Limited Lovers

8月10日


 明後日はいよいよ将臣のバースデーだ。
 望美の偽物恋人ごっこも終わりを告げる。
 夏の終わりの寂しさを身に纏い、望美は心が壊れてしまうのではないかと思った。
「バースデープレゼントか…。ずっと思い出して貰えるようなものを買いたいな」
 将臣のバースデープレゼントを探しに、藤沢へと出ようと決めた。
 家から出ると、ばったりと将臣と顔を逢わせる。
「どこに行くんだよ」
「秘密だもんね、将臣くんには」
 つんとした表情をすると、望美はわざと顔を背けてみた。
「それで半分は真実を言ったようなもんだぜ」
「マジ?」
 望美が将臣の顔を覗きこむと、苦笑いを浮かべていた。
「将臣くんの欲しいものは何?」
 望美が素直にきくと、将臣は子供の頃のようなイタズラめいた瞳になる。
「お前」
 ふざけるように笑いながら言われたのに、望美は耳まで真っ赤にさせる。
「もうっ! バカっ!」
 ふざけるように背中を叩くと、将臣は高らかに笑った。
「…まあ、お前が一番よく知っているもんだ。教えてやるよ、誕生日に」
「それじゃあ遅いもん!」
「やっぱりバースデープレゼントだったんだな」
 ニヤリと悪魔のような笑みを浮かべられて、望美は唇を尖らせる。
「だから将臣くんには言いたくなかったんだよ」
 ぷいっと背中を向けると、将臣はふざけるように望美の背中ごと抱きしめてくる。
 ふざけているのは解っているのに、全身が石のように強張った。
「…何緊張してるんだよ」
「緊張なんかしてないよ…」
 声が震えて全く説得力がない。望美は余裕のない浅い呼吸を繰り返し、それを将臣が苦笑いをした。
「緊張しないが、嫌がらないか…」
 くつくつと喉を鳴らして笑われ、望美は憤慨した。
「明日な、一日一緒にいねぇか」
 不意にふざけた雰囲気が霧散して、将臣の腕に力が込められる。体重が背中にかかり、男らしい香りがした。
「…明日、一緒に遊ぼうか…」
 望美が心臓の鼓動を激しくさせながら呟いたのに、将臣はまた喉の奥から吹き出した。
「遊ぶってお前」
「な、何よー」
「幼稚園のガキじゃあるまいしさ」
 将臣は爆笑し、瞳に涙を浮かべている。望美にはそれが気に入らなかった。
「デートだろ? そういう場合は…」
「…だって、そんな…」
 はにかむと、将臣に益々からかうように抱きしめられた。
「約束。明日は一日一緒に過ごす」
 望美の手を取ると、将臣は小指を絡めてきた。
「ゆびきりげんまん?」
「ああ。お子様のお前のレベルにあわせてな」
「うー、おバカー」
 まるで小さな子供のように、ふたりは指を絡ませあい、何度も手を振った。
「約束な?」
「うん、約束!」
 小さな子供の頃にすぐに帰れてしまう自分たちを誇りに思いながら、望美は無邪気な夏の太陽のような気分で笑った。
「後、もうひとつ約束」
「もうひとつ?」
「お前、明日さ、この間、着ていたワンピースを着てこいよ。あれ、すげぇ似合ってたから」
 将臣にストレートに褒められると、動悸が激しくなり過ぎて、頭がくらくらしてしまう。このまま心臓が破裂してしまうのではないかと思った。
「…解った。あのワンピースを着て、お洒落をする」「ああ」
 将臣はふと、ダイバーズウォッチを眺めた。
「タイムリミットだな。バイトに行かなくちゃならねぇな」
 将臣は溜め息を小さくつくと、望美から緩やかに離れていく。
 温もりが失われ、望美は心のかけらがどこかに行ってしまったような喪失感を覚えた。
 泣きそうな顔を無意識にして将臣を見上げると、困ったように笑う。
「…明日一日傍にいられるからな」
「うん」
 本当にリアルなリミテッドラバーズ。
 期間限定の恋人同士だとは、とうの自分たちが信じられない。
 将臣は望美に顔を近づけると、触れるだけのバードキスをした。
 触れるだけのキスでも、一気に欲望が上がってくる。甘くて胸が疼く気分に、走りたくなる。
「明日な」
 ぼんやりとしていたせいか、頬を軽く指先で叩かれて、ようやく頭が回る。
「うん…、明日」
 眩しい光の中に、将臣は歩いていく。望美は将臣に手を振って見送った。
「さて、私も藤沢に行くかな」
 望美は昨日の朝の暗い気分など全く忘れて、太陽に向かって思いっきり伸びをする。
 太陽が輝く未来のように思えた。

 藤沢に行き、望美はいくつかショップを回る。
 ダイビングが好きで、海が好きな将臣にあったものをプレゼントしたい。
 望美はただその一心で、様々な店を覗いた。
「あ…ブルー天然石のチョーカー」
 望美は掌にそれを置き、ライトに翳してみる。
 まるで虹がそこにプリズムを作っているように、キラキラ輝いていて、海の底に反射する太陽の光のようだった。
 値札を見ると、残りの夏休み、何処にも遊びに行かなければ何とか出来そうだ。
 望美はそれを手に取ると、レジに向かう。
 ドキドキしながら、それを店員に差し出した。
「…プレゼントなんです。大切な人への」
「はい、解りました」
 柔らかに微笑んでくれた店員は、いつもよりも丁寧にラッピングをしてくれる。
「有り難うございます」
 望美は深々と頭を下げると、胸を張って店を出て行く。
 楽しい気分になりながら、望美はスキップをした。
 明日はきっと、最高の思いで深い一日になるだろうから-----




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