8月11日
将臣と約束をしたから、あのとびきりイノセントなノースリーブワンピースを着る。 いつもよりも綺麗できらきらしていたくて、望美は念入りに日焼け止めを塗り、眉を整え、マスカラを塗り、グロスでふっくら唇になった。 今日は将臣のバースデーイヴ。だからこそ、めいいっぱい綺麗になりたい。 なら、バースデーの時はどうなるというのだろうか。 今日、切り札を使ってしまったら、他に切り出すカードはもう無くなってしまう。 期間限定の恋人達だから、それももう必要ではないのだろうか。 望美は机の上に置いたプレゼントを手にすると、胸の奥が甘苦しい気持ちになった。 明日に渡すよりも、何故だか今日、渡したくなる。例えかりそめであったとしても恋人のままで渡したかった。 望美は、玄関に立って将臣を待ち構える。 インターフォンが成った途端に、望美はドアを開けた。 「待っていたよ」 「いきなりドアが開いてびっくりした」 将臣は、真夏の太陽が宿ったような笑みを浮かべると、望美の腕を取る。 「行こうぜ、時間は待ってくれねぇからな」 「そうだね」 台風の影響か、すっきりと晴れ上がってはいないが、将臣がいれば真夏の太陽よりも輝いているような気がした。 「今日はどこに行くの?」 「いろいろ落ち着いた場所をゆっくり行きたいな」 「うん」 本当は将臣がいる場所ならば、望美はどこでも良かった。 ふたりは手をしっかりと繋ぎあった。 極楽寺の駅を通り過ぎ、ふたりは歩いて長谷方面に向かう。 「長谷寺に行こうぜ。で、大仏を見て、ゆっくり鎌倉に行こうぜ。熱くて大変だったら言えよ」 「うん」 望美は暑さに目を細めながらも、将臣から離れないように、しっかりと寄り添った。 「なあ」 「何」 将臣は照れたように目を細めると、望美を柔らかい眼差しで捕らえる。 「有り難な」 「え?」 「その姿、すげぇ似合ってる。誰にもやりたくねぇぐらいにな」 心臓が大きく揺れるような一言に、望美は呼吸困難になるのを感じる。 「有り難う…」 「ずっと、俺とどこか行くときは、こうやって綺麗な恰好をしてくれよな」 「将臣くん…」 望美は嬉しくて、いつもより密着する。寄り掛かって甘えると、将臣はしっかりと受け止めてくれた。 長谷寺の境内に入り、ふたりはゆっくりと歩く。 静けさからか、とても心が落ち着く。 「たまにはこうやって地元を歩くのも良いものだよね」 「そうだろ? この後、文学館に行って、ちょっと賢くなった気分に浸ろうぜ」 「そうだね」 静かな境内をただふたりで歩く。 それだけのデートなのに、楽しくてスキップしてしまいたくなった。 長谷寺の境内の隅に行くと、将臣は思い詰めたような表情を望美に向けて来る。 セクシィで熱い眼差しに、望美は喉がからからになるのを感じた。 顔が望美を逃がさないかのように近づいてくる。 綺麗な上に男らしい精悍さを兼ね備えている将臣に近づかれると、それだけで立っていられなくなるぐらいに甘いトラップに嵌まってしまう。 唇が触れ合った。 仏様が見ているから、きっとふたりの幸福を見守ってくれるはず。 将臣は望美を抱き寄せると、深い角度で唇を重ねて来た。 「…んっ…!」 この十日の間に、何時将臣とキスをしただろうか。 甘いキスは、どれもロマンティックで望美を夢中にさせるものだった。 キスをする度に、将臣のことをどんどん好きになってしまう。 期間限定の恋人でなくなってしまえば、切なくなるだろうと思った。 将臣は、望美にしがみつくような深いキスを浴びせてくる。 誰が来るか解らない境内なのに、将臣は熱いキスを止めなかった。 腰から足首にかけて激しく痺れる。このまま崩れ落ちても構わないと思っても、将臣がしっかりと支えてくれた。 キスが終わっても、酸素を求める金魚のように、望美は口をパクパクと開ける。 「暫くここでじっとしておかなきゃな」 「将臣くんが…その…凄いキスをするから…」 望美は頬を赤らめながら、睨むように視線で将臣を捕らえた。 「んな顔をすると、男に襲われるぞ。俺の前だからいいけどな」 将臣は綺麗な瞳にキツイ影を宿し、どこか怒っているように見える。 「…望美、マジその顔をするな」 「じゃあ、将臣くんは…その…そんな気持ちになっちゃうの?」 耳の下のパルスが激しく震える。 狡いと思ったが、望美は将臣の本心が知りたくてきいてみた。 「…そうだな…。それはまたお楽しみだ」 はぐらかすと将臣は望美の腕を強く取って、寺を出ていく。甘さの足りない、少しばかり乱暴な誘導ではあったが、望美はそれでも幸福な気分を味わえた。 デートと鎌倉の古刹を回る、クラシカルでどこかロマンスの香りが漂うものだった。 流石に小町通で食べたカレーライスは、いつもの賑やかなふたりの関係を思い出させてくれたけれども。 手を繋いで、夕方の海に出た。 やはり定番の場所に帰って来てしまう。 「やっぱりここに来てしまうね」 「そうだな」 お互いに顔を見合わせて、くすりと笑う。それはまるでふたりにしか解らない暗号のような秘密めいたものがあった。 夕日を見ていると、秋に向かう色が僅かずつ濃くなっているのを感じた。 乱痴気騒ぎ騒ぎの夏が終わり、静かに成熟を始める秋、そして総てが停止する冬へと向かう。そしてまた若い息吹溢れる、優しい春へと戻るのだ。 まるでその営みは、恋に似ているような気がした。 望美は視線を夕日に落としながら、明日のことを思った。 明日は大好きなひとの大切なバースデーであると同時に、ふたりの恋人ごっこの期限の日でもある。 それを思うと、今すぐ大声で泣きたくなった。 疲れを引きずり遊園地から帰るノスタルジアを感じる寂しさよりも、もっともっと寂しい。 失い、総てが霧散してしまうような絶望が心に滲み、このまま時間に縋り付いていたくなった。 だから。恋人のままでバースデープレゼントを送りたい。 お気に入りのバッグから、望美は昨日のプレゼントを取り出した。 「…はい、将臣くん誕生日おめでとう」 望美がプレゼントを差し出すと、将臣は困ったように苦笑いを浮かべる。 「俺の誕生日は明日だぜ?」 「…今すぐ渡したいの…」 「どうして?」 将臣は怪訝そうに望美とプレゼントを見つめる。 「今日ならまだまだ恋人同士だから。明日だったら、もう少ししかこうしていられないのが我慢出来ないから」 「望美…!」 将臣は苦しむように望美の名前をくぐもる声で囁くと、思い切り抱きしめて来た。 「…可愛いこと言うなよ…!」 肋骨が軋んでしまうほどに抱きすくめられ、望美はその強さに驚き、心を奪われる。 「今夜、俺の部屋に忍んで来いよ。俺が一番欲しいプレゼントを教えてやる」 望美は将臣の男らしい香りに包まれながら、ただ一度頷いた。 |