Beauty Or Beast

2


 あんなにいけ好かない男が、自分の上司だなんて、望美は考えたくもなかった。
 危険過ぎる冷たい眼差しも気に食わない。自分に直接被害が被ることがないように、祈るしかなかった。
「では、平マネージャーにご挨拶を頂きます」
 平知盛と言う名を持つ危険人物はゆっくりと薄くて整った唇を開いた。
「……平知盛だ……。…ここの部署は……面白い人材が豊富だと…聞く」
 知盛は意味深に望美の顔を見るものだから、余計に憤慨してしまう。
 あんな男と一緒に仕事なんつ出来ないと、望美は不機嫌なアヒルみたいな顔で、話を聞いていた。
「……宜しくな…」
 フッと笑うと、知盛はそれ以上は話さなかった。
 寡黙なのか、それとも話すのが怠いのか。微妙な雰囲気を感じずにはいられなかった。
「では以上だ。各自、仕事に戻るように!」
 マネージャーよりも上司であるはずの部長が、かなり気を遣っている。やはり、平直系の男だからだろうか。
 いずれは会社の上層部に来る人間だからか、阻喪がないようにと考えているのだろう。
 あんなやつに媚びなくたっていい。正当な理由なく、居眠りで遅れてしまうような男は、望美はいらないと思っていた。
 だが、横で話を聞いていた同僚は違っている。目をハート形にして、すっかり魅了されているようだ。
 確かに整った顔をしてはいるが、そんなことでは騙されないと望美は強く思っていた。
 あの奥には絶対に悪魔がいると、思わずにはいられないのだから。
「望美、凄くステキだったよね! 目の保養になるよお、ホント! 私たちはラッキーなのかもよ!」
決してそんなことはないと思いながらも、望美は同僚に合わせて相槌を打っていた。
「…春日くん」
 デスクに戻ろうとすると、突然、部長に呼び止められ、望美は振り返った。
「はい」
「突然だが、君に辞令が下りた」
「辞令?」
 こんな時期に異動だとは、望美は驚かずにはいられなかった。しかも内示もないままに。
「異動ですか?」
「異動と言っても支社内のものだ。安心しなさい」
「はあ…」
 支社内での異動と知り、内心ホッとした。それにこの部署から離れることが出来れば、あの憎たらしい丸太ん棒とはバイバイ出来るのだから、一石二鳥なのかもしれない。
「どこにですか?」
 部長は背筋を正すと、そのへんのコピー用紙に達筆で書かれた辞令を読み上げた。
「春日望美、平マネージャー付きプロジェクトアシスタントを命じる!」
 一瞬、望美には何が起こったのか解らなかった。
 ただ、あのいけ好かない上司とは、より親密に付き合っていかなければならないことは、解った。
「わ、私がですか!? も、もっと適任者がというより、やりたいと思っているひとがいるはずです!」
 なるべくなら厄介な危機は避けたいものである。望美は、眉根を寄せると、あからさまに不快感を現した。
「…命令だ……」
 独特の声にはっとして顔を上げると、知盛が不敵な笑みを浮かべてこちらを見ている。
 その眼差しに屈服してしまいそうな自分が嫌で、望美はわざと視線を逸らした。
「…私は資格は持っていません」
「…お前の仕事に…資格はいらない…だろう…」
「いります! 危険物取扱主任技術者の資格が!」
 望美が強い調子で言うと、知盛は更に面白がるように笑う。
「……無駄な抵抗は…止めろ…。辞令は下ったのだからな…。俺の部屋に行くぞ…」
「部屋って!」
「マネージャー室を…用意してもらったからな…」
 知漏は望美の答えなど必要ないとばからに、すたすたと前に歩いて行く。望美は仕方がなくぺたぺたと後ろに着いていった。
「……仕事は…俺を補佐する仕事だ…」
「はい」
 こんなマネージャー付きになってしまうなんて、先が思いやられてしまうと思いながら、望美は着いていくしかなかった。
 流石は御曹司なだけはあり、立派な部屋が用意されている。
「…寝場所がないと…困るからな…」
 知盛は部屋に入るなり、立派な革ばりのソファーに横になり、目をつむる。
 仕事中だというのに、一体、この男は何を考えているのかと、望美は思わずにはいられなかった。
 呆れてものが言えない。
「寝るんじゃなくて、ちゃんと真面目に仕事をして下さいっ!」
 望美は余りのぐうたらさに、怒りをぶつけるように言ったが、知盛は眉を上げるだけで目を開けようとはしない。
「…俺のアシスタント…は…、働き者が…必要だからな…。覚悟をしておけ……」
 知盛は落ち着きを払いながら、堅苦しいネクタイを外す。その仕草がなまめかしくて、望美は胸が苦しいぐらいに高まる。
「…早速だが…、俺の印鑑を押して…あの書類の束を片付けろ…」
 気まぐれな猫みたいに突然、何を言い出すのかと、望美は思った。
 平家の直系だからといって、こんな怠け者に重職を与えるなんて、どうかしていると、望美は思わずにはいられない。
「書類に目を通していないのに、そんなことをしていいんですかっ!?」
 この男の相手をまともにしていたら、いつも呼吸不全になるような気がした。
「…構わない…。書類はちゃんと目を通した…。そこにあるのは……、決裁して良いものばかりだ…」
 知盛は浅い呼吸をすると、けだるげに髪をかきあげる。
「…頼んだぞ。後は」
「ちょっ、ちょっと!」
 望美がいくら言っても、知盛は反応しない。それどころか、寝息を立ててしまっている。
「ったく、もう」
 望美は呆れ果ててしまい、何も言うことはない。知盛のデスクに座ると、言われた通りに決裁印を押し始めた。
 書類に目を通しながら決裁印を押していると、知盛がちゃんと書類に目を通しているのは解った。
 きちんとした書類ばかりだったからだ。
「イチオウはちゃんと、書類には目を通しているんだ」
 望美はほんの少し安心しながら、決裁印を押していった。
 全部に押し終わり、眠りこける知盛に声をかけた。
「平マネージャー、全部出来ました」
 声をかけたものの、知盛は答えない。聞こえてくるのは、安らかな寝息だけだ。
 そろそろランチタイムだというのに、知盛に一言言わなければ、行けないではないか。
 望美は知盛の顔を覗き込むように見た。
「マネージャー、書類が出来ましたから、ランチに行きますよ」
 わりと大きな声で言ったつもりだったのに、知盛からの反応はない。
 長くて綺麗な睫毛が時折動くだけだ。
「マネージャー!」
 今度こそと思い、更に大きな声を出したが、それでも反応しない。
「もうっ!」
 望美はまたぐつぐつと煮詰まり、まるでメデューサみたいな表情になってしまう。
 ふと、デスク近くに竹刀が立て掛けられているのが見えた。
 望美は剣道で有段者だ。
 旨く脅すにはわけない。
「…少しぐらい、脅かしてもいいよね。だって、悪いんだもん」
 望美は竹刀を手に取ると、知盛に向かって振りかざした。
「すきあり!」
 顔の直前で止めるはずだった。
 だが。
 しっかりと受け止められたような重さが、ずっしりと手に感じた。
 痺れるような感覚に、望美が知盛を見ると、しっかりと受け止められていた。
 竹刀を、しかも片手で受け止める男がいるなんて、今まで識らなかった。
「……寝込みを襲うとは……、危ない…お嬢さん…だな」
 知盛はどこか愉しむような冷徹な笑みを浮かべると、望美の手首を掴んで自分に引き寄せる。
「ちょっ!? マネージャー!!」
「…マネージャー…だなんて…中途半端な……呼び方は…止めろ…望美…」
 呼び捨てられて、望美はドキリとした。
 本当は嫌なはずなのに、どうしつこんなに時めいてしまうのだろうか。
「…知盛と呼べ…望美……」
「呼べませんっ!」
「…フン…中々楽しませて…くれる…唇だな……。お仕置きが……必要だな……」
 知盛の綺麗な顔が近づいてきて、望美は驚きの余りに強張る。
 突然、唇が重ねられた。
コメント

パラレルな知望です。
書いていて楽しいです(笑)




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