Beauty Or Beast

4


 商談が行われるホテルに近付くにつれて、望美は緊張してしまう。
「…硬くなるな…。お前には…、…てきぱき商談で動くとかは…期待しては…いない…」
 いきなり失礼な言葉を浴びせ掛けられて、望美は知盛の指を、暴力的な意味合いで握り締めた。
 腕相撲でチャンピオンになったこともあるせいか、「痛い」と言わせる地震はあったのに。
 だが望美は涼しげな顔をし、望美を意味ありげな眼差しを向けてくる。
「…望美…。…俺と離れたくないか…」
「…なっ…!」
 知盛は鼻につくような笑みを向け、望美は甘い残忍さで追い詰めていく。
「そんなことあるわけないじゃないっ!」
 忿懣やる方ない望美が知盛の指からするりとぬけようとすると、逆に手を握り返されてしまった。
「…迷子になったら困るだろう…。お嬢さん…」
「へんなところで、お嬢さん扱いはしないでっ!」
「いつもお嬢さん扱いを…してやって…いる…」
「お嬢さん扱いなんてされていませんっ!」
 このお坊ちゃまは、どこまでひとを小ばかにするというのだろうか。ムカつきながら、望美は手を解こうとしたが、知盛はしなやかな力でそれを許さなかった。
「…お前は…俺の横にいれば良い…。…命令だ…」
 こんなところで上司としての権力を振りかざすなんて、望美は我慢ならなくなった。表情にその嫌悪感をわざと出して、知盛に見せ付けた。
「…くれぐれも…、温和しくしろよ…。淑女は…そんなことは…しない…」
「淑女なんかじゃい」
「なってもらわないと…困る…」
 知盛はフッと薄い笑みを浮かべると、口角を上げて望美の頑な態度を蕩かすような眼差しを向けてくる。
「…な、何よっ!」
 その瞳に、自分の鎧が溶かされるのは嫌で、望美は必死になって心の鎧にしがみついた。
 ホテルに入ると、落ち着いて高級感のある格式高いレストランに連れて行かれる。
 望美は全くの庶民育ちのせいか、妙に落ち着かなかった。
 席は、流石は接待なだけあり、個室が用意されていた。
 何だか身分不相応のテーブルに、望美は落ち着きのない気分になった。不安になる。何か重要な案件かもしれないと思うと、落ちつきはなくなってしまう。
「…私、正式なテーブルマナーはよく解りません」
「…知っている限りですれば…良い。相手は…商談に…夢中だから…な」
「やっぱり…」
 少し弱気になってしまった望美を、知盛は叱りつけるように冷徹な眼差しで睨みつけてくる。
「…いつも通りに…、すればいい…。気に入らないものを排除するような態度で…臨めよ…。…それとも…、敵前逃亡する気か?」
 煽るように言われてしまうと、逃げるわけにはいかなくなるではないか。
 そんな人間だと思われなくもなかったが。
 緩やかな足音が聞こえ、知盛が立ち上がると、望美もあたふたと立ち上がった。
 現れたのはノーブルな雰囲気が印象的な外国人だった。
 いきなり海外の要人に逢わされて、望美は心臓がすくむ思いがする。
「英語ぐらいは…喋られる…だろ?」
「はい」
 全く出来ないわけではなく、字幕がなくても何を言っているか解るレベルだったので、望美は頷いた。
「だったら…大丈夫だ…」
「はあ…」
 簡単な挨拶をした後、席につき、商談というよりは、世間話レベルの会話に、望美はホッとしていた。
 出される料理はどれも美味しいはずなのだが、栄養だけになってちっとも美味しく感じない。
 口をへの字に曲げながら、望美が食事をしていると、テーブルの下で知盛がふとももを撫でてきた。
 こんな時にセクハラをするなんて常識を逸脱している。望美は知盛の足を蹴っ飛ばした。
 痛いはずなのに、この男は楽しそうに唇を歪めている。それがしゃくにさわった。
「綺麗なお嬢さんですね。知盛の恋人ですか?」
 商談相手の外国人は、ほほえましいとばかりに目を細めている。
 冗談ではないと望美は思った。
「…いいえ、私の仕事のパートナーです…」
 知盛は何気なく言い、冷めた眼差しになる。それが望美は何故だか哀しかった。
 それからというもの、相手と談笑しながら、テーブルの下で知盛が望美にちょっかいを出し、それを望美が足蹴にするという繰り返しだった。
 食事が済む頃には、知盛の足は痣だらけになっていたに違いない。
 デザートを食べ終わったものの、望美は食べた気はしなかった。
「今日は大変楽しかった。あなたの会社とビジネスをするのをとても楽しみにしています」
「有り難うございます」
 特に望美は何もしなかったが、商談は上手くいったようだ。やっていたことと言えば、知盛への攻撃ばかりだったのだが。
 ふたりで挨拶をして見送った後、望美はホッと力を抜いた。
 帰りに駅前でラーメンを食べようと思いながら、歩き出す。
「クリーニングして、この服を返しますね」
「返す必要は…ない」
 知盛はあっさりと言うと、望美の手をいきなり取った。
「…そのかわり…、もう少しだけ…、付き合え…」
 知盛に強引に腕を引っ張られて、望美は振り払う暇もないほどにどこかに連れて行かれる。
「どこに行くんですか!?」
「…口直しだ…」
 望美は思わず、よこしまな意味を想像してしまう。思わず腰が引けた。
 知盛は望美を連れてホテルを出ると、庶民的な飲食店が立ち並ぶ通りまで歩いていく。
「…望美…、口直しに…そばでも食うぞ…」
「はいっ!」
 一瞬にして望美のよこしまな想像は消えて、歓迎出来る提案に明るい笑顔で答えた。
 知盛に引っ張られて、ふたりで蕎麦屋に入る。
「……京都も蕎麦は美味いが……こちらのも悪くはない…」
 向かい合わせに座る席に通され、何だか照れ臭い。
「…にしんそばと…いなり寿司を頼む…」
「私は鴨南蛮そば」
 にしんそばといなり寿司とは、いかにも京都という雰囲気だ。乱暴で自分勝手な男だが、故郷の食べ物を大切にする姿勢はステキだった。
 注文のものが運ばれてきて、知盛はちゃんと「いただきます」をしてから、そばをつるつると食べる。望美もつられるようにして一緒に食べ始める。
「……さっきは食っていても…味を感じなかったが…、今は少しは…味を感じるな…」
「私もです。今のおそばのほうが余程美味しい」
「…だろう?」
 知盛はニヤリと笑うと、いなり寿司に手をつける。
「…美味そうだな」
 知盛はいなり寿司の形を見るなり、目を神経質に細めた。
「京都のいなり寿司とは…違うな…。俺は京都風のいなり寿司が食べたい…」
 知盛はまるで駄々っ子のように呟き、いなり寿司を食べるのを止める。
「京都のおいなりさんってそんなに美味しいんですか」
「…そうだな…。美味いな…。形は三角で…中に五目寿司が入ってる…。母上が…良く作ってくれる」
 説明を聞いても、いなり寿司はどれも同じに見えて、望美には区別すらつかない。
 食べられないぐらいに辛いなら、一度どのようなものかを作ってみたいと思う。
 あくまで知盛のためではなく自分のためだ。
 望美は温かなそばをすすりながら、いつしかいなり寿司を作るのが楽しみになっていた。
コメント

パラレルな知望です。
書いていて楽しいです(笑)

関西風おいなりさん。
この間、品川駅に、新地の豆狸があってびっくりしました




back top next