Lay Your Hands On Me

〜異間人館夏休み特別企画〜

2


  教会に帰り、アンジェリークの用意周到さに、アリオスはやはりと思った。彼女は、最初からこのつもりでやってきたのだ。
 備えといっても、一晩中持つであろう明かりを一つ、そして、彼が腹ごしらえをするための、粗末なライ麦パンにミネラルウォーターだけだ。
「アリオスさん、これを持って行って下さい。少しは足しになるかもしれませんから」
「サンキュ」
 小さなペットボトルに入った水と、紙ナプキンに包まれたライ麦パンを受け取ると、アリオスは軽く頭を下げた。
「帰ってこられたときに、お腹が空かないように、まだパンはありますから。このパンは、うちの修道会で作ったものですから、あなた様には美味しくないかもしれませんが、自然の味がしますから」
「サンキュ」
 アリオスは、この少女の優しい気遣いを無駄にしまいと、渡された食料を、戦闘服の内側にあるポケットに仕舞い込む。
「ここで、あなた様の無事を祈っておりますから、どうか無事にお帰りになって下さい」
 神妙な顔で彼女はアリオスを見つめ、その純粋で神々しい想いを彼に眼差しで伝えた。
「心配すんな。必ず、帰ってくるから、安心しろ」
「はい」
 彼女はじっとアリオスを見つめた後、突然、彼の躰を包み込むように抱きしめる。
「   !!!!」
「アリオス様、あなたに神のご加護がございますように」
 それはほんの一瞬の出来事だった。2、3秒のことであったかもしれない。
 だが、アリオスにとっては、永遠のような時間がその瞬間には流れていた。気持ちを総て平穏にするような、穏やかな癒しが、明らかに彼の躰の中に入り込み、血と一緒に巡り始める。いつしか、それは、何よりも代え難い、力となって体内に漲り始めた。
「サンキュ」
 アリオスはわずかに彼女に微笑むと、足音を聖堂に響かせながら、戦いの場所に向かって出ていく。
 その後ろ姿を見送った後、アンジェリークは再び祭壇にあるマリア像に向かって、ロザリオを握りしめて祈りを捧げ始めた。
 どうか、アリオス様が無事にお帰りになりますように…。

 聖堂を出たアリオスは、夕日に照らされながら、戦いの場所に向かって歩みを進めた。 2

 陽が沈んできたこともあり、先ほどまでは感じられなかった、”悪魔臭さ”が、聖堂を出て直ぐに鼻についた。
 空が闇に覆われれば、彼らの時間がやってくる。アリオスにとっても同じだ。
 彼は、アンジェリークが祈り続けている聖堂に一瞬だけ一瞥を送った後、そのまま深き森へと入っていった。
 魑魅魍魎が活発に動き出す時間が幕を開ける。
 森の中に入った瞬間に、先ほどのクリーチャーと同じ容貌のした、鷹の化け物たちが大挙して、現れた。奴らは直ぐに群れをなしてアリオスを襲ってくる。
 異形のものたちの乱舞にも、アリオスは全く動じなかった。
 ”悪魔も泣き出す”と言われる最強のデビルハンターの本領は、こんなレベルのものたちでは発揮出来はしない。
「SWEET DREANS」
 念仏のように唱えると、彼はカスタマイズした愛銃”レヴィアス”を抜いた。
 それは神業だった。
 アリオスは彼らと同じ高さまで舞い上がると、まるで空を飛ぶかのように、優雅に銃を乱射し始める。
 両手にはカスタマイズした、黒と白の銃。それは決して、無駄にトリガーを引かれているわけではなく、確実に、異形のものたちを仕留めていく。
 ざっと見ただけで、十匹は下らなかっただろうか。
 羽音を派手に響かせて、彼に襲いかかっていったクリーチャーは次々に、その弾丸に倒れていく。
「キーッ!!」
 哀れな声を上げ、地上に落下していく鷲の化け物たち。落下した瞬間には、もう、この世に姿はなかった。
 薬莢を散りばめながら、アリオスが地上に美しく着地したときには、もう、クリーチャーは一匹も残ってはいない。
 彼は鼻を鳴らすと、さっさと奥に進んでいった。
 走って先を進めば、程なく次のクリーチャーがやってくる。今度は、壊れた人形の大群だった。
「通してくれって言っても、通してはくれねえんだろうな!」
 アリオスは、背中に刺していた大剣、”リヴェリオン”を素早く抜くと、人形の軍団に切り込みを入れていった。
 襲いかかろうとする人形たちは、直ぐにアリオスの太刀にやられてしまう。一太刀で二匹は確実に餌食になっていった。
 その剣筋ですらも、華麗で勝つ優雅で、見ている者を魅了せずにはいられない。
 人形の山を抜けると、もう、そこには何も残ってはいなかった。
 アリオスは全く動じることもなく、先へ先へと歩みを進めた。
「あまり邪魔しねえでくれよ。お姫様がお待ちだからな」
 彼は先を急ぐように森を走り抜ける。
 目指すはただ泉のみ   

   ●●●

 闇がおり始めたが、アンジェリークはただ一心不乱に、アリオスの無事を祈っていた。
 彼女を照らすのは、空に浮かび始めた月の光と、携帯してきたオイルランプのみ。
 ロザリオを握りしめて、彼女はただ祈り続けた。
 外には、魑魅魍魎が呻く声が聞こえる。だが、そんなことには、全くアンジェリークは惑わされることはなかった。
 それは頑固とした確信があったからであった。
 ここに来る前に、司教とマザーの部屋に呼ばれ、祝福と祈りを受けたのだ。
『あなたの職務は重要です。何にも左右されることなく、ただ祈り続けるのです。あなたを、そして、私たちを救ってくれる、魔剣士に総てを託し信用するのです。彼に総てを捧げて祈りなさい   』
 その言葉と二人の祈りが、今のアンジェリークを支えていると言っても過言ではない。
 ここにいるのは、怖いことではない。子供の頃に護って下さったマリア様と共にあるのだから   
 彼女の深くも神聖な祈りは、悪魔たちを寄せ付けずにいられる力が、今はまだ備わっていた。

生け贄の修練女か…。今はまだ近づけぬが、あの月が南中した時、朕はおまえを喰らう…」
 低い呻く声が聞こえ、その言葉に一瞬怯みそうになったが、アンジェリークは何とか踏ん張った。
 踏ん張ることが出来たのは、銀の髪をしたあの魔剣士のことを思い出したからである。
 彼に再び生きてこの場所で会いたい   その願いが、彼女を踏みとどまらせることが出来たのである。
(信じていますから、アリオス様…。マリア様、どうか、彼にご加護を   )
 聖なる気持ちを持つ処女・アンジェリークもまた、祈ることで戦いを続けていた。

   ●●●

 近いと思っていた泉だったが、数々のクリーチャーたちの妨害にあり、なかなか先に進むことが出来ずにいた。
 アリオスは、早く、自分のために祈りを捧げる修練女の為に、早くこれを片づけたかったが、思うように先に進めず、忍耐の時間が続く。
 次は、大きなシザーズの化け物を持った、黒い服装をしたしと使徒たちがお襲いかかり、彼は、銃と剣でそこを切り抜ける。
 一太刀で怯んだ相手の急所に、弾丸を撃ち込んでいく。
 彼はそのスタイリッシュかつ、正確な体勢を、悪魔の加護を受けたクリーチャーですら、崩すことは出来やしない。
 暗闇に浮かび靡く銀の髪は、決して悪魔の使いなどではなく、神々しいものようにすら見えるのであった。
 少し歩けば、また次のクリーチャーとばかりに、続々とアリオスを襲ってくる。
 均整のとれた動きは、魔物相手には些かもったいないほどだった。
 クリーチャーたちに辟易としながら、アリオスは目の前のものを狩っていく。それも、狩り損ねたクリーチャーたちが、アンジェリークの祈る聖堂に近づかないようにという、彼の愛情でもあった。
 闇を走りクリーチャーたちを狩る。それを闇に紛れてみている、影があった。
「狩れ、狩り続けるのだ…。泉にたどり着いても、おまえは修練女のところには、決して戻っては来られまい…」
 アリオスの鋭い感覚が反応し、彼は一瞬、こめかみをぴくりとさせる。
(誰かがいる   !!)
 本能のまま、彼は影に向かってトリガーを引いた   
 しかし、それは空砲に終わってしまったようで、ってごたえも泣く、ただ薬莢が落ちる冷たい金属音だけが響いていた。
「ここか…」
 クリーチャーたちを狩り終え、ようやく、アンジェリークの言う、”聖なる泉”に辿り着いたのは、月が南中に近い時間だった。
 想像を絶するほどの、数多の数のクリーチャーが出現し、結局は、それが時間を喰った原因にもなった。
 アリオスのテクニックはそれは素晴らしいものがあったが、それだけでは対処出来ない、数だったのだ。
 枯れてしまい、今は昔の姿すらも止めていない泉にアリオスが近づいた時であった。
 彼が持つ、特殊な能力は、直ぐに敏感に反応する。耳元に、地響きのように、上級悪魔特有の声がついたのだ。
 彼は、大きな魔がようやく力を蓄えて、起き出したことに気がついた。
(これは、罠だ…! クリーチャーたちは俺を足止めするための、道具に過ぎない…!)
 はっとして、彼は唇を噛みしめ、全身に怒りを纏い始める。
 その黄金と翡翠の対をなす瞳は、今、怒りを以て、魔の力を蓄える。
「アンジェリーク…!!」
 戻ろうと泉を引き返そうとして、目の前に現れた者に足を止める。
「掃き溜めのゴミか…。俺を足止めする何ざ、いい根性してるぜ!」
 目の前に現れた漆黒の鎧を纏った黒騎士に、アリオスは剣を素早く抜く。
「だが、俺は足止めはされねえぜ? 判ったか? おっさん!!」
 アリオスの大剣と、黒騎士の大剣が、交わった。
 その力は、かなりのもので、今までのクリーチャーたちとは全く比べものにならないほどのものであった。
(これは本気出していかねえとな…!)
 お互いに太刀を恥気合い、二人は一端、飛ぶようにして離れる。
 月光が二人の姿を、妖しくも照らしている。アリオスの銀の髪と、騎士の黒い鎧が闇の中の光となっていく。
 久しぶりに、手応えのある好敵手と出会えたと感じながら、アリオスは”リヴェリオン”を振りかざす。
 黒騎士の太刀筋も全くたいしたものであった。
 それをさけるのに、アリオスは、何度も飛び上がり回避していく。
 だが、アリオスは、黒騎士を凌駕する剣術と力を織りまぜ、圧倒的に烈しく黒騎士を攻め立てた。
 剣が交わるたびに、稲妻が交差し、剣光が飛び交った。
 アリオスは何度もジャンプをし、相手の剣を回避しながら、その隙を狙う。
 勿論彼は冷静だった。この戦いを楽しみはしたが、早期決着を彼は狙っていた。
 アリオスは何度目かの高いジャンプを一回行い、黒騎士の背後につき、再びジャンプをして攪乱する。
 この作戦には、黒騎士も焦りを見せ始めていた。
 アリオスは散々黒騎士を挑発し続け、その好機を伺う。
 もう一度、彼は高く飛んだ。
(今だ   )
 それは一瞬の隙であった。黒騎士に向かって天から降りてくるアリオスの剣が、黒騎士の躰を捕らえ、それが振り抜かれる。
「うわぁぁぁ!」
 彼が地上に体勢を乱すことなく着陸をした瞬間、黒騎士は呻き声を上げて、崩れ落ち、その場で消え去った。
「ったく、手間をとらせるな」
 アリオスは低く呟くと、刹那、月を見る。
「待ってろ、アンジェリーク!」
 彼は、月に照らされながら、銀の髪を乱しつつ、アンジェリークのいる聖堂に向かって疾走を始めた   

 




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