8月7日
期間限定の恋人同士だから、この季節にしか出来ないことを、望美はしてみたかった。 そのひとつが、将臣と海へと繰り出すこと。 海など久方ぶりで、スクール水着以外のものを使うのも久し振りだ。 玄関先でいつものように待ち合わせをして、平日だと比較的空いている海岸へと、自転車で向かった。 「自転車の二人乗りで、こうやって海に行くのは、私たちか小学生ぐらいだよね」 「お前、小学生みてぇに服の下は水着でしたってオチじゃねぇよな」 「流石にそれはないよ。汗でべとべとになっちゃうじゃない」 望美は笑いながら、将臣の広い背中や、男らしい匂いを意識しないようにする。 そうしなければシェットコースターに乗った時のようにドキドキでおかしくなってしまいそうだったから。 「きゃあっ!」 自転車が急に石の上に乗り上げてしまい、躰が大きく傾く。望美は思わず大声を上げた。 将臣にギュッと強く抱き着いてしまい、胸の筋肉をダイレクトに感じてしまう。 引き締まったラインに興奮してしまい、喉がからからに渇いてしまった。 「…そのまま…」 「え?」 「そのまましっかり捕まっていろよ!」 将臣はやけくそになっているかのように、急に自転車のペダルを漕ぎ出す。 「コースターよりもスリリングな気分を味あわせてやるよ」 「ちょっと! やめてよー」 笑いながらの抗議は、風に掻き消されて揺れる。将臣はふざけるように、大きな声を上げていた。 海に着くと、更衣室に駆け込み水着に着替える。 何だか将臣の視線を想像してしまい、望美は肌が敏感になるのを感じた。 水着はピンクのワンピース。わざとラインを強調しないものを選んだつもりだったが、それでも望美の柔らかなラインをいやがおうでも浮きだたせている。 水着を着込み、ウォータープルーフの日焼け止めをしっかりと塗ると、更にパーカーで防御した。 きっと将臣なら意味はないと言って笑うだろうが。 麦藁帽子を深めに被りビーチに出ると、すぐ将臣を見つけられた。 夏の海に似合うカフェオレ色に焼けた肌と、鞭のようにしなやかな筋肉を持つボディラインは、女性の視線をくぎづけにしている。 多くの女性から発せられている将臣を誘惑するような視線に、望美はいささか気後れを感じていた。 「将臣くん!」 望美が声をかけると、将臣は望美だけを真っ直ぐと見つめてくれた。 夏の太陽に愛されながらも、深い艶のある影を秘める瞳は、望美の心を激しく揺さ振る。 眼差しだけて脚が震えてしまう。 望美は溺れているような気分になりながら、将臣に向かって駆けていった。 「あっ!」 「おいっ!」 砂浜にすっぽりと埋まってしまい、望美はバランスを崩す。 伸びてきた将臣の腕が、しっかりと抱き留めてくれた。 「…ごめん」 「ったくお前はそそっかし過ぎるんだよ」 裸の胸に抱かれているのが落ち着かなくて、望美は腕からさりげなく逃れようとする。 だが将臣の力は肌に食い込む一方だ。 「ま、将臣くん。ひとりで歩けるから」 「お前のことだ、またズボッと穴にはまるさ」 「そ、そんなに鈍臭く…」 そこまで反論しても、全くリアリティに欠ける。望美が穴に落ちたのは、紛れのない事実だ。 「来いよ。折角誘ったから、良いもんを見せてやるよ」 「うん」 将臣は、白い望美の肌にすっと手の平を這わせ、試すような瞳をエロティックに投げ掛けてきた。 肌と心が震えて、思わずそこに触れてしまう。 「行こうぜ」 将臣は望美の手をしっかりと繋ぐと、男らしいストライドで歩いていく。 視線を肌に感じる。 女性も男性も、じっと自分たちを見ているのが解る。 恥ずかしさが滲んできて、望美は俯く。望美が転ばないように、将臣はしっかりと支えてくれた。 人が少なくなる岩場を歩くと、やがて光を滲ませた海が見える。 「…綺麗だあ」 「だろ? この海をお前に見せたかったの」 将臣は笑みを唇に浮かべると、望美から手を離し、海に入っていく。 「あ、待ってよ!」 望美が海に入ると、意外なほどに深くて、息を呑んだ。 「向こうに行くぞ」 「凄く深くなるんじゃないの?」 望美は人並みにしか泳げないせいで、腰が引けてしまう。浅瀬に立ち尽くしていると、将臣が苦笑いをして腕を取ってくれた。 「俺がちゃんと見ていてやるから、大丈夫だ」 「将臣くん…」 望美は怖さよりも将臣への恋心を選択し、小さく頷いた。 「大丈夫だ。いつでも見ていてやるから」 浅く深呼吸をすると、望美は将臣についていった。 身長が20センチも違うせいか、望美は直ぐに首だけ出る状態になる。 「俺にしっかり捕まっていろ。抱き着くみたいに、首に腕を回せ」 「うん」 こんなにも将臣に密着するのは初めてのせいか、望美の心臓は、今止まってもおかしくないほどに激しくビートを刻んでいた。 何時もなら何気なく背中に胸を押し付けていたが、流石に将臣の硬い胸板に押し付けるのは恥ずかしい。 乳房が胸板に当たらないようにしていると、将臣に引き寄せられてしまった。 将臣はどこかシリアスな表情で、望美を抱き寄せる。 触れ合う硬い胸と柔らかい胸が、ふたりの性別の違いをまざまざと見せ付けていた。 将臣は望美を抱えたまま、更に深い場所へと歩いていく。 とうとう将臣も肩しか出ない状態になると立ち止まった。 「俺が支えてやるから、ここからは泳ごうぜ。綺麗なものも見られるから」 「うん」 将臣は望美の手をしっかりと握り締め、深く潜り始めた。 望美もまた少し遅れて潜る。 手を繋いで、ふたりは散歩でもするかのように深く潜る。 目をゆっくりと開けると、将臣がこちらを見て笑ったような気がした。 ふたりで海をこうして泳ぐなんて、まるでお伽話の中に入り込んでしまったかのようだ。 ロマンティックで美しい世界に迷い込んだ、たった一組のカップルのように思えた。 将臣が望美を抱き寄せる。 顔がごく自然に近づくと、唇が重なった。 本物の恋人達のように、甘いフェアリーテールのようにキスをする。 このすてきな世界を、望美は忘れることなど出来ないと思った。 唇が離れると、心も離れたように切なくなる。 将臣は浅瀬まで歩くと、望美の肩を軽く叩いた。 「もう立てるぞ」 望美は顔を上げると、立ち上がった。 「有り難う! 凄く綺麗だった!」 望美は本当に嬉しくて、素直に笑いかけると、将臣に抱き寄せられる。 「キラキラ可愛い顔をしてんじゃねぇよ」 将臣は望美の腰を抱くと、唇を深く重ねてくる。 夏色にロマンティックなキスは潮騒の味がした。 |