないからね」 「…はい」 将臣は照れ臭そうにしながら、珍しく望美の母に参ったといった顔をする。 「どうしたの…?」 「春日家も、うちも、明日は赤飯だと思ってな」 将臣は溜め息を吐きながら言うと、がっくりと疲れた様子だった。 「…明日? だって将臣くんのバースデーは今日なのに、一日遅れてお祝いをするの?」 望美が不思議そうに見つめると、将臣は更に困ったような顔をした。 「ま、あのひとたちにとっては、俺のバースデーよりも大事なことだろうからな」 「だって将臣くんのバースデーほど大切なものってないんじゃないの!?」 望美にとっては一年で一番大切な日は、将臣のバースデーだから。素直に自分が思っていることを口にしたところで、ハッとなる。 「…お前はそう思ってくれていたのか?」 「あ、う、うん、そうなんだけれどね…」 恥ずかしくて、望美は上手く言葉を繋げる事が出来ない。 「有り難うな。すげぇ嬉しいから」 将臣は玄関まで出たところで望美を抱き寄せようとしてくれたが、ふと動きを止める。 「ど、どうしたの?」 「…あれ」 望美は半分どうなっているのか想像はつきながらも、将臣が示した方向を見る。 「…お母さん…」 やはりという気分だ。 母親は嬉しそうにふたりの様子を眺めているようだった。 「…やっぱり…」 「だから、とっとと出てしまおうぜ」 「うん、そうだね」 ふたりはそそくさと家を出る。 家から出た途端に、将臣は望美の手をしっかりと握り締めてきた。 まるで本当の恋人同士のように、しっかりと握り締めてくれる。 嬉しくて、それと同時に何処か切なさも感じていた。 将臣と綺麗なカノジョの関係がきちんと明確にならなければ、この痛みは消えないと望美は感じていた。 「…将臣くん…。あのカノジョとは、本当のところは…その…どうなのかなって…」 上手く伝えることが難しくて、望美はしどろもどろする。 「ホントのところは後少しで解る。だけどお前に嫌な想いはさせねぇから。それだけはちゃんと約束する」 「うん」 嫌なようにはしない。 それは将臣の基準だから、本当はどうなるかは解らない。 だが、きっと一般的な不快な想いはさせないでくれるだろう。 「…うん、解った」 「サンキュな」 将臣は望美の手をしっかりと握り締めなおすと、もう二度と離さないとばかりに、強く結びつけてくれた。 江ノ電に乗り込んで、鎌倉まで行く。 その間も、望美はマジカルミステリーツアーに参加しているような気分になっていた。 これではどちらがバースデーなのかが解らない。 ドキドキしているのが、本当は祝う側の望美だなんて、ちょっと変だ。 「将臣くん、何だか、私と将臣くんの立場って逆だよね。本当は、私がプランを全部把握をして、将臣くんを案内するのが自然なのに」 「バースデーで主役の俺がそうしたいって思っているんだから、これもありなんじゃねぇの」 「そうかなあ」 「そうだ」 将臣は薄く企んだような笑みを浮かべると、望美に更に密着してきた。 触れる肌と肌が熱い。 何だかドキドキのプレゼントを沢山貰ったかのようだ。 将臣とこうしてふたりでいられることが、何よりも楽しかった。 鎌倉駅で降りると、江ノ電側の入口で、将臣と歩いていた女性がいた。 ここでカノジョだと紹介されるのだろうか。 こんなにも切ないことはない。 望美は唇を噛み締めると、将臣から手を離そうとした。しかし、将臣は望美の手を思い切り握り締めたまま離してくれない。その強さに望美はおののいた。 「こんにちは、バースデープロジェクトのコンシェルジュ本宮と申します。本日と明日のイベントコーディネートはこちらになります」 女性はニッコリと笑うと、高級な和紙で作られた封筒を将臣に渡した。 「有り難うございます」 望美は訳が解らなくて、将臣と女性を交互に見る。 「あ、あの、これはどういうことなの?」 望美が焦るように将臣に尋ねると、イタズラっ子のような笑みがかえってきた。 「俺のバースデーに最高の演出をして欲しいって頼んだだけ。これがそのプログラム。俺もまだ見ていねぇから、ちょっとドキドキするけどな」 将臣は封筒を透かすように見ると、遠足当日の子供のような顔をした。 「…じゃあ、あのひとは…」 段々と事情が見えてきて、望美は勘違いだったことにようやく気付く。 「お前が思ったような関係じゃねぇよ。お前が見たのは打ち合わせ兼、リハーサルってとこ。さ、行くぜ」 将臣は強引に手を引くと、JRの駅に向かう。 「良いバースデーを!」 女性に見送られながら、望美は訳が解らなかった。 |