Limited Lovers

8月5日


「お母さん、今日はうんと、可愛くしてね」
「はい、はい」
 今日は近くの神社で祭があり、望美は将臣と一緒に行く約束をしたのだ。
 出来るだけお洒落をして将臣と一緒に、夏の夜のスペシャルな時間を共有したい。
 母親に浴衣の着付けと髪を上げるのを手伝って貰った。
 その後自分で薄化粧をする。
 まだまだ化粧は初心者だから、望美は母親にレクチャーを受けながら、膚に色を乗せていく。それは白いキャンバスに恋の色を乗せていくようだった。
「うん。うちの娘は中々土台がよいから良い感じになったんじゃないかしら」
 母親は自慢げに言うと、柔らかい眼差しで眩しそうに望美を見つめる。
「すっかり大きくなっちゃったね、望美。将臣くんと抜け出して、指輪をはめながら、強情に泣いていたのがついこの間のことなのにね」
「あれからもう10年だよ」
 あの夏祭りを、望美が忘れられるはずがない。将臣が夜店で買ってくれたプラスティックの指輪は、今でも宝物として、大切に宝石箱に残している。
 将臣に指輪をプレゼントして貰ったのが嬉しくて堪らなくて、泣きそうなぐらいに笑ったあの日。あんなに幼かったのに、あの時悟ったのだ。将臣が好きだということを。
 震える小指でグロスを整えていると、インターフォンが鳴る。
「はい。あ、将臣くん? ええ、望美は支度できてますよ」
 母親は穏やかに言うと、望美に振る帰って微笑む。
「大好きなひとがお迎えに来たわよ」
「ちょっ、お母さん!」
 まるで紅ショウガのように望美が耳まで真っ赤にして怒ると、母親は娘の成長を喜ぶように目を細めた。
「ほら、いってらっしゃい」
「あ、うん」
 背中を押されて、望美はばたばたと玄関に向かった。
「お待たせ…」
 浴衣姿だと改まっているような気がして、望美は照れてしまい、まるで敵の様子を木陰から見つめる小心者のようにドアから顔を覗かせた。
「待ったぜ…」
 いつもなら語尾の響きがからかうようなのに、一瞬、緊張したように息を呑んだように思えた。
 将臣のクールな瞳に熱っぽく見つめられて、望美は肌を震わせる。
 こんなにも胸の奥が甘く支えるとは思わなかった。
「行くか」
「うん」
 将臣は艶やかな亜麻色の膚に、ブラックのTシャツとブラックジーンズという、とても17歳には見えないような大人びた雰囲気を出している。汗が滲んだ腕が光り、それが望美を惹きつける。まるでオスが自分の存在を高らかに示しているかのように。
 将臣の大きな手が、望美の小さくて白い手を捕らえた。
「今日、お前下駄だから名。きっと動きが悪いだろ」
「そんなことないもん」
「どうだか」
 将臣はからかいながらも、望美を見つめる瞳は艶めいている。
 しっかりと絡めた手は熱く、望美はこの強さにずっと導かれたいと思った。
 ふたりで肩を並べて、屋台を見て回る。
「あ、大阪焼き!」
「こんなんんは、本場の方が美味いんだよ」
「本当に! あ! リンゴ飴!」
「ったく、お前は食い気ばっかだな」
 屋台に目移りしながら望美がふらふらしていると、将臣は笑いながら見守ってくれる。
 こうしていると、期間限定の恋人同士だと言うことを忘れてしまう。
 誰が見ても、愛し合っている恋人同士に見えるのに、その実は望美の一方的な恋。
 それを思い出すだけで、闇の中に迷い込んでしまった気分になる。
「あんまりよそ見をするなよ」
「うん、解ってるよ」
 将臣はどこか面倒くさげに言うと、怒ったように歩いていく。
「あの子可愛いなあ」
 通りすがりの見知らぬ男に囁かれて、望美はドキリとする。その言葉を聞いた途端、将臣の指が望美の手首に食い込んできた。
 入れられる力が強引になる。
 痛いはずなのに、望美にはそれが心地良かった。
 不意に、望美の瞳に、きらりと光るものが飛び込んできた。
 思わず足を止めると、天然石を小さく付けた、手作りの指輪が並んでいる。
 おもちゃのような指輪は、値段もまた可愛い。
「…指輪…」
 立ち止まってうっとりと眺めていると、将臣もまた、望美と同じ目線で眺めてきた。
「いくつになっても、お前の欲しいものは変わらねぇみてぇだな」
 将臣は遠い昔。ふたりがまだ、男だとか女だとか、そんなことを気にしなかった頃の想い出。
 あの頃と同じように、望美は甘酸っぱい気分になり、ただ指輪を見つめる。その手に取ってしまったら、欲しくなってしまうから。だからただ眺めていた。
 将臣に買って貰いたいと、そんなことを思ってしまうから。だからこそ、ここにいないほうがいい。
「そのピンクの石かよ。好きだな、ピンク」
「だって可愛いから。だけどまたにしようかな」
 望美は将臣に笑いかけると、夜店から離れようとする。
「待てよ」
 将臣は望美の腕を強く握って制すると、視線の向こうにある宙びわを手に取った。
「1000円だな」
「はい、まいどあり。彼女に似合いますよ」
「ああ」
 いつもなら節約だと言ってすんなりと財布を出さない将臣なのに、今夜はお祭りだから化すんなりと出す。
 それも自分のものではなく、望美のものにだ。
 将臣は望美の手をしっかりと取ると、強引に歩き出す。
「ま、待ってよ!」
「まいどあり〜」
 将臣は、望美に夜店を冷やかす暇も与えず、ただ歩いていく。
 夜店を抜けて、神社の裏手にたどり着いた。
 そこは、かつて将臣が望美に指輪をくれた場所だ。
 どこかノスタルジックで、優美な場所だ。
「…覚えてくれていたんだ…」
「当然だろ」
 将臣はさらりと言うと、あの時と同じように、望美の左手を取る。
 あの時は、薬指に、おもちゃの指輪をはめてくれたが、今回もまた同じように指輪を滑らせてくれた。
 月の光が、まるでスポットライトのように厳かにふたりを照らしてくれる。
 するりと指輪が望美の左指にはめられる。
 ふたりだけの愛の誓いの儀式のようで、望美は胸の奥が感極まる余りに締め付けられた。
 息が出来ないほどに幸せを感じる。
 指輪が左手の薬指にぴったりとはまったのを見て、望美は一筋の涙をこぼした。
「…有り難う…」
「だったらお礼をくれよ」
 将臣が顔を近づけてくる。
 期間限定の恋人になってから、何度目のキスだろうか。
 将臣は深い角度で口づけてくる。
 舌が入り込んだ、アドバンスな口づけをされたのは、初めてだった----




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