Limited Lovers

8月4日


 将臣は気まぐれなのか、それとも本気なのか。
 どちらとも見分けられないキスをされて、望美は考え込んでしまった。
 今日の将臣は、一日アルバイトでいないから、ドキドキに振り回されることはない。
 だが近頃、それが心地良く感じる自分がいることを、望美は感じている。
 夜になるまで、将臣が来ないかどうかそわそわしてしまう自分がいて、望美は苦笑いした。
 将臣と一緒にいるのはとても愉しいし、また夏休みのスペシャルな出来事のようにも思える。
 高校二年生まで幼なじみをやっているせいか、中々、その先の一歩がふたりにとっては難しい。
 望美は溜め息をまたひとつつくと、ぼんやりと縁側を眺めた。
「恋をするっていうのは良いものよねえ」
 母親が悩み多き望美の横顔を見つめながら、相も変わらず微笑んでいる。
「そんなんじゃないよ」
「だってあなた、最近は将臣くんが誘わないとどこにも行かないじゃない」
「あれはたまたまだし、友達はカレシと遊びに行ってばかりいるから、捕まらないし」
 望美がぶつぶつと妖しい呪文を呟くように言うと、母親は髪をくしゃりと撫でた。
「だったらあなたもそのカレシとやらを作ればいいじゃない」
「お父さんが哀しむよ」
 望美はさらりと反論したが、母親は懲りないように笑っている。
「そんなことはないわよ。よく識っているひとを選んだらね!」
 母親が誰のことを言っているのかは解っている。確かに将臣ならば身元も確かで、何よりもよく識っているから安心だろう。
「…相手の気持ちがいるものだよ、お母さん」
 望美がだらりとしたワンピース姿で膝を抱えていると、インターホンが鳴った。
 思わず姿勢を正してしまう望美に、母親は苦笑する。
「きっと予想通りの相手じゃないの? アルバイトも終わった時間だろうし」
「もうっ! お母さんのバカっ!」
 母親は鼻歌交じりに玄関先へと逃げていく。
 母親に怒りながらも、望美は耳をそばだてた。
 耳を澄ませば、望美の大好きな人の声が聞こえる。良く響く声は極上のスウィーツのようだ。
「望美! 将臣くんよっ!」
 母親がウキウキした声で呼ぶものだから、望美は自分だけは浮足立った態度は止めようと自嘲しながら、ゆっくりと玄関先に向かった。
「将臣くん」
 将臣の姿を見るだけで、笑顔が零れてしまう。
「花火しねぇか。貰って来たんだよ」
「うん! するする!」
 まるで子供のように軽くジャンプをすると、母親がじっと幸せそうな眼差しで見つめていた。
「いってらっしゃい」
「あ、うん…。言われなくても行くよ」
 望美がパタパタとミュールを履くと、母親は笑顔で見送ってくれる。その瞳には、期待がありありと滲んでいた。
「…お前、またからかわれていたんだろ?」
「うん。お母さんはすっかりその気だよ」
 将臣を見上げれば、その瞳は楽しそうだ。幸福色が滲んでいる。
「そう思わせていればいい」
 将臣が何気ないことのように言うものだから、全身の血液が煮えたぎるように熱く速い流れを形成した。
「将臣くんは…お母さんたちに誤解させておいたままでいいの?」
 将臣は瞳から幸福の光を引っ込めると、険しい光を宿す。スッと細められた瞳には、ただ冷たさだけが滲んでいた。
「…私は構わないんだよ」
「だったら俺も構わない。誤解されたままでもな。ずっと」
 冷たさが春のように緩む。
 本当にそう思ってくれているなら、どれほど嬉しいことだろうか。
 本当ではない事実を思い出し、胸が切なく軋んだ。
「花火をしようぜ。ガキの時みてえに」
「そうだね。また小さな頃に戻ったみたいに」
 ふたりは有川家の離れに面した見事な庭に行き、そこで花火の準備をする。
「将臣くん! 線香花火だよっ! 懐かしいな…!」
「お前、花が咲いたみたいだって、線香花火が好きだったもんな」
「今でも大好きだよ」
 望美は、不器用にパッケージをぼろぼろにして破ると、そこから花火を取り出す。将臣は懐かしそうに笑っていた。
「相変わらず、不器用だよな」
「ちょっと失敗しただけじゃないの」
 望美が唇を尖らせてむくれると、将臣は指先で突いてくる。
 まるで心を指先で突かれたようで、心が甘い痛みを宿す。
 肌が紅く熱くなった。
 恥ずかしくて真っ赤になっているのか、怒りで真っ赤になっているのか。その理由を一番解っているのは、望美自身だ。
 真っ赤になって怒る望美の瞳を、将臣は覗きこんできた。
「本当のことを言ったまでだぜ」
「知らないもん! 将臣くんには花火をあげないから」
「それは俺が貰ったもんだろうが」
 将臣は望美とじゃれるように、ひょいと線香花火を袋から抜き取る。
「あーっ!」
「元々は俺のもんだからな、ほら、やろうぜ、花火」
 将臣は、小さな頃と同じように腰を下ろすと、ライターで花火に火をつける。
「おら、お前も」
「うん」
 ふたりで息がかかってしまうほどに近い距離で、顔を付き合わせる。
 仄々としたオレンジの光は、まるで過去を象徴するように輝き、ふたりを照らしている。
「昔さ、よくこうやって花火をしたよな。お互いに飽きもせずによくやったよな」
「私は花火の優しい光が大好きだったから、線香花火をしょっちゅうしていたな」
「そうそう。お前さ、線香花火をしている時だけ、無茶苦茶嬉しい顔をするんだよな。で、終わったら泣いちまうの」
 将臣は幸福のかけらを話しているかのように、優美に響く低い声で囁いてくる。
 将臣の声のトーンはとても心地が良くて、望美は幸福の光が溢れる気分になる。
「…何だか、宴が終わるような気がして、寂しかったんだよ…。だってね、楽しいことがあっという間に消えてしまうような気がしたから」
 望美は、小さな珠のように地面に転がり消える花火の粒を、切ない気分で眺める。
 まるでそれは、望美の恋のようにはかない気がしたから。
 いくら将臣を好きでいたとしても、望美は幼なじみで、偽物のカノジョでしかないのだから。
 はかないはかない線香花火。
 その種火を消したくはなくて、落ちる寸前に次の花火に移していく。
 まるで自分の恋を保身するかのように。
「そんなに好きだったら、今度はもっと持ってきてやるよ」
 囁いてくれた将臣は、オレンジ色の光に彩られて、いつもよりも精悍さが増して見える。顎のラインは、よりセクシィに男らしく見えた。
「マジで今度は飽きてしょうがねぇぐれぇに線香花火をしようぜ」
「そうだね」
 沢山すれば線香花火にはいつか飽きてしまうかもしれない。だが、いつまで経っても将臣には飽きないような気がした。
 線香花火が最後の一本になる。
「最後はお前がやれよ。昔からさ、線香花火がなくなると、直ぐにびーびー泣いていただろ? だからお前に譲る」
「有り難う」
 素直に花火を貰い、望美は最後の一本に種火を移す。
「…はかないから綺麗なんだね」
「そうだな」
 将臣は大人の男を感じさせる笑みをフッと唇に浮かべると、望美に顔を近づけてくる。
 唇が重なり、ふいに優しい闇が下りる。
 線香花火の種火がぽとりと地面に堕ちた。
「----明日、祭に行こうぜ」
 望美は暗闇の中、ただぼんやりと肯く。




back top next