*Birthday Blue*


 将臣と手を繋いでJRに乗り込み横浜に向かう。
「ちょっと雰囲気を変えるのも良いからな」
 ずっと手を握っていてくれる将臣の手を離さないように、望美はしっかりと捕まえる。
「将臣くん、これじゃあ逆だよ、本当に。だって、将臣くんのバースデーなのに、私のバースデーみたいじゃない」
「あのな、俺が一番嬉しいことって解るか?」
 将臣は望美に視線を合わせると、甘くてこころが幸せに痛むような笑みを浮かべて来た。
 望美はハッとする。
 将臣が望んでいるものが解らない。どう考えても解らない。
 誰よりも一緒にいる時間が長いはずなのに、将臣が本当は何を求めているのかが解らなかった。
「…ゴメン…。解らないや、幼馴染み失格だね」
 自分の不甲斐なさにしょんぼりとしていると、将臣が励ますように笑ってくれた。
「解らなくて当然だ。俺が一番望んでるのは、お前が笑っていることだからな。だからこれが最高のバースデープレゼント」
「将臣くん…」
「俺はロマンスねぇ男だから、あんまり気の利いたプランとか立てられねぇから、ひとの力を借りちまったけれどな。それでも、お前が笑ってくれたら良いやって思った」
 将臣の優しさや、その想いがじんわりと下りて来て、望美は誰よりも幸せを感じていた。
 泣きたくなるぐらいに幸せ過ぎて、少しだけ涙ぐんでいると、将臣に苦笑いされた。
「ったくしょうがねぇな」
「だって嬉しいから…」
「ったく」
 将臣は瞳の周りを紅くさせながら、望美の涙を隠すように立ってくれた。
 いつもそうなのだ。甘くて優しい気遣いをしてくれる。
「有り難う、将臣くん」
「礼はいいから…」
 将臣が照れ臭そうにするのが可愛いくて、望美は笑いながら洟を啜った。

 “デート”という名目で海を見るのも楽しいと、望美はこころから思う。
 港は海岸線とは違って、華やかで爽やかな雰囲気がロマンティックを感じさせてくれる。
「将臣くん、暑いけれど気持ち良いよねー。やっぱり、こうやって歩いていると、嬉しさと気持ち良さにスキップしちゃいそうだよ」
 将臣は苦笑いしたが、望美の手をギュッと握り締める。
 暑いのに、更に熱い手を離したくはない。
 ふたりは必要最低限以外は手を離すことがなかった。
「有り難う、将臣くん。本当に楽しいよ。何も返せないけれど、私に出来ることがあったら言ってね」
「そうだな…。お前でないとムリなことを頼むかもな」
「うん、どんどん言ってね。出来る事は何でもするからねっ」
「ああ。有り難うな」
 将臣のバースデー。
 ファミリーバースデーよりも、今年のバースデーは素晴らしい。
 望美がお祝いをする機会がないのは切ないが、それでもこんなに楽しいことはなかった。
 特にどこに行く訳ではなくて、こうして歩いているだけでも嬉しい。
 それはきっと将臣と一緒にいるというエッセンスが大きかった。
 ランチは中華街で美味しい中華料理を食べる。予約してあったので、並ぶことなく美味しく食べることが出来た。
「やっぱり頼んでみるもんだよな。快適に食事が出来るし、しかもボリューム満点だしな」
「ホント! いっぱい体力つきそうだよね! これだったら夏バテとか乗り切れそうだよ」
「ま、スタミナもつくしな。お前にはスタミナをつけて貰わないと困るし」
 将臣はちらりと意味深なまなざしで望美を見つめてきたが、何を意味しているかは解らなかった。
 横浜の名所を回り、野良猫と戯れたり、アイスクリンを食べたりと、ゆったりとふたりだけの休日を楽しむ。
 こんなに素敵な一日はなかったから、夕方になると寂しさの余りに気分が沈んで来た。
 楽しい時間は本当に過ぎるのが早い。
「夕飯、食いに行こうぜ。バースデー祝ってくれるだろ?」
「うん…」
 夕食が今日のメインイベントのはずなのに、寂し過ぎて笑う事が出来ない。
 今日はまだ終わっていないし、これからだというのに、どんどん沈んでしまう。
 夕食は相応しいレストランだった。
 カジュアルでありながら港の夜景が見える、ロマンティックなレストラン。
 そこでは港町をテーマにしたハーフコースが用意されていた。
「有り難う、バースデーの終着駅には素晴らしいところだよね」
「そうだな」
「ね、バースデープレゼント、持ってきたんだよ。将臣くん、ハッピーバースデー」
 とっておきのものだと思って選んだプレゼントを、望美は明るい調子で手渡す。
 将臣は嬉しそうに静かに笑うと、それを受け取ってくれた。
「有り難うな」
「こちらこそ、今日はいっぱい有り難う」
 望美がはにかんで言うと、将臣は誰にも見せない優しくて甘い笑みをくれた。
「空けて良いか?」
「うん、勿論だよ。どうぞ空けてね」
「サンキュな」
 将臣はまるで子供のような無邪気な笑みを浮かべながら、丁寧に包装紙をはいでいく。
 将臣が喜んでくれるようにと祈りながら、望美は様子を見つめていた。
 将臣は、キーケースを見るなり瞳を喜びで綻ばせてくれ、望美はホッと嬉しくなった。
「サンキュ、すげぇ嬉しい。大事にするな」
 将臣に望美は頷きながら、小躍りをしたくなってしまった。
 将臣が喜んでくれたことにホッとして、望美の食欲は湧いて来る。
 先ほどまで少し切なかった想いが解消されて、出されたものを沢山食べることが出来た。
 デザートが出る頃になると、まるで終わりを突き付けられたような気がしてまた切なくなる。
「将臣くん、今日は楽しかったね」
「そうだな、楽しかった」
 望美は出されたデザートを食べながらも、もたもたとしてしまう。
 食べてしまえば終わりだということが分かっていたから。だから食べられなかった。
「…おい、あまり美味しくねぇのかよ」
「美味しいよ、うん、美味しいんだけれどね…」
「何だよ」
 将臣は怪訝そうに望美を見つめると、どこか不機嫌そうになる。
「…だって…、食べてしまったら…、将臣くんとのデートはこれで終わりだから…、食べられないよ…。終わってしまうような気がして嫌なんだよ…」
「望美…」
 将臣は軟らかく微笑むと、望美の手の甲を撫でて来た。
「食っちまえ。まだ終わってねぇから」
「うん、そうだね。だってこれからいくらだって将臣くんと一緒に過ごすことが出来るんだから」
「そうだ。だからしっかり食え」
「うん、有り難う」
 望美はニッコリと微笑むと、ようやくデザートを食べ始めた。

 食事が終わり、すっかり暗くなった横浜の夏の夜を漫ろ歩く。
「楽しかったよ。また、こうやって過ごそうね」
「今度はお前のバースデーにな」
「うん!」
 将臣に腕を絡めると、望美は甘えるように微笑む。
「なあ、俺が欲しいものを何て言ったかって、覚えてるか?」
 望美は記憶を手繰り寄せる。

「将臣くん何か欲しいものはある?」
「お前」

 望美は生々しく思い出す余りに真っ赤になる。
「あ、あの…、ジョ、ジョーダンだって思ってた…」
「あれは本音だ。俺が誕生日プレゼントで一番欲しいのは、望美、お前だ」
 将臣は歩みを止めると、真っ直ぐと望美を見つめる。
「おばさんには、今夜、お前を借りるとちゃんと了承を得ている。お前が嫌でなければだが」
 嫌だなんて拒絶する理由なんて、いくら探しても見つからない。
 望美は将臣を見つめ返すとそっと頷いた。
 将臣は望美の手をエスコートするように引くと、また歩き出す。
 心臓が苦しいほどに高鳴っていた。





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