7
護ってくれる。 そう宣言した通り、アリオスは徹底的にガードをしてくれる。本当にお姫様にでもなった気分だ。 あの男にストーキングをされるのは非常に嫌だが、アリオスに護ってもらえる点だけは、アンジェリークにとっては満足行く点だった。 アリオスのガードは、プロのボディガードのように徹底している。 先ず、朝から迎えに来てくれるのだ。 しかも、両親には”必ずお嬢さんをお守りします”と宣言までしてくれ、すっかり信頼を勝ち得てしまっている。 食事をした後、ドキドキしながらアリオスを待った。 全く不謹慎だと、アンジェリークは自分でも想う。狙われているのに、ときめいているのだから。 インターフォンが鳴り、アンジェリークは素早くそれに出る。あまりにもの素早さに、母親が呆れているぐらいだ。 「はいっ!」 「アンジェリークか。準備が出来ているんなら行くぜ?」 「はいっ!」 アリオスの声に即座に反応し、アンジェリークがいそいそと玄関先に向かうと、アリオスが手ぐすねを引いて待ち構えていた。 車が停めてある。 「車で行くの?」 「お前の学校にも許可を取ったから平気なはずだ」 「うん…」 アンジェリークが通う高校は、名門私立で送り迎えをされている生徒も一部にはいる。だが、大袈裟過ぎやしないかと、アンジェリーク自身は複雑な気分だった。 だが、アリオスがエスコートしてくれるのは、やはり心がときめいてしまう。 「乗れ」 「はいっ!」 何故かアリオスの横なら、助手席でも乗っても大丈夫なポイントなのだ。 車がゆっくりと動き出し、いつもよりは快適な通学ライフを送ることが出来る。これにはアンジェリークも嬉しかった。 「学校には、おまえがストーキングされていることは伝えてある。ちゃんと体育教師がガードを固めているから、安心しろ」 「有り難う」 ひとりで行動が出来ないのは少しばかり辛いところだが、アンジェリークはそれもいたしかたがないと思っていた。 また嫌なことを思い出してしまうのは辛いが、今度は沢山の人達に助けられて、何とかなりそうな気がする。特にアリオスには感謝しきれないほどだった。 「放課後は直ぐに迎えに行く。悪いが、編集部で原稿をしてもらうことになるが、我慢してくれ」 「はい!」 いつも夜遅くまで仕事をしているアリオスに、自分と同じライフスタイルにさせることは、正直言って申し訳なく感じる。 だが、アンジェリークは何とかこの機会に、過去を清算しきってしまいたかった。 何も話さないまま、心地の良い時間だけが過ぎ、車がゆっくりと学校に到着する。 「放課後迎えにくる」 「はい!」 車から降りる時、一部の生徒が興味本位でじっと見つめていたが、アンジェリークはそんなことを気にせずに、学校に入っていく。 人の噂が、酷く人を傷つけると知ったのも、この事件だった。 実際には、アンジェリークはストーキングの相手には何もされていなかったのだが、噂は”犯された”と、尾鰭が付いて回った。興味本位な周りの視線に、いたたまれなくなったこともあったが、何とか家族と友人の支えでここまで来れたのだ。 本当に「憶測」は人間を簡単に傷つけることが出来ると、アンジェリークは想う。 罪を冒していると気付かないままで冒すようなものだと、アンジェリークは身を持って感じた。 今はそのお陰か強くなれた。しかもアリオスまで護ってくれる。 アンジェリークにとっては、以前よりもより強固な形でストーカーに臨むことが出来た。 真面目に勉強をした後、アンジェリークは校門まで向かう。さりげなく体育教師がガードをしてくれる。それがやはり嬉しい。 校門にはアリオスがしっかりと待っていてくれた。 本当は怖がらなければならない状況なのに、アンジェリークはときめきすら感じる。アリオスにここまでしてもらえて嬉しかった。 「行くぞ」 「はいっ!」 朝と同じように車に乗り込み、今度は出版社に向かう。アリオスが仕事をするので、これは致し方ないことだった。 「おい、フランシス・レオナードシリーズは、どこまで進んだ?」 「後、原稿用紙で二十枚ぐらいです」 「じゃあ予定通り入稿出来そうだな」 「大丈夫です!」 アンジェリークは胸をはって大きく出る。 ストーカー騒ぎが有るものの、アンジェリークの筆の滑りは極めて良好な部類に入っている。これもアリオスが担当になってからだ。 「だったら、今日はそれをやってくれ。俺は出来て着ている分のチェックをするから」 「はい」 仕事の打ち合わせを車の中で一通り済ませた後、アンジェリークは宛てがわれた会議室に入った。 ここはとても落ち着くことが出来る場所のひとつだ。 アリオスと小説関連以外に話せないのが、ほんの少しだけ辛い。 だが、今までのどんな担当よりも、アリオスは親密に親身になって接してくれている。アンジェリークにはそれが奇跡で有り、素晴らしいことのように思えた。 会議室でふたり静かに入り、お互いにやるべきことを集中して行う。アンジェリークにとっては、心地良くも有意義な時間だった。 アンジェリークはトイレに行こうと立ち上がると、アリオスに制される。 「どこに行く!?」 「お手洗い…」 「俺も行く」 アリオスの視線には有無を言わせない雰囲気があり、アンジェリークはそれに従うしかなかった。 恥ずかしいが仕方がない。 女性職員の目が有るにも関わらず、アリオスは女子トイレの前で堂々と待ってくれていた。 アリオスの徹底ぶりに、アンジェリークは苦笑と感謝をせずにはいられない。 きっと彼も恥ずかしいだろうと想うと、なんだかほんわかとした温かな気持ちになった。 トイレから出ると、アリオスは直ぐに会議室に向かって歩き出す。恥ずかしいのが解り、アンジェリークはくすくすと笑った。 「長かったな?クソか?」 「そんなわけないです!」 アンジェリークはぷりぷりと怒ったが、アリオスがリラックスさせる為に言ったことだと、充分に解っていた。 会議室に戻って、また作業に入る。お互いにひとつのものを作るというのは、とても心地の良い作業だった。 ふたりの雰囲気を壊したのは、ノックだった。 「アリオスさん、ジュリア先生が」 「ああ」 新人の編集者が呼びに来て、アンジェリークは言いようのないどす黒い感情に左右される。 ジュリアと言えば、二十代半ばの文芸作家で、勿論当然のようにスモルニィ賞の受賞者だった。 「俺はあいつの担当は外れたはずだぜ?」 「今の担当だと役不足だから、手伝って欲しいと…」 「ったく」 アリオスは舌打ちをすると、不機嫌窮まりない表情で立ち上がる。 「直ぐに行くから、おい、直ぐに女編集を呼んで、アンジェリークをガードさせろ」 「はい、解りました」 若手編集者が去った後、アリオスはいらだたしげに前髪をかきあげる。 「アンジェリーク、直ぐに女性編集者が来るから待っていろ」 「アリオス、私は大丈夫です。何ともないですから」 アンジェリークは無意識に拗ねるように言い、アリオスから視線を逸らす。それが精一杯の抵抗だった。 「おまえが良くても俺が困る。ちゃんと言うことを聞いてくれ」 「はい…」 アンジェリークは溜め息混じりに返事をすることしか出来なかった。 直ぐに女性編集であるディアが来てくれ、アリオスはそれと交代に席を立つ。アンジェリークにはいたたまれない光景だった。 誰かの為に行かないで欲しい…。 まさに喉まで出かかった言葉を、アンジェリークは飲み込むしかなかった。 ディアは以前アンジェリークの担当をしており、気心が知れていて安心だ。 「アンジェリーク先生、マイペースど作業されてくださいね?」 年上のディアに”先生”と呼ばれるのは、アンジェリークにとっては少しばかり面映ゆい。 「はい…。あの…、ディアさん」 「何ですか?」 「頭に甘い栄養が欲しいですから、社員食堂ででカフェオレを飲みに行って構わないですか?」 「構いませんよ。私も気分転換をしたいですから、一緒に行きましょう」 「有り難うございます」 アンジェリークはディアの優しさにホッとしながら、食堂に向かう。 ここにいても能率が上がらないのは解っていたから。 食堂の端で大好きなカフェオレを飲んでも、余り気持ちが晴れない。アリオスのことが気になってしょうがなかった。 「さっきジュリアとアリオスがいただろう? よりもどしたのかな?」 アンジェリークは更に聞き耳を立てる。胸がちくりとした。 「そうかもな。大体、ジュリアがスモルニィ賞を受賞出来たのも、アリオスが担当だったからだって話だからな」 「素晴らしい作品を作家に書かせるのはぴか一に上手いからなあ。そのためなら、何だってするのがあの男だ」 「ジュリアと寝て、文字通り良い作品を書かせた後は、上手く自然消滅。まあ、あっちが未練があるらしいがね…」 また、胸がチクリとした。 仕方がないことだとは想う。アリオスは大人で、れっきとした健全な男性で…。 アンジェリークは切なさの余りに、唇を噛んだ。 「気にしないのよ…、あんなの」 優しい声が降りて来て顔を上げると、ディアが包容力のある微笑みをくれる。 アンジェリークは癒される余りに安心し、僅かに涙を浮かべながらディアに微笑んだ。 「…有り難う…。ディアさんが担当のままだったら良かったのに…」 アンジェリークが切なさの余りに呟くと、ディアは髪を撫でてくれる。 「本心で想っていないことは、口にはなさらないことですよ?」 「ディアさん…」 アンジェリークは僅かに頷くと、顔を上げてはっとする。 確かに見覚えの有る顔が、不気味な笑みを浮かべてこちらを見ている。 アンジェリークは背筋に虫酸が走るのを感じた。恐怖の余りに、全身が震える。 顔色が蒼白になったアンジェリークを直ぐにディアが気付いてくれた。 「…アンジェリークさん、どうしたの!?」 「…あいつが…」 それ以上言えない。アンジェリークは恐怖にすっかりすくんでしまった。 「直ぐにアリオスに連絡するわ!」 ディアは直ぐさま携帯で連絡をしてくれるが、上手くつかまらない。何度鳴らしても同じだった。 「出ないわ!?」 その間、男が近づいてくる。 もうダメだと覚悟をした時に、アンジェリークの席の前を大きな背中が覆った。 「そろそろ年貢の納め時だな」 アリオス…!!! |
| コメント アリコレ、新しいシリーズの開幕です。 BL作家アンジェと切れ者(?)編集アリオスの物語です。 楽しんでくださると幸いです。 やっぱりアリオスは良いところででてきますわ |