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今まで、こんなにキッパリと言い切られたことはなかった。アンジェリークは唇がわなわなと震えるような気がする。 「そんな、俺を責めるような目をするな。俺は本当のことを言ったまでだ」 アリオスは平然と宣うと、煙草を口に押し込む。涼しげで堂に入った仕種が、アンジェリークは憎らしくてしょうがなかった。 「…アリオスさん、あなたは、”ボーイズ・ラブ”小説がどんなものか、全く解ってはいないわ。あれは、砂糖菓子で包まれた、甘い夢のあるフィクションだわ」 アンジェリークは苦々しく言い、アリオスを睨みつける。本当にはらわたが煮え繰り返る気分だ。だが、肝心のアリオスはと言えば、全く動じる気配すらなく、平然としていた。 アンジェリークはそれが悔しい。 「ねぇ! 何とか言ってよ!」 余りに反応ながないアリオスに、アンジェリークは逆切れをする。いつもは温厚なアンジェリークだが、自分の著作には作家ならではのプライドがあった。 「…落ち着けよ。何も俺はおまえの小説内容をけなしたわけじゃねえ…。ただ、リアリティがねえと言っただけだ。確かに、少女や夢見る女性向けでは充分過ぎるかもしれねえぐれえに、おまえの小説はよく出来ている。社長が目を付けたことはある。ふわふわとした砂糖菓子の世界じゃ、夢があって愛があって充分だろう。その世界に浸れば、幸せになれる。だが」 アリオスが一旦呼吸を貯めるのが解り、アンジェリークはびくりとした。これから何を言われるのか、想像すらつかない。 「”いいなあ”と思える以上の感動がねえんだよ。いつまでも余韻に浸ることが出来るものがない。男男の仲だろうが、男女の仲だろうが、そんなことは関係ねえだろう。余韻の浸れる物語で感動に浸れる物に、そんな区別はねえ。そうだろう?」 確かにアリオスの言うことは説得力があり、アンジェリークはしぶしぶながら頷く。 ずっと自分に足りないとひそかに想っていたものを、アリオスが指摘して来たのだから。 「だから、ボーイズラブでもいいから、そんな小説を書け。編集者としては、環境作りだとかで、協力してやる」 一瞬、アリオスと視線が合い、アンジェリークはドキリとした。それは、今まで男性に感じていた”恐怖”とは違い、上手くは表現することは出来ないが、悪くないものだった。 アリオスが向けてくれる眼差しは力があり、アンジェリークは励まされるような、理想の小説が書けるような、そんな気分にすらなる。 「おまえなら書ける。余韻のある感動的な話をな」 「…だったら、いいですけれど…」 声に出しながら、アンジェリークは本当にそうなれば良いと夢見るように想っていた。 「今書いている原稿は、今までのように書いてかまわねえ。なんか人気シリーズらしいからな。その後の作品から、少しずつ変えていけば良い」 「少しずつで構わないの?」 「ああ。人間、そんなに直ぐには自分の考えを変えることは出来ねえからな。焦らずゆっくりやれ」 「でも、アリオスさん、矛盾してるわ。とっとと変えてしまえ! みたいな雰囲気を持っていたもの」 アンジェリークはわざと少し拗ねたように言ったが、その瞳は決意に秘めている。 絶対にやり遂げてみせると。アリオスはそれを理解したのか、ふっと微笑んでくれる。 「ほら、パフェ、残りを食っちまえよ」 「はいっ!」 アリオスに期待されているかもしれない…。そんなことを想うと少し嬉しい。だがどうして嬉しいのか、アンジェリークにはまだ肝心なところは理解出来ないでいた。 やる気が俄然出て来たところで、アンジェリークはパフェをぱくつき始めた。 「おまえって、食っている時は、すごく良い顔をするよな。俺を睨み付けた女だとは、到底、信じられねえな」 アリオスはくつくつと喉を鳴らしながら太く笑っている。アリオスに笑われたのは一体何回目だろうか。少しだけ癪に障る。 「美味しいものを食べる時が、一番幸せですから!」 「だろうな。おまえらしいよ。その素直な感性を小説にぶつければ、おまえは相当良いものを作ることが出来ると想うぜ?」 じっと顔を見られて、アンジェリークはドキドキする。あんな辛い経験があって以来、男性にはときめくことが全くなかったというのに、これは驚きだった。 「”アンジェリークの食いしん坊バンザイ!”の文章は最高だと想うぜ。あれを小説にシフトすれば良いだけなんだからな」 「…うん」 目の前にいるアリオスはいとも簡単そうに言うが、簡単でないことはアンジェリークが一番解っている。 「善処します」 「ああ」 アリオスは返事をするとコーヒーを飲み干す。その後は、尽かさずに煙草を手に取り、口の中に押し込めると、何故かマッチで火を付けた。 流れるように様になるアリオスの仕種を、アンジェリークはうっとりと見つめる。 大人な堂に入った仕種。仕種ひとつを取っても、アリオスはとてもスマートだった。 「おい、何をぼけっとしてるんだ? 余りにパフェが美味しくて、頭の中がぼんやりとしたか?」 「え! あ、そ、そうですよ!」 アリオスにじっと見とれていたことを、口が裂けても言えるはずがない。アンジェリークは不自然に慌てながら、おたおたとした。 「クッ、おまえってホントにおもしれーやつだな」 アリオスの指が口元に延ばされてドキリとする。 だが、不思議と全身が逆立つようにならず、パニックを起こして逃げようとすることもなかった。 男性恐怖症のアンジェリークにはこれは奇跡以外の何物でもない。 「ほら、パフェがついてるぜ」 ほんの一瞬だけ触れた指先は、直ぐに離れていく。 もっと触れていて欲しい…。 そう想った自分に、アンジェリーク自身が驚いていた。 「今度の”食いしん坊バンザイ!”の記事も楽しみにしているぜ?」 「…はい、有り難うございます」 胸の鼓動がまだ治まらない。これが嫌悪感ではないことぐらい、アンジェリークが一番解っていた。新鮮な感情に自分すら驚く。 こんなことがあるのだろうか。 今まで気付かなかった感情に、アンジェリークは戸惑いすら感じていた。 「それから、シリーズの…」 「”フランシス・レオナード”ですか?」 「ああ、それ。その原稿を途中で良いから、一度俺にメールしてくれ」 「はい、解りました」 アンジェリークはどんなことを言われるのかと、半ばドキドキしながらもしっかりと頷いた。 ”フランシス・レオナード”シリーズは、アンジェリークにとっても、また出版社のヤングアダルト小説部門でも、看板小説と言っても良いものだった。精神科医師のフランシスと、アウトローな捜査官であるレオナードの、サスペンス恋愛小説だ。特にレオナードのアクションたっぷりの捜査術と、フランシスの犯罪プロファイリングのシーンが毎回好評を得ている。ボーイズラブが苦手な読者でも読めると言うことで、かなりの販売数を伸ばしている。 ホモセクシャルを扱ってさえいなければ、とうの昔に映画やドラマになっていただろうとさえ言われている。 「俺もこの話は中々好きだぜ。ただ…」 アリオスが言葉を濁したが、アンジェリークは大体彼が何を言うかは想像がついた。 「”ボーイズラブ”でなければでしょ?」 「いや…、記者の頃に知り合った、精神セラピストとやくざな巡査部長と同じ名前なんでな、ヤツらを思い出して、生々しくなっちまう」 アリオスは苦笑して、紫煙を宙に吐き出した。 「さてと、そろそろ行くか?」 「あ、はい…」 時計を見たアリオスが恨めしい。もう少しだけで良いから、このまま一緒にいて話をしたかった。 アリオスはそのまま勘定を取り、レジに向かう。アンジェリーク慌ててそれを追い掛けて行った。名残惜しくて、少し恨めしい。 アリオスは本当にテキパキしていて、アンジェリークが”払う”と言う暇を与えずに精算を終える。 「ごちそうさまでした」 少し後ろめたさを感じながら、失礼にならないようにしっかりと礼を言う。すると、アリオスは整った眉を僅かに上げただけだった。 「アリオスさんはこれから編集部へ?」 「戻らねえと、怒られちまうからな」 「作家との打ち合わせでも?」 アンジェリークが小首を傾げると、何故かアリオスがじっと見つめてきた。 「…もっと、打ち合わせをしてえか? 俺と」 想っていたことをズバリと言い当てられて、アンジェリークは真っ赤になる。 「図星だろ?」 「そ、そんなことないですっ!」 アンジェリークは慌てて否定したものの、顔はごまかしが効かない。 「そういうことにしておくぜ」 「もうっ!」 アンジェリークは後ろに人影があるのを気付かずに、アリオスに向かって食ってかかっていく。 「おいっ! 後ろっ!」 思い切り後ろにいる男性にぶつかる。強い衝撃だったので、アンジェリークは驚いた。 「何だ!? 勢いの良いねえちゃんだな!?」 ねっとりとした、アンジェリークが一番嫌いな声に、先ず頭の先がぞわりとして、全身に鳥肌が立ち始める。 「す、すみませんっ!」 次の瞬間、男に腕を掴まれていた。 「ぎゃーっ!!!」 全身に悪寒が走ると共に、吐き気を催す。 「おい、そいつから手を手を離せ!」 「うっ、げあっ!」 男が奇妙な声を上げたと同時に、アリオスが腕を捩り上げる。その拍子で、アンジェリークは開放された。 アンジェリークを掴んでいた男が逃げて行くのがただぼんやりと判る。 余りに恐ろしくて喉がからからになった。冷や汗が出て、どうしようもないほど気分が悪い。 ぐらぐらした所で、しっかりとした腕に受け止められた。 「大丈夫か!?」 怖くない…。 それはアンジェリークにとっては”奇跡”以外の何者でもない。 同じ男の人なのに恐くないのはどうしてだろうか。アンジェリークはぼんやりとそんなことを想いながら、アリオスの腕に躰を委ねた。 |
| コメント アリコレ、新しいシリーズの開幕です。 BL作家アンジェと切れ者(?)編集アリオスの物語です。 楽しんでくださると幸いです。 前回の『ネビュラチェーン賞』は、有名な『ネビ○ラ賞』をパロったものでございます(笑) どうしても出したかった(笑) ご指摘頂いた方、にんまりしました。気付いてくれて有り難うです。 ちなみに、私は、ネビュラチェーンをキャラグッズで持ってました(笑) |