天使様お手柔らかに!


 護ってくれる。
 そう宣言した通り、アリオスは徹底的にガードをしてくれる。本当にお姫様にでもなった気分だ。
 あの男にストーキングをされるのは非常に嫌だが、アリオスに護ってもらえる点だけは、アンジェリークにとっては満足行く点だった。
 アリオスのガードは、プロのボディガードのように徹底している。
 先ず、朝から迎えに来てくれるのだ。
 しかも、両親には”必ずお嬢さんをお守りします”と宣言までしてくれ、すっかり信頼を勝ち得てしまっている。
 食事をした後、ドキドキしながらアリオスを待った。
 全く不謹慎だと、アンジェリークは自分でも想う。狙われているのに、ときめいているのだから。
 インターフォンが鳴り、アンジェリークは素早くそれに出る。あまりにもの素早さに、母親が呆れているぐらいだ。
「はいっ!」
「アンジェリークか。準備が出来ているんなら行くぜ?」
「はいっ!」
 アリオスの声に即座に反応し、アンジェリークがいそいそと玄関先に向かうと、アリオスが手ぐすねを引いて待ち構えていた。
 車が停めてある。
「車で行くの?」
「お前の学校にも許可を取ったから平気なはずだ」
「うん…」
 アンジェリークが通う高校は、名門私立で送り迎えをされている生徒も一部にはいる。だが、大袈裟過ぎやしないかと、アンジェリーク自身は複雑な気分だった。
 だが、アリオスがエスコートしてくれるのは、やはり心がときめいてしまう。
「乗れ」
「はいっ!」
 何故かアリオスの横なら、助手席でも乗っても大丈夫なポイントなのだ。
 車がゆっくりと動き出し、いつもよりは快適な通学ライフを送ることが出来る。これにはアンジェリークも嬉しかった。
「学校には、おまえがストーキングされていることは伝えてある。ちゃんと体育教師がガードを固めているから、安心しろ」
「有り難う」
 ひとりで行動が出来ないのは少しばかり辛いところだが、アンジェリークはそれもいたしかたがないと思っていた。
 また嫌なことを思い出してしまうのは辛いが、今度は沢山の人達に助けられて、何とかなりそうな気がする。特にアリオスには感謝しきれないほどだった。
「放課後は直ぐに迎えに行く。悪いが、編集部で原稿をしてもらうことになるが、我慢してくれ」
「はい!」
 いつも夜遅くまで仕事をしているアリオスに、自分と同じライフスタイルにさせることは、正直言って申し訳なく感じる。
 だが、アンジェリークは何とかこの機会に、過去を清算しきってしまいたかった。
 何も話さないまま、心地の良い時間だけが過ぎ、車がゆっくりと学校に到着する。
「放課後迎えにくる」
「はい!」
 車から降りる時、一部の生徒が興味本位でじっと見つめていたが、アンジェリークはそんなことを気にせずに、学校に入っていく。
 人の噂が、酷く人を傷つけると知ったのも、この事件だった。
 実際には、アンジェリークはストーキングの相手には何もされていなかったのだが、噂は”犯された”と、尾鰭が付いて回った。興味本位な周りの視線に、いたたまれなくなったこともあったが、何とか家族と友人の支えでここまで来れたのだ。
 本当に「憶測」は人間を簡単に傷つけることが出来ると、アンジェリークは想う。
 罪を冒していると気付かないままで冒すようなものだと、アンジェリークは身を持って感じた。
 今はそのお陰か強くなれた。しかもアリオスまで護ってくれる。
 アンジェリークにとっては、以前よりもより強固な形でストーカーに臨むことが出来た。

 真面目に勉強をした後、アンジェリークは校門まで向かう。さりげなく体育教師がガードをしてくれる。それがやはり嬉しい。
 校門にはアリオスがしっかりと待っていてくれた。
 本当は怖がらなければならない状況なのに、アンジェリークはときめきすら感じる。アリオスにここまでしてもらえて嬉しかった。
「行くぞ」
「はいっ!」
 朝と同じように車に乗り込み、今度は出版社に向かう。アリオスが仕事をするので、これは致し方ないことだった。
「おい、フランシス・レオナードシリーズは、どこまで進んだ?」
「後、原稿用紙で二十枚ぐらいです」
「じゃあ予定通り入稿出来そうだな」
「大丈夫です!」
 アンジェリークは胸をはって大きく出る。
 ストーカー騒ぎが有るものの、アンジェリークの筆の滑りは極めて良好な部類に入っている。これもアリオスが担当になってからだ。
「だったら、今日はそれをやってくれ。俺は出来て着ている分のチェックをするから」
「はい」
 仕事の打ち合わせを車の中で一通り済ませた後、アンジェリークは宛てがわれた会議室に入った。
 ここはとても落ち着くことが出来る場所のひとつだ。
 アリオスと小説関連以外に話せないのが、ほんの少しだけ辛い。
 だが、今までのどんな担当よりも、アリオスは親密に親身になって接してくれている。アンジェリークにはそれが奇跡で有り、素晴らしいことのように思えた。
 会議室でふたり静かに入り、お互いにやるべきことを集中して行う。アンジェリークにとっては、心地良くも有意義な時間だった。
 アンジェリークはトイレに行こうと立ち上がると、アリオスに制される。
「どこに行く!?」
「お手洗い…」
「俺も行く」
 アリオスの視線には有無を言わせない雰囲気があり、アンジェリークはそれに従うしかなかった。
 恥ずかしいが仕方がない。
 女性職員の目が有るにも関わらず、アリオスは女子トイレの前で堂々と待ってくれていた。
 アリオスの徹底ぶりに、アンジェリークは苦笑と感謝をせずにはいられない。
 きっと彼も恥ずかしいだろうと想うと、なんだかほんわかとした温かな気持ちになった。
 トイレから出ると、アリオスは直ぐに会議室に向かって歩き出す。恥ずかしいのが解り、アンジェリークはくすくすと笑った。
「長かったな?クソか?」
「そんなわけないです!」
 アンジェリークはぷりぷりと怒ったが、アリオスがリラックスさせる為に言ったことだと、充分に解っていた。
 会議室に戻って、また作業に入る。お互いにひとつのものを作るというのは、とても心地の良い作業だった。
 ふたりの雰囲気を壊したのは、ノックだった。
「アリオスさん、ジュリア先生が」
「ああ」
 新人の編集者が呼びに来て、アンジェリークは言いようのないどす黒い感情に左右される。
 ジュリアと言えば、二十代半ばの文芸作家で、勿論当然のようにスモルニィ賞の受賞者だった。
「俺はあいつの担当は外れたはずだぜ?」
「今の担当だと役不足だから、手伝って欲しいと…」
「ったく」
 アリオスは舌打ちをすると、不機嫌窮まりない表情で立ち上がる。
「直ぐに行くから、おい、直ぐに女編集を呼んで、アンジェリークをガードさせろ」
「はい、解りました」
 若手編集者が去った後、アリオスはいらだたしげに前髪をかきあげる。
「アンジェリーク、直ぐに女性編集者が来るから待っていろ」
「アリオス、私は大丈夫です。何ともないですから」
 アンジェリークは無意識に拗ねるように言い、アリオスから視線を逸らす。それが精一杯の抵抗だった。
「おまえが良くても俺が困る。ちゃんと言うことを聞いてくれ」
「はい…」
 アンジェリークは溜め息混じりに返事をすることしか出来なかった。
 直ぐに女性編集であるディアが来てくれ、アリオスはそれと交代に席を立つ。アンジェリークにはいたたまれない光景だった。
 誰かの為に行かないで欲しい…。
 まさに喉まで出かかった言葉を、アンジェリークは飲み込むしかなかった。
 ディアは以前アンジェリークの担当をしており、気心が知れていて安心だ。
「アンジェリーク先生、マイペースど作業されてくださいね?」
 年上のディアに”先生”と呼ばれるのは、アンジェリークにとっては少しばかり面映ゆい。
「はい…。あの…、ディアさん」
「何ですか?」
「頭に甘い栄養が欲しいですから、社員食堂ででカフェオレを飲みに行って構わないですか?」
「構いませんよ。私も気分転換をしたいですから、一緒に行きましょう」
「有り難うございます」
 アンジェリークはディアの優しさにホッとしながら、食堂に向かう。
 ここにいても能率が上がらないのは解っていたから。
 食堂の端で大好きなカフェオレを飲んでも、余り気持ちが晴れない。アリオスのことが気になってしょうがなかった。
「さっきジュリアとアリオスがいただろう? よりもどしたのかな?」
 アンジェリークは更に聞き耳を立てる。胸がちくりとした。
「そうかもな。大体、ジュリアがスモルニィ賞を受賞出来たのも、アリオスが担当だったからだって話だからな」
「素晴らしい作品を作家に書かせるのはぴか一に上手いからなあ。そのためなら、何だってするのがあの男だ」
「ジュリアと寝て、文字通り良い作品を書かせた後は、上手く自然消滅。まあ、あっちが未練があるらしいがね…」
 また、胸がチクリとした。
 仕方がないことだとは想う。アリオスは大人で、れっきとした健全な男性で…。
 アンジェリークは切なさの余りに、唇を噛んだ。
「気にしないのよ…、あんなの」
 優しい声が降りて来て顔を上げると、ディアが包容力のある微笑みをくれる。
 アンジェリークは癒される余りに安心し、僅かに涙を浮かべながらディアに微笑んだ。
「…有り難う…。ディアさんが担当のままだったら良かったのに…」
 アンジェリークが切なさの余りに呟くと、ディアは髪を撫でてくれる。
「本心で想っていないことは、口にはなさらないことですよ?」
「ディアさん…」
 アンジェリークは僅かに頷くと、顔を上げてはっとする。
 確かに見覚えの有る顔が、不気味な笑みを浮かべてこちらを見ている。
 アンジェリークは背筋に虫酸が走るのを感じた。恐怖の余りに、全身が震える。
 顔色が蒼白になったアンジェリークを直ぐにディアが気付いてくれた。
「…アンジェリークさん、どうしたの!?」
「…あいつが…」
 それ以上言えない。アンジェリークは恐怖にすっかりすくんでしまった。
「直ぐにアリオスに連絡するわ!」
 ディアは直ぐさま携帯で連絡をしてくれるが、上手くつかまらない。何度鳴らしても同じだった。
「出ないわ!?」
 その間、男が近づいてくる。
 もうダメだと覚悟をした時に、アンジェリークの席の前を大きな背中が覆った。
「そろそろ年貢の納め時だな」

 アリオス…!!!
コメント

アリコレ、新しいシリーズの開幕です。
BL作家アンジェと切れ者(?)編集アリオスの物語です。
楽しんでくださると幸いです。

やっぱりアリオスは良いところででてきますわ




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