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商談が行われるホテルに近付くにつれて、望美は緊張してしまう。 「…硬くなるな…。お前には…、…てきぱき商談で動くとかは…期待しては…いない…」 いきなり失礼な言葉を浴びせ掛けられて、望美は知盛の指を、暴力的な意味合いで握り締めた。 腕相撲でチャンピオンになったこともあるせいか、「痛い」と言わせる地震はあったのに。 だが望美は涼しげな顔をし、望美を意味ありげな眼差しを向けてくる。 「…望美…。…俺と離れたくないか…」 「…なっ…!」 知盛は鼻につくような笑みを向け、望美は甘い残忍さで追い詰めていく。 「そんなことあるわけないじゃないっ!」 忿懣やる方ない望美が知盛の指からするりとぬけようとすると、逆に手を握り返されてしまった。 「…迷子になったら困るだろう…。お嬢さん…」 「へんなところで、お嬢さん扱いはしないでっ!」 「いつもお嬢さん扱いを…してやって…いる…」 「お嬢さん扱いなんてされていませんっ!」 このお坊ちゃまは、どこまでひとを小ばかにするというのだろうか。ムカつきながら、望美は手を解こうとしたが、知盛はしなやかな力でそれを許さなかった。 「…お前は…俺の横にいれば良い…。…命令だ…」 こんなところで上司としての権力を振りかざすなんて、望美は我慢ならなくなった。表情にその嫌悪感をわざと出して、知盛に見せ付けた。 「…くれぐれも…、温和しくしろよ…。淑女は…そんなことは…しない…」 「淑女なんかじゃい」 「なってもらわないと…困る…」 知盛はフッと薄い笑みを浮かべると、口角を上げて望美の頑な態度を蕩かすような眼差しを向けてくる。 「…な、何よっ!」 その瞳に、自分の鎧が溶かされるのは嫌で、望美は必死になって心の鎧にしがみついた。 ホテルに入ると、落ち着いて高級感のある格式高いレストランに連れて行かれる。 望美は全くの庶民育ちのせいか、妙に落ち着かなかった。 席は、流石は接待なだけあり、個室が用意されていた。 何だか身分不相応のテーブルに、望美は落ち着きのない気分になった。不安になる。何か重要な案件かもしれないと思うと、落ちつきはなくなってしまう。 「…私、正式なテーブルマナーはよく解りません」 「…知っている限りですれば…良い。相手は…商談に…夢中だから…な」 「やっぱり…」 少し弱気になってしまった望美を、知盛は叱りつけるように冷徹な眼差しで睨みつけてくる。 「…いつも通りに…、すればいい…。気に入らないものを排除するような態度で…臨めよ…。…それとも…、敵前逃亡する気か?」 煽るように言われてしまうと、逃げるわけにはいかなくなるではないか。 そんな人間だと思われなくもなかったが。 緩やかな足音が聞こえ、知盛が立ち上がると、望美もあたふたと立ち上がった。 現れたのはノーブルな雰囲気が印象的な外国人だった。 いきなり海外の要人に逢わされて、望美は心臓がすくむ思いがする。 「英語ぐらいは…喋られる…だろ?」 「はい」 全く出来ないわけではなく、字幕がなくても何を言っているか解るレベルだったので、望美は頷いた。 「だったら…大丈夫だ…」 「はあ…」 簡単な挨拶をした後、席につき、商談というよりは、世間話レベルの会話に、望美はホッとしていた。 出される料理はどれも美味しいはずなのだが、栄養だけになってちっとも美味しく感じない。 口をへの字に曲げながら、望美が食事をしていると、テーブルの下で知盛がふとももを撫でてきた。 こんな時にセクハラをするなんて常識を逸脱している。望美は知盛の足を蹴っ飛ばした。 痛いはずなのに、この男は楽しそうに唇を歪めている。それがしゃくにさわった。 「綺麗なお嬢さんですね。知盛の恋人ですか?」 商談相手の外国人は、ほほえましいとばかりに目を細めている。 冗談ではないと望美は思った。 「…いいえ、私の仕事のパートナーです…」 知盛は何気なく言い、冷めた眼差しになる。それが望美は何故だか哀しかった。 それからというもの、相手と談笑しながら、テーブルの下で知盛が望美にちょっかいを出し、それを望美が足蹴にするという繰り返しだった。 食事が済む頃には、知盛の足は痣だらけになっていたに違いない。 デザートを食べ終わったものの、望美は食べた気はしなかった。 「今日は大変楽しかった。あなたの会社とビジネスをするのをとても楽しみにしています」 「有り難うございます」 特に望美は何もしなかったが、商談は上手くいったようだ。やっていたことと言えば、知盛への攻撃ばかりだったのだが。 ふたりで挨拶をして見送った後、望美はホッと力を抜いた。 帰りに駅前でラーメンを食べようと思いながら、歩き出す。 「クリーニングして、この服を返しますね」 「返す必要は…ない」 知盛はあっさりと言うと、望美の手をいきなり取った。 「…そのかわり…、もう少しだけ…、付き合え…」 知盛に強引に腕を引っ張られて、望美は振り払う暇もないほどにどこかに連れて行かれる。 「どこに行くんですか!?」 「…口直しだ…」 望美は思わず、よこしまな意味を想像してしまう。思わず腰が引けた。 知盛は望美を連れてホテルを出ると、庶民的な飲食店が立ち並ぶ通りまで歩いていく。 「…望美…、口直しに…そばでも食うぞ…」 「はいっ!」 一瞬にして望美のよこしまな想像は消えて、歓迎出来る提案に明るい笑顔で答えた。 知盛に引っ張られて、ふたりで蕎麦屋に入る。 「……京都も蕎麦は美味いが……こちらのも悪くはない…」 向かい合わせに座る席に通され、何だか照れ臭い。 「…にしんそばと…いなり寿司を頼む…」 「私は鴨南蛮そば」 にしんそばといなり寿司とは、いかにも京都という雰囲気だ。乱暴で自分勝手な男だが、故郷の食べ物を大切にする姿勢はステキだった。 注文のものが運ばれてきて、知盛はちゃんと「いただきます」をしてから、そばをつるつると食べる。望美もつられるようにして一緒に食べ始める。 「……さっきは食っていても…味を感じなかったが…、今は少しは…味を感じるな…」 「私もです。今のおそばのほうが余程美味しい」 「…だろう?」 知盛はニヤリと笑うと、いなり寿司に手をつける。 「…美味そうだな」 知盛はいなり寿司の形を見るなり、目を神経質に細めた。 「京都のいなり寿司とは…違うな…。俺は京都風のいなり寿司が食べたい…」 知盛はまるで駄々っ子のように呟き、いなり寿司を食べるのを止める。 「京都のおいなりさんってそんなに美味しいんですか」 「…そうだな…。美味いな…。形は三角で…中に五目寿司が入ってる…。母上が…良く作ってくれる」 説明を聞いても、いなり寿司はどれも同じに見えて、望美には区別すらつかない。 食べられないぐらいに辛いなら、一度どのようなものかを作ってみたいと思う。 あくまで知盛のためではなく自分のためだ。 望美は温かなそばをすすりながら、いつしかいなり寿司を作るのが楽しみになっていた。 |
| コメント パラレルな知望です。 書いていて楽しいです(笑) 関西風おいなりさん。 この間、品川駅に、新地の豆狸があってびっくりしました |