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カフェに行く前にと、ゆるやかに公園を歩く。 誰か異性と手を繋いで、公園を闊歩するなんて、今まで考えられなかった。 今まで、アンジェリークの横にいたのは同性の友人であり、母親であったからだ。唯一、横にいる異性と言えば、父親しかなかった。 それが今、アリオスとしっかりと手を絡ませて緩やかに歩いている。こんな光景を、誰が想像したと言うのだろうか。 ちらりとしかアリオスを見る勇気はなく、だが見たくて堪らなくて、アンジェリークは何度もアリオスを見た。そして胸の鼓動を高まらせては、甘くて苦しい感情を得た。 今までは恋愛については、頭でっかちと言っても良かった。 実際の恋愛よりも、脳内恋愛に重きを置いていた。 烈しく燃え上がる感情も、紙の上で識っていただけ。 先達が書いた小説や映画ぐらいしか、その知識を埋める方法はなく、硬くてぺらぺらな恋愛感しかなかった。 リアルな恋愛感情は特に識る必要はないと思っていたし、識りたくもなかった。 それがどうだろう。 アリオスが現れ、生身の恋愛感が植え付けられようとしている。 すんなりと受け入れようとしている自分を、アンジェリークは少なからず驚いていた。 手を繋いでいる。 それだけでその部分が熱くなっているのが解る。 その熱も、アンジェリークには新たな発見だった。 「…緊張してるか?」 「…少しだけ…」 本当はとても緊張していたが、つい虚勢を張ってしまい、過少申告した。 「なぁ…、ホントの恋人だったら、そこまで他人行儀になるか?」 確かにだ。 周りの視線が気になり、また触れることに緊張して震える。 心がきちんと通っていれば、段々と馴染んでいくものだ。 「…もっとこなれているような気がします」 「だな。だったら、初々しいカップルは俺達みてえに、ほんの少しぎくしゃくすると想わねえか? 触れるのは嬉しいが、相手に嫌われたくねえとか…」 「確かに思います」 今のアンジェリークが正にその状態だった。 アリオスに触れたい。 だが恐くて、触れていて欲しくて…。 全く意に反する感情がアンジェリークの中に渦巻いていた。 「自分が体験した感情をしっかりと覚えておくことだ。恋愛なんて普遍なものだ 恋愛形態が変わったとしても、考えることやそこに感じる感情は同じものだ。だから、しっかりと覚えておけ」 「…はい」 返事をすると、アリオスはしっかりと手を握り返してくれる。その安堵感が、アンジェリークにとっては心地が良く、同時に興奮するほどの楽しい感動を得ることが出来た。 「以上蘊蓄はおしまい。ここからは息抜きだ」 「はいっ!」 手はしっかりと握られ、お互いの肌の熱で、じんわりと熱を掌に感じる。アンジェリークは熱くなっているのに、汗が滲んでいるのに、アリオスから離れたくはなかった。 「もう、秋の声が聞こえているんだな」 公園の木立や風を感じてか、アリオスはしみじみと言う。 アリオスの言葉に、アンジェリークも頷いた。 ふと感じてみれば、あんなに派手に感じていた蝉のがなるような音もなくなり、優しい音が聞こえ始めている。 トンボも見掛けるようになった。 「もっと秋を見つけたいな…」 アンジェリークがぽつりと呟くと、アリオスは「見つけるか」と付き合ってくれた。 ふたりで公園の木立を眺めて、秋の気配を一生懸命探してみる。 遠くからざっと見ればまだまだ緑の躍動感が溢れる木立も、僅かに黄色に染まる葉も出て来た。 日の照り方も優しくなり、目の奥が日差しで痛くなることもない。 八月の終わり。 もうすぐカレンダーの上では、秋を示す季節になる。 秋色は公園の中には既に沢山のものが落ちていた。 ただ、秋を感じないものがあった。 アリオス。 落ち着くと言うよりは、真夏の太陽の陽射しに近い想いがあり、そこだけは遅れて来た夏のように想われた。 秋探しなんて、たいしたことはないというのに、何故か楽しくてしょうがない。 特に何をしているわけではないが、誰かと季節の変化を分かち合うというのは、何て楽しいものなのだろうと思えた。 今までは素通りしていて、僅かな変化すら気付かなかった木々や空、光の色に至っても、アンジェリークはとても特別なものに感じることが出来る。 大きな変化でしか気付くことが出来なかったものにも、格別な愛情を感じることが出来た。 ほんの些細なことなのだが。 「もう蝉の抜け殻も見なくなっちまったな。蝉の季節も終わりだな」 「蝉の抜け殻を捜すなんて、子供の時以来」 「おまえは俺にとっては、まだまだションベン臭いガキには違いねえよ」 クツクツと喉を鳴らしながら笑うアリオスに、少しだけムッとしながらも、心からは怒る気にはなれない。 「また来年、一緒に蝉を探しにきたらいい。抜け殻とか見つけてな。その頃は、おまえも小説家として、脱皮していたらな」 結局は、アリオスはそこに結び付ける。 だが、蝉が脱皮をするように、アンジェリークも作家として、飛躍は大袈裟にしても、脱皮ぐらいはしていたいと想っていた。 「脱皮出来るように…頑張ります!」 アンジェリークはきっぱりと言った後、もっと頑張らなければならないと想う。 「だな。その為にも、沢山の経験をして、良い経験をしねえとな」 「そうですね」 答えるとぎゅっとアリオスが手を握り返してくれる。それが嬉しかった。 「本格的にしっかりと恋愛小説を書けよ。おまえの脱皮に役立つさ」 「書ければいいですねぇ。中々難しくて」 「恋をすれば、上手く書けるようになる」 「…出来ない私は?」 アンジェリークは真摯な表情でアリオスを見上げる。 「俺が相手になってやってもいいぜ?」 「え!?」 アンジェリークは耳を疑った。それどころか、アリオスにそんなことを言われるのが信じられない。胸の鼓動がかなりドキドキする。高まってどうしようもなかった。 「アリオス…」 アンジェリークはアリオスを見るが、その表情は些かからかいが含んでいるようにも見えた。 「アンジェ、秋は恋の季節だぜ? こんなことも出来るんだからな」 「きゃあ!」 アリオスにからかい半分に抱きしめられて、アンジェリークは思わず声を上げる。だが、男性アレルギーが不思議と出なかった。 「平気みてえだな」 「…う、うん…」 アリオスは良かったとばかりに僅かに笑ってくれ、アンジェリークは何だかくすぐったい気分だった。 「秋はな、ゆっくりと恋を育むのにはとても良い季節なんだぜ。そんな季節におまえは恋愛小説を認めるなんて、最高じゃなえか」 「…うん」 「歯が浮きまくるような台詞を沢山期待しているぜ。俺を想定して書いてくれよ」 完全にからかいが含まれている。 アリオスを想定するなんて生々しくて書けないような。だけど書けるような気がする。 「秋を見つけたんだからな。おまえには出来るはずだ」 「だと、いいですけれど…」 本当にそう想う。折角、秋の気配を楽しく知れたのだから、その気持ちを胸に書いてみたかった。 「仕事の話はこれでおしまいだ。もっと秋を感じられるところに行こうぜ」 「あ、アリオスさんっ!」 手を握られたままに、アンジェリークはアリオスにどこかへと連れて行かれる。 「息抜きに最高何だよ」 と連れて行かれたのは、公園の一番高台にあるところだった。 「昼寝に最適なところ何だよ」 「昼寝?」 確かに今の時期ならば、木陰と涼しい風で心地の良い寝床になっている。背中に当たる草も良いクッションになっている。 アリオスはいきなりごろりと寝転がると、目を閉じた。全く、アリオスの方が心地良いのではないか。 「おまえも寝てしまえ。気持ちが良いぜ」 アリオスに言われると、本当に幸せな気分になれるような気がする。 ふたりでごろりと寝転がると、相当気持ちが良い。 寝転んで見る空は、とても高くて澄んでいるようだ。 「綺麗…」 「だろ? 普通に見る空と、寝転んで見る空とは、全然違うだろ? 価値観とか恋愛感って変わって見えてしまうもんだろ?」 アンジェリークは確かにと想った。 スタンダードではなく、自分らしい価値観で書けば良い。 「かちかちにならずでいいんだぜ。」 「…うん」 アリオスに言われれば、そんな気がする。 空を見ていれば、恋愛小説が書けるような気持ちが沸いてくる。 アンジェリークは、新しい新作の主人公は、昼寝好きの青年にすることに決めた。 |
| コメント アリコレ、新しいシリーズの開幕です。 BL作家アンジェと切れ者(?)編集アリオスの物語です。 楽しんでくださると幸いです。 恋愛編です。 |