Saturday is long in coming!
〜土曜日が待ち遠しい!〜

10


 アリオスが帰った後も、アンジェリークのドキドキはまだ治まらなかった。
 彼を想うだけで顔がほてってしまう。
 アリオスのことを何度も想いながら、指先で唇を触れてみた。
 まだ決定的な言葉は貰ってはいないが、アリオスを信じたい。
 アリオスの普段の冷たさと反する溶けるような甘さをもっと感じたい…。
 消灯の後も、甘い興奮で眠れないアンジェリークだったが、しばらくして楽しくも安らかな眠りに入ることが出来た。

 アリオスは大学の先生なので、中々来る時間を読むことが出来ない。お昼を過ぎると、妙にそわそわした。
「アンジェ、勉強の時間でしょ? 皆がノートをコピーして持ってきてくれるんだから、ちゃんと感謝なさいよ。その分勉強も頑張りなさい」
「はあい」
 アンジェリークはしぶしぶ母親に返事をすると、勉強に取り掛かる。ひどい打撲傷が利き腕にあるので、鉛筆を持つのは大変だが、何とか頑張って進めることにした。
「しっかりと勉強して、あなたが希望している建築デザイナーになるためにも為にもね」
「うん」
「それと…、アリオスさんに勉強を教えて貰いたいからそわそわしているのかしら?」
 アンジェリークは母親の鋭い指摘に、思わず吹き出してしまっていた。
「そ、そんなわけないじゃない」
 真っ赤になってうろたえるものだから、余計に奇しさを増す。肯定しているようなものだ。
「…お母さんのバカ…」
「だってね? さあ、早く勉強してしまいなさいよ。また、レイチェルが来たらお喋り三昧になっちゃうでしょう?」
「そうだけど…」
 アンジェリークは軽く溜め息を吐くと、勉強に集中することにした。
 アリオスは今頃、講義中だと想いながら。
 少し勉強に集中した後、レイチェルがやってきてくれ、楽しいお喋りに花を咲かせた。勿論、しっかりと勉強についてのレクチャーもしてもらった。
 ちゃんと付いていって、やっぱりアリオスのいる工学部建築科に行きたいと思う。あの女のことは、やはり気にはなるのだが、昨日までの一連のアリオスの優しさが、アンジェリークの頑なな心を溶かしつつあった。
 やはり内部進学をしたいという想いが、かなり深くなりつつある。
 早くアリオスに逢って話をしたい。
 だが、レイチェルとの楽しいひと時も済み、夕食が終わってもアリオスは現れなかった。
 母親も帰ってしまい、面会時間までの僅かな時間をヤキモキしながら過ごす。
 アリオスは今日はやっぱり来ないのだろうか…。
 大学で教えている以上、忙しいのは解ってはいるし、時間を裂けないのも解ってはいる。
 だが、毎日、顔を見たいと思うのはやっぱり我が儘なんだろうか。
 時計を見るともう7時半だ。アンジェリークの唇から切ない溜め息が漏れた。
「ああ、やっぱり来ないのかな…」
 その瞬間、不機嫌そうなノックが部屋に響き渡った。
 アリオスだ。
「はい!」
 とたんにアンジェリークの表情は明るく、うきうきした物になる。
「アリオスだ!」
「どうぞ、お入り下さい」
 アンジェリークはるんるんとしながら、アリオスが入ってくるのを待ち侘びる。
「こんばんは…」
「遅くなったな。飯はもう食っちまったか?」
「6時だから」
「そうだな…」
 アリオスは椅子に腰をかけて、アンジェリークをじっと見つめてくる。ドキドキするのを感じた。
「今日はちゃんと遺さずに飯は食ったか?」
「食べました。……なるべく」
 アンジェリークが言うと、アリオスは鞄からそっと紙袋を出して来た。
「少し腹へらねえか? ほら、豚まんだ」
「わーい!」
 ほかほかの豚まんをアリオスから受け取り、アンジェリークはとても幸せな気分になる。アリオスが来てくれるだけでも、最高のお見舞いになるが、それに加えて大好きな豚まんが登場するとは。しかもほかほかだ。
「嬉しいな! 頂きます!」
「ああ。しっかりと食えよ?」
「うん!」
 自然と笑みが零れる。アリオスと食べる豚まんはなんて美味しいんだろうと、思わずにはいられなかった。
 豚まんを食べ終わり。ほわほわとした気分でアリオスとお喋りをする。
「どうだ? 足の痛みは?」
「うん。随分とまし。だけどまだちょっと痛いのと、打撲のほうが大変かも。手首の捻挫と突き指じゃあね。動かしたくても中々難しい」
「そうだな。明日は土曜日だ。俺も午前中に仕事があるだけだから、午後からここに着てやるよ。なんだったら、うどん定食を出前してやってもいいぜ?」
「うどん定食かあ…。食べたいなあ、久し振りに!」
 アリオスとの出会いを提供してくれたうどん定食が、ひどく懐かしい。
「ここからだったら大学近いし、持ってきてやっても構わないぜ?」
「いい。あの場所で食べるから美味しいんだから」
「そうか?」
「そうよ」
 本当はアリオスがあの食堂にいるから、美味しいと感じるのだ。そのことは、まだアンジェリークの心の中で直しておく。
「明日はしっかりと勉強を教えてやるから、覚悟しておけよ?」
 アリオスはわざと凄みを出して言うが、アンジェリークは全く恐いとは思わない。むしろくすくすと笑ってしまう。
「明日は頑張って勉強をしますよ!」
「よし! まあ、頑張ったらちゃんとご褒美をやるから、楽しみにしておけよ」
「はいっ!」
 喋っていると、楽し過ぎて、直ぐに時間が経ってしまう。だが、今日は寂しくない。アリオスが明日にはまた来てくれるのが、ちゃんと解っているから。
「じゃあ、また明日な」
「はい。また明日…」
 アリオスに手を振りながら、アンジェリークは楽しい気分でお別れを言うことが出来る。
 また明日会える。
 土曜日が待ち遠しいと、久々に感じるアンジェリークだった。

 昼ご飯を食べ終わり、アリオスがやって来るのを、今か今かと待ち侘びている。
 外を見たり、ドアを見たりして、そわそわしてしまっていた。
 アリオスが来る前だからと、髪を梳いてみたり、リップを塗ってみたりする。唇にほんのり色がつくのを鏡で見て満足したりする。
「ねぇ、お母さん、私って可愛い?」
「アンジェ、あなたは私の子供なんだから、可愛いに決まっているでしょ? 自信を持って! 別嬪さんなんだから!」
「うーん。だから自信がないのよ」
「もう、この娘は…」
 母親が苦笑いすると、洗濯物を洗いに行くと言って、病室を離れた。
 アンジェリークは大きく深呼吸をすると、鏡を見て、またまた身嗜みをチェックする。
 ノックと同時に、ドアが開く。
「お母さん忘れ物?」
「おまえのお母さんじゃなくて悪かったな。俺だ」
「アリオス!?」
 アンジェリークはアリオスの姿を見つけて、慌ててリップと手鏡を片付けた。
「慌てるなよ。少し休憩したら、勉強を始めるからな」
「えっ!? 勉強?」
 アンジェリークは驚いて目を丸くする。甘いお見舞いを期待していたせいか、少し口を尖らせる。
「アンジェリーク、ほら、勉強するぞ」
「はーい」
 ぶつぶつと言いながら、アンジェリークは参考書を開く。
「まずは数学だな。その後は物理だ」
「なんか、アリオス楽しそうじゃない?」
「あ? 俺は厳しい先生だからな。しっかり頑張ってくれよ」
「はい…」
 しゅんと肩を落としながらも、アンジェリークは猛然と取り組んだ。

 アリオスの教え方は厳しかったが、とても解りやすく、直ぐに理解が出来た。
「まあまあ、飲み込みはいいほうだな」
「だって、先生が恐いんだもん…」
「これでも優しくしている」
 アリオスが少しむっとして言う姿が、何故か可愛い。アンジェリークはこのようなアリオスの一面を知れて、嬉しかった。
「それは生徒が良いからですよ〜」
「だったら、ちゃんと先生を安心させる生徒でいろ。おまえは危なかしくてしょうがねえ」
「えー!」
 アリオスに軽口を叩くことが出来るのが嬉しい。アンジェリークはなるべく明るく振る舞うように務めた。
 自分の切なさはどこかにしまって。
「まあ、いいかんじだからな。ご褒美をやるよ。ちょっと待っていろ」
「うん?」
 アリオスがどんなご褒美をくれるのか。アンジェリークはわくわくしながら彼を待った。
「待たせた」
 直ぐにアリオスが戻ってくる。その姿を見て、驚きと共に、アンジェリークは涙が出るほど嬉しかった。
 アリオスは片手に車椅子を持ち、側に来てくれる。これほど嬉しいことは、本当にない。
「ご褒美は散歩だ。外に出たいだろ?」
「うん! 出たい!!」
「よし…!」
 アリオスは折り畳んであった車椅子をセットしてくれ、ベッドの前に持ってきてくれる。
「さあ、行くか」
「うんっ!」
 ベッドから手摺りを伝って車椅子に移動しようとすると、アリオスに制された。
「おまえはこのままでいろ。いいな?」
「う、うん…」
 アンジェリークのベッドに出してあった机を手早く片付けてくれた後、アリオスは脚にかかっていた掛け布団をいきなり剥がして来た。
「きゃっ!」
 そのまま抱き上げられてベッドから車椅子に座らされる。甘い痺れが躰を貫いた。
「アンジェリーク、さてと散歩に出掛けるか?」
「うん!」
 久しぶりの外の空気でしかもアリオスと一緒。これ以上のことはないほど嬉しくて、アンジェリークは満面の笑みを浮かべた。

 アンジェリークが入院している病院は大学病院なので、立派な裏庭がある。そこの並木道を優雅に散歩する。
「アリオス、凄い気持ち良い!」
「そいつは良かったな」
「うん! だってこんなに素敵な散歩はないよ。動けなくなって…何気なく普段は歩いている外だって素晴らしいことを、ようやく理解出来たの…。小さなことでくよくよしている日常が馬鹿らしくなるぐらい…」
 アンジェリークは自然の空気を吸い込みながら、しみじみと呟く。本当に外がこんなに気持ちが良いことを、今まで知らなかったのが勿体ない。
「そうだな…。俺もおまえと散歩に出てようやく知ることが出来た。サンキュな」
「アリオス…」
 アンジェリークが呟いた瞬間、アリオスの唇が重なる。
 どうしようもなく甘い瞬間だった。

コメント

次回に続きます。
厳しい建築かなアリオスさんを
もっと書いていきたいな〜。
頑張る。




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