天使様お手柔らかに!

11


 カフェに行く前にと、ゆるやかに公園を歩く。
 誰か異性と手を繋いで、公園を闊歩するなんて、今まで考えられなかった。
 今まで、アンジェリークの横にいたのは同性の友人であり、母親であったからだ。唯一、横にいる異性と言えば、父親しかなかった。
 それが今、アリオスとしっかりと手を絡ませて緩やかに歩いている。こんな光景を、誰が想像したと言うのだろうか。
 ちらりとしかアリオスを見る勇気はなく、だが見たくて堪らなくて、アンジェリークは何度もアリオスを見た。そして胸の鼓動を高まらせては、甘くて苦しい感情を得た。
 今までは恋愛については、頭でっかちと言っても良かった。
 実際の恋愛よりも、脳内恋愛に重きを置いていた。
 烈しく燃え上がる感情も、紙の上で識っていただけ。
 先達が書いた小説や映画ぐらいしか、その知識を埋める方法はなく、硬くてぺらぺらな恋愛感しかなかった。
 リアルな恋愛感情は特に識る必要はないと思っていたし、識りたくもなかった。
 それがどうだろう。
 アリオスが現れ、生身の恋愛感が植え付けられようとしている。
 すんなりと受け入れようとしている自分を、アンジェリークは少なからず驚いていた。
 手を繋いでいる。
 それだけでその部分が熱くなっているのが解る。
 その熱も、アンジェリークには新たな発見だった。
「…緊張してるか?」
「…少しだけ…」
 本当はとても緊張していたが、つい虚勢を張ってしまい、過少申告した。
「なぁ…、ホントの恋人だったら、そこまで他人行儀になるか?」
 確かにだ。
 周りの視線が気になり、また触れることに緊張して震える。
 心がきちんと通っていれば、段々と馴染んでいくものだ。
「…もっとこなれているような気がします」
「だな。だったら、初々しいカップルは俺達みてえに、ほんの少しぎくしゃくすると想わねえか? 触れるのは嬉しいが、相手に嫌われたくねえとか…」
「確かに思います」
 今のアンジェリークが正にその状態だった。
 アリオスに触れたい。
 だが恐くて、触れていて欲しくて…。
 全く意に反する感情がアンジェリークの中に渦巻いていた。
「自分が体験した感情をしっかりと覚えておくことだ。恋愛なんて普遍なものだ
恋愛形態が変わったとしても、考えることやそこに感じる感情は同じものだ。だから、しっかりと覚えておけ」
「…はい」
 返事をすると、アリオスはしっかりと手を握り返してくれる。その安堵感が、アンジェリークにとっては心地が良く、同時に興奮するほどの楽しい感動を得ることが出来た。
「以上蘊蓄はおしまい。ここからは息抜きだ」
「はいっ!」
 手はしっかりと握られ、お互いの肌の熱で、じんわりと熱を掌に感じる。アンジェリークは熱くなっているのに、汗が滲んでいるのに、アリオスから離れたくはなかった。
「もう、秋の声が聞こえているんだな」 
 公園の木立や風を感じてか、アリオスはしみじみと言う。
 アリオスの言葉に、アンジェリークも頷いた。
 ふと感じてみれば、あんなに派手に感じていた蝉のがなるような音もなくなり、優しい音が聞こえ始めている。
 トンボも見掛けるようになった。
「もっと秋を見つけたいな…」
 アンジェリークがぽつりと呟くと、アリオスは「見つけるか」と付き合ってくれた。
 ふたりで公園の木立を眺めて、秋の気配を一生懸命探してみる。
 遠くからざっと見ればまだまだ緑の躍動感が溢れる木立も、僅かに黄色に染まる葉も出て来た。
 日の照り方も優しくなり、目の奥が日差しで痛くなることもない。
 八月の終わり。
 もうすぐカレンダーの上では、秋を示す季節になる。
 秋色は公園の中には既に沢山のものが落ちていた。
 ただ、秋を感じないものがあった。
 アリオス。
 落ち着くと言うよりは、真夏の太陽の陽射しに近い想いがあり、そこだけは遅れて来た夏のように想われた。
 秋探しなんて、たいしたことはないというのに、何故か楽しくてしょうがない。
 特に何をしているわけではないが、誰かと季節の変化を分かち合うというのは、何て楽しいものなのだろうと思えた。
 今までは素通りしていて、僅かな変化すら気付かなかった木々や空、光の色に至っても、アンジェリークはとても特別なものに感じることが出来る。
 大きな変化でしか気付くことが出来なかったものにも、格別な愛情を感じることが出来た。
 ほんの些細なことなのだが。
「もう蝉の抜け殻も見なくなっちまったな。蝉の季節も終わりだな」
「蝉の抜け殻を捜すなんて、子供の時以来」
「おまえは俺にとっては、まだまだションベン臭いガキには違いねえよ」
 クツクツと喉を鳴らしながら笑うアリオスに、少しだけムッとしながらも、心からは怒る気にはなれない。
「また来年、一緒に蝉を探しにきたらいい。抜け殻とか見つけてな。その頃は、おまえも小説家として、脱皮していたらな」
 結局は、アリオスはそこに結び付ける。
 だが、蝉が脱皮をするように、アンジェリークも作家として、飛躍は大袈裟にしても、脱皮ぐらいはしていたいと想っていた。
「脱皮出来るように…頑張ります!」
 アンジェリークはきっぱりと言った後、もっと頑張らなければならないと想う。
「だな。その為にも、沢山の経験をして、良い経験をしねえとな」
「そうですね」
 答えるとぎゅっとアリオスが手を握り返してくれる。それが嬉しかった。
「本格的にしっかりと恋愛小説を書けよ。おまえの脱皮に役立つさ」
「書ければいいですねぇ。中々難しくて」
「恋をすれば、上手く書けるようになる」
「…出来ない私は?」
 アンジェリークは真摯な表情でアリオスを見上げる。
「俺が相手になってやってもいいぜ?」
「え!?」
 アンジェリークは耳を疑った。それどころか、アリオスにそんなことを言われるのが信じられない。胸の鼓動がかなりドキドキする。高まってどうしようもなかった。
「アリオス…」
 アンジェリークはアリオスを見るが、その表情は些かからかいが含んでいるようにも見えた。
「アンジェ、秋は恋の季節だぜ? こんなことも出来るんだからな」
「きゃあ!」
 アリオスにからかい半分に抱きしめられて、アンジェリークは思わず声を上げる。だが、男性アレルギーが不思議と出なかった。
「平気みてえだな」
「…う、うん…」
 アリオスは良かったとばかりに僅かに笑ってくれ、アンジェリークは何だかくすぐったい気分だった。
「秋はな、ゆっくりと恋を育むのにはとても良い季節なんだぜ。そんな季節におまえは恋愛小説を認めるなんて、最高じゃなえか」
「…うん」
「歯が浮きまくるような台詞を沢山期待しているぜ。俺を想定して書いてくれよ」
 完全にからかいが含まれている。
 アリオスを想定するなんて生々しくて書けないような。だけど書けるような気がする。
「秋を見つけたんだからな。おまえには出来るはずだ」
「だと、いいですけれど…」
 本当にそう想う。折角、秋の気配を楽しく知れたのだから、その気持ちを胸に書いてみたかった。
「仕事の話はこれでおしまいだ。もっと秋を感じられるところに行こうぜ」
「あ、アリオスさんっ!」
 手を握られたままに、アンジェリークはアリオスにどこかへと連れて行かれる。
「息抜きに最高何だよ」
 と連れて行かれたのは、公園の一番高台にあるところだった。
「昼寝に最適なところ何だよ」
「昼寝?」
 確かに今の時期ならば、木陰と涼しい風で心地の良い寝床になっている。背中に当たる草も良いクッションになっている。
 アリオスはいきなりごろりと寝転がると、目を閉じた。全く、アリオスの方が心地良いのではないか。
「おまえも寝てしまえ。気持ちが良いぜ」
 アリオスに言われると、本当に幸せな気分になれるような気がする。
 ふたりでごろりと寝転がると、相当気持ちが良い。
 寝転んで見る空は、とても高くて澄んでいるようだ。
「綺麗…」
「だろ? 普通に見る空と、寝転んで見る空とは、全然違うだろ? 価値観とか恋愛感って変わって見えてしまうもんだろ?」
 アンジェリークは確かにと想った。
 スタンダードではなく、自分らしい価値観で書けば良い。
「かちかちにならずでいいんだぜ。」
「…うん」
 アリオスに言われれば、そんな気がする。
 空を見ていれば、恋愛小説が書けるような気持ちが沸いてくる。
 アンジェリークは、新しい新作の主人公は、昼寝好きの青年にすることに決めた。
コメント

アリコレ、新しいシリーズの開幕です。
BL作家アンジェと切れ者(?)編集アリオスの物語です。
楽しんでくださると幸いです。

恋愛編です。




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